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出会い

 千年間、見せられてきたのはクソみたいな現実だった。

 信じては裏切られ、人間を信じるのが難しくなってしまった。

 それでも信じ、また、裏切れる自分は、バカとしか言いようがないな。

 青空を眺めながら、彼、伊津陽助は思った。

 黒髪の頭は天然パーマになっており、健康的な顔立ちだ。

 服装は制服、持ち物はスマートフォンのみ。

 太陽の光を眩しそうに目を細めているその目には、希望の光はない。

 夏場は眩しく地上を照りつける太陽も、冬だとポカポカと暖かい。

 明るく人を助ける、そんな意味で名付けられたこの名前は、嫌いではなかった。

 それが、陽助が思い描く理想の人間である。

 でも、勿論明るく人を助けることなどできない。陽助がやるのはいつもそれの真反対のことだ。

 子供の頃は、ヒーローに憧れた。

 今も年齢は十六なので、子供には変わりないが。

 不老不死、完全無欠、超能力者となった今は、全く憧れないが。

 今日もまた、いつも通り、空を眺めるだけ。何かをしようとは思わない。

 どうせ、簡単にできてしまう。達成感なんて、あるわけがない。

 こんなつまらない世の中でも、いいものはあるらしい。それを探して、陽助は旅を続けている。

 これで、この町は半年。

 町にいても、軽くウロウロしただけで、基本は、この川原の坂で寝転がって空を眺めている。

 たまに人間売りの輩が絡んでくるが、その時は容赦なく殺らせてもらっている。

「そろそろ、この町を出ようかな」

 誰もいない空間に呟く。

 今日始めて出した声が、それだった。

 そう考えると、何だか悲しくて、笑えてしまう。

 そうして何時間経っただろうか。すっかり高かった太陽が、南の空に沈む頃

「あ、あの……!」

 坂の上の道で声がした。

 声の高さからして、少女だろう。

 陽助が振り返ろうとしたが、その必要はなかった。

 少女はすごい勢いで坂から転げ落ち、平地で少し転がった後、止まった。

 同じくらいの年だろうか。

「い……たたた」

 服についた草の汁やら土やらを払い、少女は立ち上がる。

 見た目からして、同年齢だろうか。

 黒い髪は動く度に揺れ、日光の反射でキラキラと輝く。

 着ているのはなぜか濡れた制服。

 下着が少し透けているが、本人は気付いているのだろうか。

 陽助はあまりそういうのは気にしない。健全な男子高校生ではないのだから。

 そもそも、千年も生きていれば、いい加減飽きてくる。

 懐かしき青春の思い出が電光のように一瞬で蘇り、消えた。

「あの、いつもここで日向ぼっこしてる人だよね?」

 少女は、今のことがなかったかのように聞いてくる。

 キラキラ光るその瞳で。

「まあ、うん」

 陽助は、空に視線を戻し、そう答える。

 無視しようか迷ったが、まあ、いいだろう。暇でもあった。

「やっぱり! 私いつも上の道通ってたんだよ! 知ってた?」

 少女は何が嬉しかったのか、抑揚が上がった声で言う。

 それに小さく首を振ると

「そうなんだ……」

 と一気に熱が冷めたようだ。

 上がり下がりの激しい子だなぁ、そう思った。

 大体、後ろを通っている人の子となんて、空を眺めているだけの陽助には全く関係のない話だ。

 少女は、陽助の寝ている位置まで坂を昇ってくると、横で寝転んだ。

 転んだ際に手放した鞄は下に置きっぱなしだが、いいのだろうか。

「私、かわいいと思う?」

 突然、少女が言った一言。

 だが、それは自分に酔いしれているような言葉ではないことくらい、陽助には簡単に分かった。

 友達に不細工と言われたかと思ったが、とてもそうは思えない。

 さっきチラリと見ただけでも、その辺にいる女子とは、レベルが違うことが分かった。

 美少女と呼べるレベルだろう。

 だからモテすぎて困っているか、その近くか。贅沢な悩みだ。

「うん、可愛いよ」

 とりあえず、淡々と感想を述べた。

「ありがとう。それで私、もてまくっちゃって。困ってるの。それで、女子に苛められて……」

 大体が予想通りだった。

 少女が続きを話さないので

「それで?」

 と急かす。

「うん、それでね、私が苛められても誰も助けてくれないの。散々、付き合ってくださいって、言ってくるくせに。だから、私が死んでも、悲しむ人なんていないんじゃないかなって。思っちゃって」

「両親は?」

「毎日仕事で、会う機会もないよ。多分、今年は帰ってこない。まだ二月なのに、そう電話で言われたから。もう、面倒がられてるの、私」

 暗い声で言う。

 チラリと顔を見ると、さっきまで輝いていた瞳は、絶望の色に染まっていた。

「で、何。自殺したいの?」

 単刀直入な僕の言葉に、彼女はピクリと反応した。

 しばらく経ってから、ピンク色の綺麗な唇が開く。

「そう……なの、かな。もう、分からないよ」

 絞り出した言葉がそれ。

 自殺なんて、下らないよ。

 そう言おうとしたけれど、止めておいた。自殺志願者だった陽助が言ったところで、何の説得力もない。

「今夜、ここにおいでよ」

 代わりに出た言葉がこれ。

 少女は「え」と短く驚き、言葉を繋ぐ。

「……夜は危ないよ。人身売買の業者が動き出す時間帯だし、襲われたら、何されるか……」

「自殺したいんなら、何も怖くないでしょ。痛いのはやだ、なんて、甘えた考えは許さないよ。今更だけど、なんで僕に相談したの? 全くの赤の他人に」

 残酷な言葉とも、挑発とも言える言葉を並べた後で、陽助は聞く。

「だって……」

「頼りになる人はいなかったから?」

 少女は黙り込む。それが答えらしい。

 はぁ、とため息を吐き

「まあ、どうでもいいことだよね。とりあえず、今夜はここにおいで。大丈夫だから」

「そうだよね……自殺志願者が死を恐れるなんて、間違ってる……分かった。来るよ。」

 そう言って、少女は立ち上がり、転びそうになりながらも、坂を駆け上がり、去っていった。


 鞄を置いていったのは、彼女なりの意思表明なのだろうか。


「あ、下着のこと言ってあげるの、忘れてたな」

 ま、いっか。



***



 この時期の夜は、かなり冷える。

 この辺の明かりは、薄暗い街灯のものだけ。

 陽助の周りには、目では分からないほど薄く、頑丈なシールドが張られている。

 なので、基本、外気温は関係ない。

 星は、全く見えない、千年前は、もっと綺麗だったかと思うが、そんなことはなかったと、考え直す。

「お、お待たせ……」

 暗く、月だけの寂しい空を眺めていると、弱々しい声。

 振り替えると、そこには息絶え絶えになった少女が膝に手をつき、ガタガタ震えている。

 こんなに寒いのに、着ている服は制服一枚のみ。

「あーあ、追いかけられたの?」

「うん……」

 陽助は苦笑すると、立ち上がる。

 今だ息が整わない少女の手に触れると、ビクリと震えた。

「やっぱり怖いの?」

「そんなこと……」

「自分に正直になったほうがいいよ」

 陽助はそう言い、少女の手を放し、坂を降りる。

 少女も少し遅れて、降りてきた。

「ん」

 陽助は木を集めている場所に手を向け、火を放つ。こんなことくらいなら、呼吸のように自然とできる。

「え……」

 隣の少女は驚いていたが。

 木を燃やす時のパチパチという音が、静寂の闇の中に広がる。

「ほら、暖かいよ」

 少女の手を取り、火に近づける。

「……私を……楽にしてくれるんじゃないの? こんなこと、無駄なだけじゃ……」

 と言いながらしっかりと両手を火で暖める。

「んー、楽になるかどうかは人次第かな」

 陽助は、何もない、悲しい夜空に手を向け、軽く振る。

 すると、何もなかった空には次々と明るい星が生まれる。

「わ……」

 見たこともない光景だろう。少女は短く声を漏らす。

 最近は空気がとても汚れ、星はかなり田舎じゃないと見えなくなってしまった。

 陽助は、その汚い空気を取り払っただけ。

「綺麗……」

 夜空という黒い空間に、星という光が生まれた。それだけで、人は感動することができる。

 勿論、ここは陽助の力によって見えるようになっているだけなので、移動すればすぐに消えてしまう。

「どう? 少しは楽になった?」

「こんな綺麗な景色、見たことないよ!」

 さっきの表情はすっかり消え、代わりに明るい表情が表れる。

「そりゃ、よかった。もう、死ぬなんて言っちゃいけないよ。」

 微笑を浮かべながら、陽助は言う。

「もう少し、見てていい?」

「どうぞ。僕はここで寝るからね」

 陽助はシールドを解き、火で暖を取る。

 殺されるという恐怖はない。この少女がそんなこと、するはずはないと思った。

 殺されたら殺されたでいい。そんな思考もあった。

 火は明日の朝まで消えない、美しい空に見守られながら、陽助は寝息を立てた。


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