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オシャレをしよう!

 イーゼンブルク公爵家の屋敷の確認に行く当日を迎える。

 エルツ様とお出かけするのは、ケルンブルンの街に行ったとき以来ではないのか。

 ここ最近はずっと隠者の隠れ家エルミタージュにお招きする形で会っていたので、外で会うとなるとなんだか緊張する。

 ここ最近は下町での調査ばかりで、華やかなドレスに袖を通していなかった。

 久しぶりにオシャレをするのもいいだろう。

 オシャレをしたい、と自ら思ったのは初めてではないか。

 自分の気持ちなのに、少し戸惑ってしまう。

 きっと昨晩、エルツ様が私に会いたい、なんて言うからだろう。

 実物を見てがっかりされたら申し訳ない。少しでもオシャレをして、満足して帰ってもらうのだ。

 ただ自分に何が似合うかわからないので、ムク、モコ、モフの姉妹を呼んで見繕ってもらうことにした。

『絶対に緑色のドレスがいいと思う!』

『でも、青も似合うよねえ』

『黄色も最高だよ!』

 皆、瞳をキラキラ輝かせながらドレスを選んでくれた。

 お祖母様が遺してくれたドレスはかわいい系から大人っぽい系まで種類豊富だった。

『どういうのがいいの?』

『ドレスは全部把握しているから』

『言ってみて』

「そうですね」

 似合っていればなんでもいい、と思っていたものの、ここにきて欲が出てくる。

 口にするのはおこがましい気がしたものの、勇気を振り絞って伝えてみた。

「その、エルツ様のお隣に並んでも、見劣りしないようなドレスがいいです」

 エルツ様は存在そのものが輝いているので、私の存在感が消えてなくならないような一着をリクエストしてみた。

 恐る恐るムクとモコ、モフを見てみると、尻尾をピンと立てて嬉しそうな様子を見せていた。

『お揃いコーデだね!』

『最高!』

『とっておきの一着を探さなきゃ!』

 エルツ様に見劣りしないドレスのリクエストが、どうしてかお揃いコーデに変換されていた。

 アライグマ妖精の姉妹は円になって何やらヒソヒソと話し合っている。すぐ意見が一致したようで、一着のドレスを運んできてくれた。

『絶対にこれ!』

『最強の一着があった!』

『お似合いの二人になること間違いなし!』

 それはホイップクリームの中にひと匙のカスタードクリームを混ぜたような、優しい色合いのドレスだった。

 レース状の詰め襟に、胸を飾ったサテンリボン、胸元から肩にかけて広がるフリルに腰がきゅっと絞られたデザインと、動きやすさを兼ね備えながら、かわいらしさと大人っぽさを混ぜたようなすてきな一着である。

 なんでもエルツ様の美しい髪色に、温もりを加えたような色合いを選んでくれたらしい。

「これを私に?」 

 アライグマ妖精の姉妹は同時にこっくりと頷いた。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 気に入ったと伝えると、小躍りして喜びを表現してくれた。

 その後、ドレスをまとい、化粧を施して、髪を結った。

 こんなふうに完璧に着飾ることなんて、本当に久しぶりである。

 鏡の向こうにいる私が別人のように見えた。

 ムクは帽子を、モコは鞄を、モフは靴を持ってきてくれた。

 最後に綿埃妖精がやってきて、鞄にしがみつく。

『一緒についていくよ~ん』

 そう言って、伸ばした毛の一本を針のように鋭くさせた。どうやら私の騎士役を務めてくれるらしい。なんとも心強い。

 背筋を伸ばし、出かけようとしたのだが、ふと我に返る。

「意味もなく着飾って、エルツ様は引いてしまうのでは……?」

 まるで婚約者に会うような装いである。それに気づいた瞬間、どうしようもなく恥ずかしくなった。

「ど、どうしましょう、私――」

『どうもしねえよ』

 足下にいたセイブルが言葉を返す。

「セイブル、いつから私の傍にいたのですか?」

『お前がドレスを選ぶところからだな』

「最初からではありませんか!」

 いつも気配なく接近するので、そのたびに驚いてしまうのだ。

『なんだかうだうだ言っていたようだが、エルツは大喜びするに違いないから安心しろ』

「本当ですか?」

『俺様が嘘を言うと思っているのか?』

「いいえ」

 せっかくムクとモコ、モフが選んでくれたドレスなのだ。堂々と出かければいい。

 それにセイブルがエルツ様は喜んでくれるだろうと言ってくれた。自信を持ってでかけようではないか。

「みなさん、ありがとうございます」

 庭でエルツ様を待っていようか、と思っていたら来訪を知らせる魔法陣が浮かび上がった。許可をすると、窓の外が光り輝く。

 エルツ様が隠者の隠れ家エルミタージュに下り立ったのだろう。

 自分から出て行くのは恥ずかしい気がして、扉がノックされるのを待っていたのだが、なかなか叩かれない。

 もしや、エルツ様は私が出てくるのを待っているのだろうか?

 身支度が終わっていなかったら私を急かしてしまうと思っているのだろう。

 ならば、私から出るしかない。

 腹をくくって扉を開く。すると、その先にエルツ様の姿があった。

 エルツ様はふんわり優しく微笑むと、朝の挨拶をしてくれた。

「ビー、おはよう」

「おはようございます」

 眼鏡をかけたエルツ様は美しい銀の髪を三つ編みにし、胸の前から垂らしていた。

 装いは精緻な刺繍入りの詰め襟の服にズボン、ブーツを合わせ、釣り鐘状の外套をまとっていた。はじめて見る私服である。

 普段の魔法医としての装いとは違い、優美な格好だった。

 そんなエルツ様は私を穴が空きそうなくらいじっと見つめていた。

 目が合うと、感想を口にしてくれる。

「ビー、美しい」

 ごくごくシンプルな言葉だったが、その一言で私はくらくらしてしまった。

 見目を褒められることなどほぼなかったので、耐性がないのだろう。

 それに加え、エルツ様から放たれる賞賛の言葉は破壊力があるのだ。

「もしや、私のためにそのように美しく着飾ってくれたのか?」

「あの、その、はい」

「感謝する」

 そう言ってエルツ様は私の指先を優しく掬うように手に取ると、口元へと寄せる。それは唇が付かないくらいのささやかなものだった。

 セイブルの言うとおり、エルツ様は喜んでくれた。ホッと胸をなで下ろす。

「その、外でお茶でもいかがですか?」

「いいのか?」

「はい。少し休んでからいきましょう」

 朝、起きてからのんびりお茶の一杯も飲めていなかったのだ。

 気持ちが落ち着くようミルクと蜂蜜たっぷりの紅茶を淹れた。

 それに、昨日焼いたサブレを添えておく。

 花が満開となったアーモンドの樹の下で、エルツ様と二人っきりでお茶会を開いた。

「私が焼いたサブレなんです。お口に合えばいいのですが」

「いただこう」

 エルツ様は手袋を外し、美しい指先でそっとサブレを摘まむ。それをそのまま食べるものだと思っていたのだが、なぜか私の口元へ差しだす。

「わ、私にですか?」

「ああ、毒見をしてくれ」

「毒なんて入っておりません!」

 そう訴えると、エルツ様はくすくす笑っていた。

 どうやらからかわれたようだ。

 もう自棄だと思って、差しだされたサブレをぱくんと食べた。

 私が本当に食べるとは思っていなかったのだろう。エルツ様の目が少しだけ丸くなる。「ビー、どうだ?」

「いつも通りの味です!」

「そうか。ならば私もいただくとしよう」

 エルツ様は今度こそ、サブレを食べてくれた。

「ふむ、うまい」

「たくさん召し上がってくださいね」

「ああ、そうしよう」

 サブレを食べ、蜂蜜ミルクティーを飲む。

 こうしてエルツ様と過ごす時間は、酷く贅沢なもののように思えた。

 ふと視線を感じて顔を上げたら、熱烈に見つめられていることに気づいた。

「あの、何か?」

「いや、今日のビーも、ずっと見ていられるなと思って」

 ここ最近、エルツ様は甘い言葉ばかり口にしているような気がする。それについて、一言抗議してみた。

「その、最近、私を甘やかすようなお言葉ばかりおっしゃっているのですが、どうかなさったのですか?」

「ビーと離れている時間が、そうさせてしまったのだろう」

 毎日会えないから、私に対して甘い態度を見せているようだ。

「ビーが私の専属魔法薬師だったときも、好意は示しているつもりだった。まあ、ビーはぜんぜん気づいていなかったがな」

「そ、それは申し訳ありませんでした」

 私が鈍感でエルツ様からの好意を察しないので、わかりやすく口にすることにしたという。

「このまま自由に泳がせていたら、他の男がビーを奪ってしまうやもしれぬからな」

「あの、どなたが私を強く望むのでしょうか?」

「ビーが気づいていないだけで、王宮で近寄ろうとしていた男は大勢いた」

 なんでもエルツ様は私が単独で行動するときは、使い魔である白カラスに監視させていたようだ。

「下心をもってビーに接近する者が現れたら、その者の弱みを囁いておくように命じていたのだ」

 何かあったときのために、とエルツ様は王宮で働く者達の弱みを握っているという。

「まさか、けん制に使えるとは思いもしなかったな」

 なんというか、王宮の方々へ申し訳ない気持ちになってしまった。

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