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『 Disarming the dead 』時を隔てた二つの軋轢と交流…

21:30

朝靄に包まれた四国・近畿にある複数の自衛隊演習場…


大型の自衛隊トラックや、臨時に編成された貨物列車の重い扉や帷が開かれると、そこから這い出してきたのは、2010年の現代日本には到底存在し得ない「異物」――大日本帝国陸海軍の若い将兵たちであった…

挿絵(By みてみん)


迎える自衛官たちは、防弾チョッキを固め、89式小銃を胸元に保持したまま、固唾を呑んでその光景を見守っていた。暴動や混乱を予期し、演習場内には極限の緊張が張り詰めていたが、彼らの予想は音を立てて崩れ去った。

トラックから降り立った若き将兵たちは、誰に命じられるまでもなく、迅速に、かつ整然と列を組んで演習場内の道を、一歩、一歩と踏みしめる。

現代の自衛官よりも一回り、二回りも小柄でありながら屈強な身体。 

だが、その「軍人」としての完璧な外面とは裏腹に、自衛官たちが間近で見た彼らの「顔」は、あまりにも痛ましかった…

毅然と振る舞おうと唇を噛み締めているが、その頬は微かに震え、怯えた仔犬のような色を隠しきれていない。

「……怖いか。そうだよな、怖いよな」

誘導にあたっていた一人の自衛官が、思わず呟いた。


挿絵(By みてみん)

「……ひどい…何もありゃせん……」


トラックから降り立った一人の若い一等兵が、呆然と呟きました。


「ここは、内地なんだよな? 日本なんだよな? なのに……土手と野山だけで、まるでルソンの野戦病院か、敵の捕虜収容所じゃないか」


その言葉は、周囲の兵士たちの胸に冷たく突き刺さった…


「……やっぱり、ここは収容所なんだ。俺たちは、邪魔者なんだな」


一人の少年兵が、力なく地面を見つめて呟いた。その時だった…

暗闇を切り裂いて、数台の大型車両が轟音と共に現れた。自衛隊が誇る、野外炊具1号の車列である。見たこともない銀色の調理器具を積み、蒸気を噴き上げるその異様な車両の姿に、将兵たちは「沸水車か」と身構え、ざわめきが広がった…


そこから漂ってきたのは、彼らの魂を震わせる「あの匂い」だった。


「……おい。この匂い、まさか」


「……カレーだ。ライスカレーの匂いがするぞ!」


ざわめきが、一瞬にして静寂に変わった。

自衛官たちが、湯気の上がる大釜から、真っ白な、光り輝くような白米を器に盛り、その上にたっぷりと肉と野菜の入ったカレーをかけていく。


「さあ、並んでください。一人ずつ手渡します。熱いから気をつけて」


自衛官たちが、かつての先祖である若者たちに対し、敬意を込めて丁寧に皿を手渡していく。

つい数日前まで、南洋の密林で食べ物も物資も無く、戦友の死を見届けながら戦っていた彼らにとって、それは現実とは思えない光景だった。

挿絵(By みてみん)


一人の若い歩兵が、震える手でその皿を受け取った。

ずっしりと重い、温かい皿。そこにあるのは、配給制になる前の、平和だった昭和初期の家庭や街で食べたあの懐かしい「ライスカレー」そのものだった。


「……白い。本当に、真っ白な飯だ…懐かしいな…」


彼は、こぼれ落ちそうな涙を堪えきれず、震えるスプーンを口に運んだ…


「うっ……ううぅ……美味い……やっぱり美味いな…!」


一人が声を上げて泣き出すと、それは瞬く間にキャンプ全体へと伝播した。

あちこちで、屈強な兵士たちが皿を抱え、子供のように肩を震わせて号泣している。


「お母さん……還ってきたよ……!」


挿絵(By みてみん)

「…こんなに…こんなに美味しかったんだな…白米もカレーも…ありがたいな…」


「……ありがとう。ありがとうございます……」



彼らは、自分たちを追い立てていた自衛官の手を、涙で濡れた顔で、何度も、何度も握りしめた。

自衛官たちは、その姿に言葉を失った。

自分たちが当たり前のように食べている食事が、この若者たちにとっては、願っても叶わなかったかけがえの無い有難い物なんだと…


「……ゆっくり食べてください。おかわりは、いくらでもありますから」


自衛官の一人が、少年の背中を優しく叩いた…すると…


「……おい、嘘だろ。あれ、おなごじゃないか?」


「従軍看護婦さん……か?」


将兵たちの間に、カレーの熱気とは質の違う動揺が走った。

一人の少年兵が、カレーを手渡そうとした女性三等陸曹の前で、皿を受け取らずに固まってしまった。彼の顔は赤らみ、ひどく困惑したように視線を彷徨わせている。


「……あ、あの、お嬢さん。失礼ですが、何故このような場所に? お家には、親御さんや……守ってくれる方はおられないのですか?」


「いえ、これは私の職務ですから。今の日本では、女性もこうして国を護る仕事に就いているんですよ」


彼らにとって、女性とは故郷で帰りを待つ母親であり、妹であり、あるいは戦火から身を挺して護るべき、「守護の対象」そのものだった。

「女子供を護るためにこそ、男は戦野に立って死ぬ」という思想の彼らにとって、自分たちと同じ「防人」の立場に若い女性が立っているという現実は、大きな衝撃だった。


その光景を見ていた男性自衛官たちは、背筋が寒くなるような、あるいは熱くなるような不思議な感覚に陥り思わず呟く…


「……こいつら、本当に、紛れもない本物の…あの時代の人たちなんだな」



22:30

野外炊具からの温かい食事が一段落し、キャンプ地には束の間の、しかしひどく脆い安寧が訪れていた。


そんな中…船内で喚いていた数人が再び喚き始めた…


「……何だか分からないけど、やっぱり還らないと。早く東京へ還らないと、日本が、大変なことになる……!」


一人の少年兵が、うわ言のように繰り返した。 


「そうだよ……どうしよう、こんなトコに閉じ込められてる場合じゃないんだ!!」


そんな彼らの錯乱ぶりを、少し離れた場所で見ていた広島出身の若年兵たちは、毛布にくるまりながら冷ややかな視線を送っていた。


「…また始まりおった…うるさいのう…w」


「…全く……いい加減にしろ!情け無い…貴様らそれでも帝国軍人か…!」


「……おいおい…飯を食うて腹が膨れたら、今度は頭がイカれてしもうたんか?」


「もう勘弁してくれや。慣れ親しんだ人々はもう居らんっちゅう現実を、こっちは必死に飲み込もうとしとるんじゃ。そんなワケの分からん妄想で喚かんでくれんかの……」


周りにいた沢山の兵が呆れ果てて、鼻で笑った…


翌朝…08:30

春の朝特有の鋭い日差しが、キャンプ地の湿った土を白々と照らし出していた。

ともに自衛官からの「軍刀や小銃やなどの火器を持ったまま集まるよう」と指示を受け、演習場内での広場へと集結させられた…

挿絵(By みてみん)


いざ将兵たちが一挙に集められると…

挿絵(By みてみん)

「おいおい…こんなのが他の演習場や駐屯地にいるんだろ…?とても手に負えるように見えない…」


挿絵(By みてみん)

「…あれは…女性の方まで居ますよ…!従軍看護婦ですかね…?」


と自衛隊員の中でも予期せぬ規模と従軍看護婦の存在に動揺が広がります…


自衛隊員たちのもとに数千名の人間が集められると…

自衛隊の左官たちが…「これより…安全保障上の観点から、貴官たちの小銃、軍刀以下の武装を解除させていただきます…!」と声を上げると…

すると将兵たちの上官や司令官である陸海軍の将官、左官クラス数名が歩み出た…


挿絵(By みてみん)

将官たちは、最前列に並ぶ自衛隊の幹部たちの前で足を止めた。


挿絵(By みてみん)

彼らは一言も発さなかった。ただ、深く、丁寧に、そして魂を削り出すような重みを持って頭を下げた。

腰元から引き抜かれた軍刀…

将官たちはそれを両手で恭しく捧げ持ち、戸惑いを隠せない現代の自衛官たちへと手渡した。


「上官が従えば、部下も従う」


その無言のメッセージは、背後に控える数千の兵士たちの胸に、鋭い痛みとともに突き刺さった。


将官たちの行動を見た兵士たちの間に、激しい動揺のさざ波が広がった。


「……そんな。連隊長殿まで……」


「小銃を渡せというのか。陛下から頂いた銃を、魂を……」


挿絵(By みてみん)

彼らにとって、小銃や軍刀は単なる道具ではない…

それを手放すことは、自分たちが防人としての尊厳を捨てる事を意味していた。


しかし、上官たちは軍刀を彼らに差し出した…さらに彼らの頭をよぎったのは…


昨日、自分たちを上陸させ…カレーを配り、震える肩を叩いてくれた自衛官たちの、申し訳なさそうに歪んだ表情…自分たちと同じ血が流れる者たちの姿だった…


「……仕方ないのう…これぁ、ワシらを食わせてくれた礼じゃ…」


挿絵(By みてみん)

震える手で三八式歩兵銃の負い紐を肩から外した。

カチャリ、カチャリと、あちこちで金属の触れ合う乾いた音が響く…


挿絵(By みてみん)

ここ四国だけでなく…近畿、関東の演習場でも、自衛官たちが差し出す回収箱の中に、数千の銃身や軍刀が積み上げられていく…それは悲しい「降伏」の音だった…


武装解除に続き、背嚢はいのうや所持品の検査が始まった…


挿絵(By みてみん)

すべての武装を解かれ、背嚢を整理された将兵たちは、まるで色が抜けてしまったかのように、その場に力なく立ち尽くした。

挿絵(By みてみん)


一方そんな中で…

「おいw…自衛隊の兄さん。悪いが、煙草の火をくれんか?w」


その屈託のない、同世代の若者に話しかけるような軽い調子に声をかけられた三十代の陸上自衛官は、一瞬、面食らったように目を瞬かせた。

目の前にいるのは、自分より頭一つ分背が低く、肉体は驚くほど引き締まっている旧日本兵だが、その屈託のない笑顔は、現代の街角にいる若者と何ら変わりがなかった…


「……あ、ああ。いいですよ」



挿絵(By みてみん)

「…全く不思議なモンだ…つい先日も吸ったはずなのに…まるでとっても久々に感じるよw …自衛隊の兄さん…歳下の頼みなのに…ありがとなw」


日本兵は、煙を吐き出しながら、本当に嬉しそうに笑った。


その笑顔を見た自衛官たちは、胸を突かれるような思いがした…

武装を解除され、有刺鉄線に囲まれ、自分たちの世界はもう無い事を知った彼ら…彼らも、ただの「若者」に過ぎないのだ…


10:15

武装解除を終え、魂を抜かれたようになった将兵たちがテントへと戻る中…中佐、大佐、少将といった帝国陸海軍の指揮官クラスが、陸上自衛隊の曹長や幹部たちの誘導で、大型の天幕へと案内されていった…


張り詰めた空気の中、数名の高級将校たちが、自衛官たちに敬礼し、自らの名と階級を名乗っていく。


「…帝国陸軍…第43師団歩兵118連隊 連隊長…伊藤豪大佐であります…!」


「帝国陸軍…第14方面軍尚武集団所属… 戦車撃滅隊 隊長…清水清二大佐です…」


「帝国陸軍…第1師団所属… 歩兵第1連隊幕僚…佐川達雄少佐です…」


「帝国海軍…横須賀鎮守府第1特別陸戦隊 唐島挺身隊 隊長…唐島辰男中佐 であります!」


淡々と、しかし凄まじい威厳を湛えた名乗りが続く中、一人の痩身の将軍が静かに前に出た。


挿絵(By みてみん)

『帝国陸軍……第十八軍司令官、安達二十三あだちはたぞう中将である』


その名が告げられた瞬間、立ち会っていた自衛隊の幹部たちの間に、電流が走ったような衝撃が走った。


「安達…二十三…中将。ニューギニアの……!?」


名の知れた司令官が、生身の肉体を持って自分たちの前に立っている。自衛官たちはその圧倒的な現実に気圧されながらも、職務を全うすべく、一枚の重い書類をテーブルの上に滑らせた。

そこには、彼らが使う旧字体と現代の常用漢字の二種類で、以下の条件が記されていた。


【合意事項】


・貴官らの下士官将兵に対する指揮権を陸上自衛隊および海上自衛隊に譲渡すること。


・両軍の組織解体は現時点では行わないが、指揮権は自衛隊に帰属し、帝国陸海軍としての独断行為を禁ずる。


・日本国に対する一切の敵対行為を計画、指揮する事を固く禁ずる。


「――指揮権の譲渡だとッ!?」


書類に目を通した一人の参謀(中佐)が、机を叩いて立ち上がった…


「小銃を取り上げただけでは飽き足らず、我々の指揮権まで奪うというのですか! 組織を存置したまま指揮権を他者に渡すなど… これは合意ではない、事実上の無条件降伏、投降ではないですかッ!!」


「……落ち着かんか」


その荒ぶる空気を鎮めたのは、安達中将の静かな、だが深みのある声だった…


「連中(米英軍)との我々が命を懸けて戦った戦争は終わったと言っておる…」



「そして、この書類を求めているのは他ならぬ、祖国・日本だ。……これを受け入れず、我々は一体誰と戦おうというのかね? かつての敵はもうおらず、目の前にいるのは後世の同胞たちだ。彼らの決定を疑って…何が日本の防人か」


その言葉に、水を打ったように静まり返った。

激昂していた幕僚も、唇を噛み締め、悔し涙を床に落としながら、ゆっくりと席に座り直した。自分たちの「帝国陸海軍」はもはや遠い過去の産物…自分たちが愛した「日本」と人々だけが、そこにある。その大前提を、彼らは痛いほどに理解していた。


挿絵(By みてみん)

安達中将は、現代のボールペンを手に取ると、躊躇うことなく書類の署名欄に、その剛毅な筆跡で自らの名を記した…



挿絵(By みてみん)

同じころ…中川大佐ら、他の演習場のキャンプに分散された左官、将官といった陸海軍の指揮官クラスも、次々と書類に署名を重ねていく…


自衛隊の幹部は胸が詰まり、思わず直立不動で、最大限の敬意を込めた敬礼を返した。


それを見守っていた…一人の若い海軍少尉が、白い略帽を被り締めて、天を仰いだ…


挿絵(By みてみん)

「あぁ……何という事だろう……。この穏やかで静かな春の日…今、この瞬間から、我らは恥辱に満ちた敗残兵になったなんて…」


南方の島々で、圧倒的な物量を誇る米軍を前に、一歩も引かずに玉砕の覚悟で散ったはずの彼らが、祖国の地で、戦うことも許されず、書類一枚で「武装を解かれた兵」へと変えられたのだ…


「ハッ……。コレで……俺たちゃ……何処にも属さない、賊軍になってしまったんですね…w」


周囲にいた下士官や兵卒たちからも、力なく、どこか投げやりな笑い声が漏れた。


彼らは、自分たちが置かれたあまりにも不条理な状況を、笑うことでしか受け止めることができなかった…


そのまま収容され夜も更け…自衛隊員によって演習場の土手や野山に設営された、無機質な防水布の大型テントに将兵たちは身を寄せ寝ようとしていた…


現代の自衛官の目から見れば、暖房もなく、有刺鉄線に囲まれたそれは「劣悪な収容施設」に過ぎなかった…

しかし、天幕の中に数十名単位で身を寄せ合った若い将兵たちにとって、そこは天国以外の何物でもなかった。

頭上から降ってくる米軍の重砲弾も掃討も此処には存在しなかった…


暗闇の中、一人のあどけない少年兵が、天井を見つめて呟いた…


「……なぁ。昨日から起きとることは、全て夢じゃなかろうか…w」


少年兵は、自分の泥のついた手のひらを見つめ、それを握りしめた。


「…寝てしもうたら……目が覚めた時、戦野の屍とか、あるいは、ただの髑髏(どくろ)にでも戻っとるんじゃないかって……w」


その言葉は、天幕の中に横たわる数十名の若者たちの胸を、等しく貫いた…


隣にいた、同じく広島出身の若年兵が、天井を見つめたまま、笑みを浮かべながら言葉を返した。


「たしかにのぅ……。今……寝たら、夢から覚めてしまうとでも、ワシらは思っとるんじゃろうか……w」


暗闇の中で、複数の若者たちの「ふっ」という吐息のような笑い声が重なった。

恐怖や悲しみを、あえて笑い飛ばす。それは、彼らが極限の戦場で身につけた、唯一の正気を保つための技術だった。


「ほうよ。明日目が覚めたら、またニューギニア・アイタペの森の中かもしれん」


「俺はルソンの峠かなw」


「もし…コレが夢なら覚めてほしくないもんじゃね…w」


挿絵(By みてみん)

そうしたやりとりをしながら将兵たちは一人、また一人と、深い眠りに落ちていった…


彼らの顔には、子供のような無防備な安堵が浮かんでいた…


同じ頃…

離れた関東圏に位置する床主市では、ある一人の高校生が夜ふかしをしていた…

挿絵(By みてみん)


誰もこれから訪れる世界の終焉を…まして自らの置かれた状況を理解しきれていない、かつての若者たちにとっては知る由も無い事だった…









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