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遊び相手 *アデリー

 王都に向かって南下するほど風景は『春』になっていく。田園風景からぽつりぽつりと家が増え、王都を守る防壁が見えてくる。大きな門をくぐり王都の地へ降り立った。

 

 王都まで乗ってきた乗合馬車の運賃が上がっており、持ってきた路銀も心許なくなってきていた。思案してぼんやりしていたのが悪かったのだろう、怪しい男が近づいてきていたのに気づくのが遅れた。そして、一人の青年がひったくりにあった私を助けてくれた。

 

 均整のとれた長身に目の覚めるような白いシャツに黒いズボン、焦茶のブーツ。飾り気のない格好が金髪碧眼の美しい容姿を引き立てている。

 

「ジョイ、治安部隊を呼んでこい」

 一緒にいた彼の友人らしいジョイという男性も田舎では見ない美形だ。

 さすが王都だなあと思っていると、彼らが治安部隊の兵士たちにひったくり犯を引き渡した後、キリアンと名乗った金髪の青年が私に「話が聞きたいから詰所まで一緒に来てほしい」と言った。


 *


「まあ俺が見たままだよね。調書は終わり。で、このあと宛はあるの?」

「姉の所へ行こうと思います」

「へえ、じゃあ送っていくよ。また襲われたら大変でしょ。お姉さんの名前は?」

「マリア・オブリル」

「ふうん……、よくある名前だね」


 慣れない王都で付き添ってもらえるのはありがたい。その提案に乗り、姉が働いているはずの伯爵家を訪れた。

 

「五か月前に辞めたよ。今はどこにいるかわからないね」

「え……。では……ではもし姉から連絡があれば妹のアデリーが来たと」

「あー、伝えておくよ。連絡があればね」


 途方に暮れた。辞めたなんてことは知らない。五か月前といえばマートンの町に雪が積もり始めた頃だから手紙が届かなかった可能性もある。

 私はとぼとぼと離れた所で待っていたキリアンの元へと歩く。


「どうだった?」

「五か月前に辞めて、今はどこにいるかわからないって……」

「ふうん。これからどうするの?」


 すぐに会えると思っていた。だからその先なんて考えてなかった。けれど、町で困窮しているみんなのことを考えたらすぐには帰ることはできない。


「働きながら姉を探したい」


 時間はそんなにない。伯爵家からの連絡を待ちながら姉を探したい。


「それじゃあさ、働ける所を紹介してあげる」

 えっ? とキリアンを見上げる。

「これでも王都の警邏を担当する隊員だからね、伝手はあるよ。大丈夫、変なところは紹介しないから」

 訝しげに見ていたのがばれたのか、キリアンは明るく笑った。


 キリアンからいくつかの候補を出してもらい、働いた経験のない私は食堂の店員を選んだ。貧乏なマートン子爵領の、そのまた貧乏な士爵家では家のことは自分たちでやっていた。料理も洗い物も慣れている。なんとかなるだろうと思ったのと、その食堂の上にある集合住宅の一部屋が運良く空いており、住む場所も確保できたからだ。


 初めて就く仕事に失敗を重ねながらも慣れていき、休みの日は故郷に手紙を出しつつ姉を探す。姉が奉公に出ていた伯爵家へ赴いたり周辺で聞き込みをしたりしながら連絡を待つ。

 

 一度、王宮にも行ってみた。誰かに町のことを陳情できればと思ったが、白く高い柵はどこまでも続き、大通りの先に正門はあるが厳重に警備が敷かれ固く閉ざされている。人に聞くと正門は行事がある時しか開かないらしい。塀は何重にも張り巡らされており、幾つものチェックを通り抜けないといけないとのことだ。

 

 時たま豪華な馬車が通ることはあるけれど、前後に護衛がいる。

 身分を証明できるものを持っているとはいえ、士爵家の次女というほぼ平民の私などが近づけるものではなかった。


 故郷にもっと仕送りをしたいけど、今の稼ぎでは微々たるもの。食堂は昼は食事メインで夜は酒場となる。店主に夜も働きたいと申し出たが「若くて可愛い女の子が酒場で働くのはダメ」と反対されてしまった。

 

 そこで、たびたび様子を見にきてくれるキリアンに「もっと働きたい」と話すと「じゃあ俺の遊び相手になって」と言われた。

「遊び相手って?」

「恋人じゃないけど恋人みたいなもの? お金を渡すから夜を一緒に過ごしてもらう感じかな」

「……は?」

 

 ジョイが目を大きく開けて首を振っているし、私ももちろん断った。私にはオーウェンがいるし、何を言っているんだとキリアンを見る目が変わってしまったから。


 それでもしつこく誘ってくる。食堂で大通りで。周囲の目があっても。

「一緒にお姉さんを探してあげるよ。俺の方が知り合い多いし、一人で探すよりいいでしょ。それに無理して働く必要もなくなるから時間に余裕もできるよ」


 一緒に探してくれるのは心強い。けれど遊び相手というのは……。


 ああ、オーウェンがいれば。一緒に探してくれるのがオーウェンであったなら……。


「キリアン、やっぱり……」

「頑張ろうね、アデリー」


 頬にちゅっとキスを落とされる。咄嗟のことに固まっていると、キリアンは「今夜、部屋に行くねー」と手を振りながら走り去っていった。

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