挿話 カエルの決意と新たな出会い
リソースガードの受付の横のロビーに、真緑色のローブを着た、金髪の女性が立っていた。グラウフラルに生きていて彼女を知らぬ者はいない、というのは言いすぎだが。カエルである。カエルのような、ではなく、カエルと言う名の女性なのである。
金の前髪によって顔は隠れていたが、その姿は気のせいか、いつもヘレン教大聖堂で見かける時よりも小さく、まるで泣いているように見えた。
「何か悲しいことでもあったのかい?」
声を掛けたのは、盗賊ロビン、魔法使いリュート、剣士アートルムの三人組である。先のドラゴン討伐で、まだ若いからという理由で後方支援をせっせと続けた彼らには、それ相応の見返りが用意されていた。竜殺しカード(四分の一)×3である。三人合わせても一枚に到達しないが、そこはご愛嬌。
「実はカエルは、親愛するアラケル様にこう言われてしまったのです。『貴方の姿を見ていると、ヘレン教に殉じようとする決意が揺らぐ』と……」
(フラグだ……)(フラグだよね……)(なんつーわかりやすいフラグだ……)
「それでそれで、カエルは思ったのです。アラケル様の修行の邪魔にならないよう、リソースガードに登録し、自分の食い扶持くらいは自分で稼ごうと!」
「ああ、あなたヘレン教の修道士やってたのね」リュートが羨ましがる。
ヘレン教に所属し、ヘレンの御名において修行に励む限り、ヘレン教の修道士は最低限の衣食住を保障される。だが、話を聞くと、カエルはそれらの特権を投げ捨ててリソースガードに来たのだという。
ロビンは、まいったなこりゃ、という顔をする。リソースガードはリソースガードで、ヘレン教の禁欲的生活とは別の意味での苦労がある。ロビンたちはそれを嫌というほど知っていた。時には依頼に失敗して手ぶらで帰ることもある。時には依頼書に手違いがあってレッド・ドラゴンに遭遇することだってあるのだ。
「すまないが、リソースガードはそんなに甘いところじゃないぜ。何か特技があるってんなら話は別だが……」
「あ、私『回復術』使えます」言った瞬間、ロビーにいた全員が動きを止めた。
「おい! 今あんた『回復術』使えるって言ったのか?」
「教師レベルじゃなきゃそんな高等技術使えるわけが……」
「お前ウソついてるんじゃないだろうな?」
「さっき、ちゃんとリソースガードの受付で登録しました! 今頃は個人情報を閲覧できるはずですが?」
「うわやっべマジだ」「うおおおすっげえええ」
「やべー超レアスキル持ち発見」「こりゃツイてるぜ!」
「おいお前ら黙れ。こいつは俺たちが貰い受ける」
「なんだと?」「お前こそ黙れ」「うるせえぞ小僧ども!」
「ま、待ってください! カエルのために争わないで欲しいのです! ここは公正にくじ引きで決めましょう。幸いにも、受付のお姉さんがこういう賭け事が大好きなのをカエルは知っているのです!」
うおおおーー。歓声が響いた。リソースガード所属者で、賭け事が嫌いな奴などいない。なにしろ彼らは、自分の人生を賭けて傭兵をやっているのであるからして。
そんなわけで、カエル争奪のためにくじ引きが行われた。受付のお姉さんが手際よく用意した紙製の「くじ」の前に、盗賊ロビンをはじめとするパーティーのリーダー格が集い、それぞれくじを引いてゆく。「ヘレン様どうか御加護をー!」「ヘレン様ー!」都合のいいときだけヘレン教徒になる傭兵たち。
「ん? 緑色……?」
そして、ついに色付きのくじが引かれた。それはロビンの手の中にあった。
「はいはーーい。全員くじ引いたかなーー? それでは当選者発表ーー! 緑のくじをお持ちの方ーー! カエルさんゲットでーーす!」受付のお姉さんが場を取り仕切る。
喜んでカエルに歩み寄るロビン。嫉妬するリュート。それをなだめるアートルム。いつもの光景が繰り広げられる。
「赤だった方は残念賞ーー! カエルさんに治療を頼めるチケットを一枚発行しまーーす」「クソ、たった一枚かよ!」「無いよりはマシだろ!」「いいなー!」
楽しげに語らいながら散っていくリーダー格の男たち。
カエルの元に残ったのは、ロビンたちだけだった。
「もしよろしければ、カエルの話を聴いて欲しいのです」
その願いを受けて、ロビン、リュート、アートルムが耳を傾ける。
「昔々、あるところに、一人のヘレン教徒がいました。彼女は植物にとても詳しくて、多くの薬草を栽培して人々を助けていました」
「ところがある日から、彼女の身体はうまく動かなくなっていきます。石化の呪いを受けたとも、あるいは自分自身の薬の調合に失敗したとも言われています。とにかく、彼女の身体は麻痺していきました。最後はベッドに寝たきりでした。それでも彼女は口が動く限り、人々の悩みを聞き、薬草の効果と調合の仕方を教えました」
「彼女の献身に報いようと、ヘレン教は彼女のために新しいローブを作ろうとしました。緑の教師『カエル・ウィリディス』。しかしローブを織っている途中に、彼女は帰らぬ人となりました。それで余ったローブは、教師の印無しに、彼女の養子に与えられました。それは知る限り、彼女が与えてくれた唯一の贈り物でした」
「それで君は、真緑色のローブを着て、カエルの名を名乗っているのか?」
「はい。カエルは別段ヘレン教に文句は言われていないので、ずっと真緑色のローブを着るつもりです。そうそう! カエルはお礼を言わねばならないのです! 話を最後まで聴いてくれてありがとうございました!」
「お礼なんていいさ。俺たち、もう仲間だろ?」ロビンの言葉に、リュート、アートルムが頷く。皆が笑い、カエルは涙をぬぐって一緒に笑う。
カエルが竜殺しカード(四分の一)を持っていると発覚するのは、また後日のことである。
―完―




