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彼を好きになってもいいですか?  作者: ミソラ


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3/11

復讐か、それとも *キリアン

「へえ、婚約。それはおめでとう」


 あっさりとした反応に傷つく。彼女は決して心を開かない。


 *


 田舎からやってきたアデリーは姉を探している。

 姉の名はマリア・オブリル。俺はその名前を知っている。


 兄と心中した相手の名前だ。


 あの日アデリーと訪れた伯爵家の侍女をしていたマリアは、女主人に付き従って王宮に上がった際に兄の目に留まった。伯爵家が次期公爵であった兄の要請を断れる訳もなく、マリアは公爵家に引き抜かれ兄の侍女となった。

 兄はどこに行くにもマリアを従え、決して離さなかった。その態度は侍女に対するものではないことは誰の目にも明らかだった。自宅だろうが王宮内だろうが恋人のように妻のようにマリアを扱った。その様子はまるで主従が逆転したようだったという。

 

 これは醜聞だ。

 

 伯爵には他言せぬよう金を渡したが、あからさまにマリアを溺愛する兄の態度は皆の知るところとなり、父と母は激怒する。すでに兄にはその地位に相応しい婚約者がいたからだ。側女を持つにしても婚姻を滞りなく行ってからという両親の説得も、兄のマリアに対する執着を深める材料にしかならなかった。


 その結果、両親は兄がいない間にマリアを屋敷から追い出した。

 帰宅した兄は半狂乱となりマリアを探し回り、故郷に帰ろうとしていたマリアを見つけた。


 そしてその翌日、二人の溺死体が王都にある自然公園の湖で見つかった。

 二人の体は、離れないように紐で縛られていた上に男の腕が女の体を強く抱きしめた状態で硬直しており、引き剥がすのが大変だったと聞いた。


 失望し、怒りの収まらなかった両親はマリアの存在を消した。

 兄は事故で死んだことになり、ひっそりと葬式を行った。マリアの遺体がどうなったのか、俺は知らない。

 そんなことは気にも止めていなかった。ただ兄に対する複雑な思いと、次期当主に繰り上がったことに戸惑いを感じていただけだ。

 

 アデリーに会うまでは。


 王都の中心にある長距離の乗合馬車が発着するロータリーから少し離れた雑踏の中、彼女はぼんやりと立っていた。長年の経験で「危ないな」と思った。案の定、怪しい男が近づき、彼女が手に持った荷物をひったくった。

 その動きを予測していた俺は、こちらに走ってきた男の足を引っ掛けて倒した後、後ろに腕を捻り上げて俺の侍従であるジョイに治安維持部隊を呼ばせ、ひったくられた鞄を彼女に返すために近づいた。

 

 小さくて華奢な体、キャラメルブロンドの波打つ髪に大きなエメラルドのような瞳。恐怖からか僅かに眉を寄せて小さく震えている。

 シンプルながら品の良い服を着ているが、どことなく薄汚れている。見るからに育ちは良さそうだが訳もありそうだ。

 なぜ一人でこんな所にいるのか?

 

 気になった俺は、現行犯だし被害もなかったが話が聞きたいと詰所まで来てもらった。


 そしてマリア・オブリルを探していると聞いたのだ。

 その瞬間沸き起こった憎しみ。これは天の采配だと思った。悪女に惑わされ破滅した兄の復讐をせねばと思った。この娘を同じように破滅させたいと思った。

 

 何か言いたそうなジョイを黙らせ、俺は彼女に協力することを申し出た。


 その後訪れた伯爵家から門前払いを受けたアデリーに、働く場所と住む場所を紹介した。


 懸命に働き、姉を探す。可愛らしい容姿で健気なアデリーは、間もなく食堂の看板娘となって店主夫婦からも可愛がられている。アデリーもだんだんとここの生活に慣れてきたようだ。


 けれども彼女は多くは語らず、ふとした時には遠い目をしてぼんやりしている。それは姉のことだけではなさそうだ。その視線の先は遥か遠くで、マリアのことが分かればアデリーはそこに飛び立ってしまいそうな気がする。けれど、俺を信頼させてから真実を教え、絶望するまで縛りつけておかなければ。


 彼女の様子を見に訪れ親切にし、徐々に近づいていく。それでも彼女の視線は俺を見ることはない。もどかしい。これ以上どうしたらいいのかと思っていたら相談を受けた。


 アデリーに「もっと働きたい」と言われて「じゃあ俺の遊び相手になって」と言ったのは復讐か、それともほかの何かか。


「キリアンさま、どういうつもりですか?」

「黙っていろよ、ジョイ。両親に話してみろ。その口を縫い合わせてやるからな」

「ですが……」


「遊び相手になってほしい」という提案はあっさりと断られてしまったが、しつこく言い寄り、最後にはなし崩し的に関係を持った。


 そのすべてを諦めたような顔を少しでも変えたくて。遠くを見る目を自分に向けさせたくて。


 *


「そういうことならキリアンは早く帰ったら? 私は仕事に行くのよ」

「アデリーは冷たいなあ。だから俺は意に沿わない婚約をだね……」

「貴族ならよくあることでしょう? それに私は面倒ごとに巻き込まれたくはないわ。というわけで、会うのは今日で最後ね。ばいばい」

「えっ」


 アデリーはさっさと支度をして立ち上がる。

「待ってよ。俺は大事な金づるだろう?」

「は、自分で言う? そうね。大事な金づるだわ。でももういいの。私は故郷に帰るから」

「なぜ? 姉さんを探すんだろう?」

「私にだって事情はあるのよ。三か月探してなんの情報もなかったわ。これ以上ここにいても無駄。……それに」

 アデリーは俺を見た。


「あなた、探してないでしょう?」

「……」

「一緒に探してくれるって言っていたのに。だから遊び相手になったのに……。でもまあ、私もお金を受け取っていたからお互い様よね。あなたはお家のために結婚して子孫繁栄に努めてください」


 アデリーは静かにドアを閉めて出て行った。


 喉から胸に、重い鉛が落ちたような気がする。血の気が引く。


 アデリーは寝言で「オーウェン」という男の名を呟いていた。その男の元に戻るのか。


「あんな可愛い顔をして。サイテー……」


 わかっている。最低なのは俺の方だ。なにも悪くないアデリーにマリアの最期を告げない俺は卑怯者だ。


 俺は両手で頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回す。絶望としか名のつけようのない感情が体中に広がる。

 アデリーがいなくなる。

 アデリーを失う。

 

 兄貴の気持ちがようやくわかったような気がする。

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