九話
「何だ、千年も封印されてるって聞いて、さぞかし強いって思ってたのに、呆気ないモンだな...」
そう彼が言う。それは一人の男ではあるものの、彼自身は人間ではない。人の形をし、人の目には映らず、見える者は限られている。彼の名前は月代残影、修羅に落ちた男で、幽霊の類いの妖怪である。
「あーあ...、折角、封印解いてやったのになぁ...。何だか、損した気分だよ
にしても、今の代は曲者...、前々当主は単純なタイプだったのになぁ。どうして、ひねくれちゃったのかねぇ。まぁ、俺は面白ければ関係ねぇーんだけど」
現在、彼がいるのは焼け焦げたグラウンドであり、琴風高校にいる。焼き焦げにした張本人は鬼条焔であり、その火力は物凄かったというのは言わなくても分かるだろう。
「相変わらず、激しい一族なんだよな。簡単にこんな事が出来ちゃうだもんな。ゾクゾクしちゃうよ」
そう狂った笑みを浮かべ、クククと笑う。絵の具のように妖気が滲み、まるで血のように空間が濡れ、その姿におぞましさを感じさせられてしまう。彼は等の昔に狂ってしまっており、修羅へと堕ちて、血に渇望してしまっている。
「あの老骨と遊ぶのも楽しそうだな。若い女をいたぶるのも好きだけど、重濃に熟した女を齧るのも美味しそうだ。あぁ、殺り合いたいなぁ...。あー、殺したい...。殺したいなぁ...」
そんな身の毛が弥立つような狂人な発言に対して、「キッモ」と反応する声があった。その声の主は金髪に耳にピアスをした、いかにもチャラそうな男性で、どうやら、彼にはこの男の事が見えているようだ。服装はホストみたいな格好をしているせいか、それが余計にチャラそうに見せてしまっていた。
「あら、いたんだね、大上君。感情が昂っちゃってさ、興奮が止まらないんだ。ちょっと、俺とネットリとした熱々なキスをするつもりでさ、遊んでくんない?舌を絡ませるような感じにさ」
そう彼は平気で発言するも、その発言すら普通ではない。そんなイカれた発言も変態のように感じさせられてしまう。実際に常人ではないし、人間でもない訳で、それでいて狂人なのだ。
「気色悪い事、言うんじゃねぇよ。異種族でキスするつもりはねぇよ、人間」
そう言って、彼は拒絶し、拒絶された彼は「ちぇ、つれねぇーの」とおちょくったように言う。
彼は月代残影の事を人間だと断定しておきながら、自身は人間ではないといった感じの発言をする。こうして、狂っている相手と言葉を交わしている時点で普通ではない。
大上と呼ばれた男性の見た目は若く、見た感じ高校生か大学生といった感じの見た目をしている。
「にしても、派手に焦げてるな。これも火葬士の仕業か?」
そう丸焦げになってしまっているグラウンドを彼はまじまじと見る。グラウンド全域は真っ黒に焦げて、グラウンドに置かれているゴールなんかすらも真っ黒になってしまい、ネットの部分もない。
「そうだよ。といっても、現当主ではなくて、前当主の仕業。老骨の癖して、中々、お茶目だよね」
「お茶目って、どう考えても人間の仕業には思えないけど......。本当に人間がやったのか?」
彼の反応はおそらく、正しい。普通の人間ではまず出来ないけれど、妖怪退治の専門家である鬼条家において、技を磨いてきた者なら、きっと、出来てしまうのだろう。
「本当だよ。ね?ゾクゾクしちゃうでしょ?こんな人間と殺り合えるんだから」
そう、彼は嬉しそうに話し、彼に対して、共感を求める。普通の常人なら、共感なんて出来ないが、「確かに、面白そうじゃ、あるけど。俺達を絶滅させたツケぐらいは代わりに払ってもらわねぇとな。これ程の力を持っている奴がいるのなら、根絶やしにしても構わないだろ...」といった感じで何やら、恨みを感じさせる。絶滅させられたと言う割りに彼の姿は人の形をしている。彼自身、人間じゃないというのだろうか?
「でしょ?俺さ、昔、殺り合った事があるんだけどさ。もう、さいっこうなのよ。切り裂かれる血肉にさ、燃え盛る地獄っていうの?もう、楽しすぎて、笑いが止まらないぐらいだったから、もうちょっと育った所を狩るのが」
「悪いけど、お前の悪趣味に付き合うつもりなんてねぇーよ。お前さ、自分がキモい事に気付いてる?まぁ、俺には関係ねぇんだけど」
彼が話している途中にそう口を挟む。彼の場合は、この月代残影程の戦闘狂という訳ではない。
「とりあえず、一族の腰抜け共に分からせれれば俺は十分だ。俺達の時代は近いって事を分からせてやる。その為に手始めに歯牙にかけねぇとな...。狩りをするのは今度は俺の番だ」
鋭いような妖気が漂い、人の形を取っておきながらも、獣染みた雰囲気を感じさせる。
「首を持ち帰っても悪く思うなよ」
と言葉だけを残し、いつの間にか彼の姿はそこにはなかった。
「せっかち過ぎると足元を掬われちゃうよ、大上君」
と姿を消した相手にそう言うも、言葉が返ってくる筈もなく、彼もどこかに飛ぶようにしてそこから姿を消してしまった。
残されたのは焼け焦げたグラウンドのみ、現在、立ち入り禁止になっており、夏休みという事もあって学生の姿を見ない。お陰で静けさだけがこの場を支配しており、まるで廃校のようにも感じさせた。
◇◇◇◇
グラウンドでの一件後、俺はだらけていた。実体を消して、瞑って視界を閉じ、疲弊してしまった俺は惰眠を貪っていた。とはいって、意識は起きている訳で疲弊しているものの、眠りに落ちるという事もなく、ただ何も考えず、思考を放棄し、物とは変わらないただ無機物のつもりでボケーっとしているだけだった。
時刻は現在、午後一時を過ぎており、動きたいとは一切、思えないでいた。
薪君というと、自身の実力不足を実感してしまったせいなのか、現在、自室にてベッドの上で座禅を組んで瞑想に耽っていた。安定した力の循環ではあるが、何処と無く不安定な揺れが生じているのはおそらく、俺の気のせいではない。彼自身も疲れている訳で、そして、あの一件で思う所があったのだろう。
俺と薪君は一つの部屋を共用しており、部屋はそんなに広いという訳でもない為、寝る時は実体を消して本体のみの状態で寝ている。
彼の部屋には勉強机や椅子、タンスにベッドぐらいで、他にあるとするのであれば机の上に札が何枚か置かれている程度といった感じで殺風景のように感じさせられてしまう。机の上にドラえもんの本が一冊、置かれているものの、少しながら古びてしまっており、彼が幼い頃に買った物だと推測が出来る。彼にも漫画やアニメに興味を持っていた頃があったのだろう。彼が漫画やアニメを見ているという姿を俺は見た事がない。寧ろ、興味がないといった感じもある。
彼がどういう子供時代を過ごしたのかは俺には知らないし、分からない。幼い頃にトラウマを抱えてしまったという事ぐらいしか知らない訳で、そういう事が関係したのか、この殺風景な部屋にも何らかの理由があるのだろう。霊が見えるというのは普通の人間からしたら異常な事だろうし、力を持って生まれたという事も十分に影響しているようにも思える。
何もしない。思考放棄など、そんな事が俺自身、長時間出来る筈もなく、「ぶちたいぎーのぅ」と思わず口にして、実体を持ってしまった。やはり、意識がある限りは何もしないという状況は苦でしかない。何かをしていなければ、やはり活きていけないようだ。人間って、難儀なモンだな...。
そういう訳で、体を実体化させ、ベッドの方へと目を向けると、未だに彼は座禅を組んだままでいた。僅かな揺れを生じさているのは、焔さんの件を引きずってしまっているからである。自身の祖母を守れなかった負い目と油断していたという事もあるにはあるだろうが、そういう事じゃない。
「もういいのか?」
彼は目を開けて、俺に対して、そう尋ねる。
「何もしないっていうのは、俺にゃ無理じゃ。だらけるのなら、何かしながらじゃないと、多分、無理
というより、何もない状態でよくもまぁ、平気だよな」
「そうか?こんなの、何でもないだろ」
そう平然に言ってのける。まぁ、何かしている状態なら、平気だろう。それでも、こんな殺風景な部屋というのも不便だ。何かをするにおいて、物が無ければ何も出来ない。そんなの俺には耐えられない。だからか、個人的に漫画本を買ってきたりして、暇な時はそれを読んで時間を潰したりしている訳だ。
「部屋に物が少なくて、困らないのは薪君ぐらいしかおらんよ
というより、趣味とかないん?何かしょうたとしても、机に向かってるか、座禅を組んでる姿ぐらいしか見た事がないんじゃけど?」
「それぐらいで事足りるだろ。勉強は前に将来の為に必要だし、座禅は自身を落ち着かせてくれる。それに思い悩んだ時にも自身を安定させてもくれる」
うっげ......、それのどこが楽しいんだよ。堕落出来るのなら、ずっと、俺なら堕落しょうりたいんじゃけど...。ゲームしたりとか、漫画読んだりとかしてさ...。
確かに自身を高める事は重要な事だし、結果を求めるには必須かもしれないが、それとこれとでは話は別だと思う。まぁ、俺と彼とでは価値観が違うだろうから、その主張を否定する要因にはならない。
「やれ、たいぎーのぅ...。薪君がそう言うんじゃったら、そうなんじゃろうけど
じゃけど、俺はそれだけじゃ事足りんよ。というより、勉強なんざ嫌いじゃし、そもそも、座禅なんかずっと組んでいられん」
そう言って、俺自身が欲の深い人間だという事に気が付いた。欲しい物は沢山ある。こうなる前だって、彼女いない歴=年齢だった訳で、それでも意味もなく彼女が欲しいと思っていた訳ではあるし、かつて、肥満体型だった俺は95kgから半年で75kgまで体重を落とす事に成功した訳だ。それは俺自身、痩せたいという願望があった訳でもある。それは言うまでもなく、欲望でもある。まぁ、結局、彼女が欲しいと言っておきながら行動していなかった俺は彼女なんて出来る筈もなかった訳でもあるが...。
言いたい事は欲が薄過ぎる。彼自身の欲があまりにも無さ過ぎるのだ。だからなのだろう、こんな殺風景な部屋になってしまったのは...。
「たいぎーのぅ...、ほんと、ぶち、たいぎー」
何かもう、色々と面倒臭くなってしまった俺はこの面倒な思考を投げ捨てる事にした。
正直、疲れてしまっている現状で何かしたいとは思えない。それでも、退屈なのはどうしようもない。だからといって、今日も鍛練するというのも違うような気がする。
何か、もうどうでもよくなってきた為、床へと俺は寝転がる。床へと寝転がった直後の事だった。バリンとガラスが割れる音が聞こえ、俺の目の前に落ちてきた為に咄嗟に自身の実体化を解いて、回避する。
そうして、再び、肉体を実体化して、窓側の方へと視線を向けるとそこにいたのは金髪にホストみたいな格好をしたいかにもチャラそうな雰囲気の人の姿があった。
「ちょりーっす。窓から失礼しまーっすっと
ねぇ、ここ、噂に聞く火葬士の家で合ってる?臭い辿って来たんだけど、間違いないよね?」
そう彼は口を開くも、窓を割って、家に入ってきた事を悪びれる様子はない。
それと彼自身から妖気を感じるものの、彼自身、人の形をしているけれど、これは霊体ではなく、実体としてちゃんとそこに存在している。つまり、幽霊の類いではないという事になる。
俺は一先ず、戦闘態勢に入り、構えを取る。彼が人間だろうと、妖怪だろうと関係ない。こうして、不法侵入してきたんだ。敵として扱っても構わないだろう。
「ウチんちに何のようで来た、妖怪。態々、窓から入ったんだ、何か用事ぐらいはあるんだろ?」
そう薪君は冷静に目の前の相手にそう尋ねる。それでも多少、不機嫌そうにも見える。
「簡単な話、殺しに来たんだよ、人間」
そうシンプルにそう言葉を口にして、バチバチといった音と共に眩しく電光を発生させる。
その言葉には確実な殺意があり、冗談で言っている様子はなかった。どういう理由があって、殺しにやって来たのかは分からないが、相手が確実な敵である事だけが理解した。
「薪君、悪い」
俺は彼に謝罪を入れた直後、目の前の相手に対して、駆け出した。足に妖力を回し、鞘に納まっている刀を解き放ち、再び、納めるも、「遅い」といった声が聞こえ、バチバチという音と共に「ああああああああ」と叫び、激痛ともに床へと倒れてしまい、何が起きたのかも、理解が追い付かず、真っ暗な意識の中へと閉じてしまった。
◇◇◇◇
彼女は倒れ、現在、刀のままの状態で意識を閉じてしまった。
「へぇ......、これが本体だった訳ね」とそう言って、彼は彼女の本体を広い上げる。そして、鞘から少し刀を抜いて、「ひぇー...、よく斬れそう。試し切りしてもいい」などとほざく。
「駄目に決まってるだろ」
そう言って、俺は相手の手首に炎を着火させ、「あっつ!!」と彼は拾い上げた刄さんの本体を落としてしまい、「何すんだ!!熱いだろうが!!」と彼女を蹴飛ばしてしまった。
その様子を見て、確実に始末しようと決意する。相手に殺意しか浮かばず、そして、活かしておく必要もない。
俺は指を向けた直後の事だった。目の前にはそいつはおらず、気が付けば、俺の横に立っていた。
「だから、おせぇーって言ってんだよ」
その存在に気が付いた直後に、爆炎が引き起こされ、跳ぶように回避されてしまった。
火葬士の能力は炎に関する能力であり、それは技によって様々である。
ノーモーションで火を起こしたり、爆炎を起こしたりする事が出来るが、大掛かりの場合はルーティンとでも言うべきだろうか、何らかの動作で力を発動させたりする。
例えば、手から炎を放ったり、炎柱や大きな爆炎を引き起こしたりする時などである。
故に懐へと入られてしまうのが苦手とされる。それを補うのが、自身の身体能力だったりする訳だ。
相手は速い。それは刄さんの居合を目の前で余裕で回避出来る程に。それこそ、この狭い場において苦手な相手だ。せめて、広い空間であれば良かったものの、これでは簡単に間を詰められてしまう。
「あー......、ウゼェ。とっとと、ぶっ殺して、終わらせる。お前の一族、皆殺しにしてやるよ」
そう言うと、バチバチという音と共に、彼の両手は電光に包まれる。どうやら、これが相手の能力のようで、彼が刄さんをやった一撃でもある。
あの電撃を食らってしまえば、一溜りもないだろう。
部屋を全体を焼き払ってしまえば、相手にダメージを負わせる事ぐらいは出来るだろう。だが、それでは彼女を巻き込む事になる。だから、それは出来ない。
本体からは彼女の妖気と霊力を感じる事から、死んではいない事が分かる。どうやら、今は意識を失ってしまっているだけのようだ。
どう対処するべきか、考える前に相手は動き出す。命のやり取りに隙を作った方が負けである。動き出した直後に目の前へと炎を放出する。放出した炎は床へと燃え移ってしまうが、そんな事を気にしている場合ではない。
炎は軽々と避けられ、後ろへと回避された直後だった。相手は全身に青白い電撃を纏い、一瞬にして姿を消して俺の目の前へと現した。
目の前はゆっくりとなり、走馬灯が流れる。流れるのは今までの過去で、ああ、俺はこのまま死ぬんだと思った時だった。
バキリという音と共に「ああああああああ」と悲鳴が聞こえ、目の前で刀身が折れて、粉々になっていくのが分かった。
それと同時に彼の手から血が流れ、「チッ」と舌打ちをして、後ろへと飛ぶ。
彼女はいつの間にか実体化していたのだが、不安定で苦しそうに地面へと倒れる。そして、実体化させていた肉体は消えて、残されていたのは破壊された刀だった。
「刄...さん?」
そう声を掛けても反応はない。微かに妖気と霊力は感じるものの、どんどんと弱くなっていっているのがよく分かる。俺のせいで死んでしまったアイツの顔が過る。
「死ね」
その言葉と共に小さな爆炎を相手へと食らわせる。
「ぐはっ......。何だ?それじゃ、俺を殺せないぞ
てめぇら、人間にも大切にしている物があるんだな。たかが刀如きで、そう怒るんじゃねぇ」
それはまるで夜空に打ち上げられる花火のように、連続的な小さな爆炎を引き起こす。相手を確実に殺す為に、相手に逃げる隙も残さず、
「───────────」
相手が幾ら人間のように苦しもうと、俺には関係なかった。攻撃の手など止める事なく、始末する為に。
「止しなさい」
そう声を掛けられて、肩に誰かが手を置いた。その声は俺の祖母、前当主、鬼条焔の物だった。
声を掛けられたせいで、攻撃は止めてしまい、「クソッ」という言葉を残して、彼はその場から逃げてしまった。
「何で...、何で止めたんだ。ばあちゃん、俺...」
「そのままじゃ、あなたは自分の怒りに飲まれてしまっていたわ
薪、いい。怒りの力は自身の思った以上の力を引き出すは、でも、それは同時に破滅へと導く事だってあるのよ」
「でも、刄さんは......」
「まぁ、落ち着きなさい。そんなんじゃ、大切な物を見落とすわよ」
そう言って、その場に燃え移ってしまった炎を手でパンパンと払うように消化した後、ばあちゃんは刀身が折れて砕け、柄だけになってしまった彼女の本体を広い上げる。
「まだ、息があるわね。それに砕け散った刀身もまだ力が途絶えてないわ」
確かに力は途絶えていない。寧ろ、弱っていた筈の妖力と霊力が今度は強まっいくのが感じた。そして、強まっていく力は折れて砕けた筈の刀身の破片をまるで磁石のように、元の形へと戻していき、最終的に柄とくっついて元の形状へと戻ってしまった。
「これは...」
「多分、彼女の特性なんでしょうね。あなたが思っている以上にあの子、しぶといわよ」
そう言って、ばあちゃんは抜き身の刀身を鞘へと納める。
「今日はもう目を覚まさないでしょうから、ほっといてあげなさい」
と言葉を残して、そのまんま部屋から出ていってしまった。
破壊された筈の刀身が元通りへと戻ってしまう、そんな光景を見て、俺は彼女の異常性を見たような気がした。
そもそも、付喪神というのは物に魂が宿って妖怪となる訳で、壊れた箇所を自力で元通りへと戻すような力を持ってはいないし、寧ろ、壊れた箇所は元通りになる付喪神なんて聞いた事がない。それこそ、前例のない事である。直すには修復作業が必要ではあるし、完全に砕け散ってしまえば、それこそ、『死』と同義の筈である。それだというのに、彼女はこうして元通りに修復し、そして、生きている。
元人間とはいえ、彼女は本当に刀の付喪神なのだろうか?そんな疑念を抱えながらも、彼女が無事で生きている事に安堵してしまった。どうやら、いつの間にか俺は彼女の事を大切な友人だと思ってしまっていたようだ。それを今更ながら、自覚してしまい、それと同時に彼女を守れなかった事が、自身の未熟さを、自身の無力を恥じてしまい、悔いるしかなかった。
「俺は...弱い」
◇◇◇◇
夢を見ていた。それは過ぎ去った思い出。
俺は嫌いだった。自分より先に生まれた筈の兄貴の事がどうしようもなく嫌いで嫌いだった。どうして嫌いだったのか、そんな事、今でもしっかりと覚えている。長年の付き合いだったのだから、忘れる事なんてあり得ない。嫌い嫌いも好きの内とは、よく言ったものだと、感心はしないが、それでも、俺は家族として愛していたんだと思う。世間一般の家庭の普通とは俺の家庭の普通は少しずれていた。まぁ、そのずれというのは父や母の事ではない。
幼い頃、年が五歳も離れた兄貴とは体格が負けてしまっていた俺は、五月蝿くて、理不尽な兄貴の事が嫌いで堪らなかった。
だけど、それにだって理由がある。今ならば、受け止める事が......出来ないかもしれない。今でも嫌いな部分はある。
別に孤独だった訳でもない。いや、俺がそう思っているだけなのかもしれないが...。だけれども、俺と兄貴の間に格差があった。はっきり言ってしまえば、優劣の格差だ。
だけど、それは仕方がない事だった。どうしようもない格差はとにかく、残酷で埋めようがない。
社会的弱者は必ずいる訳で、兄貴はそういう風に生まれたくて生まれてきたんじゃない。
兄貴が何を思って、何を感じて、何を患って、何に足を止めしまっているのか、理解の範疇が及ばない。
それはもどかしくて、中々、前に進めず、それでも、多分、きっと、幸福がそこにあったのだろうと俺は思いたい。
今は大嫌いではないけれど、嫌いな兄貴の事を俺がこうなってしまった今でも忘れる筈もなく、後戻りの出来ない過去を夢にまで偲んでしまっていた。
「んー...」
目を覚まして、俺は背筋を伸ばす。
懐かしい夢を見ていたような気がする。もどかしいような、腹立たしいような、それでも、きっと嫌いになれないような────、今はもうどんな夢を見ていたのかなんて思い出せない。きっと、深い眠りだったんだろう。
ふと、時計へと目を向けると時刻は七時の差していた。
えっと......、確か、俺はあのチャラそうな奴にやられて......。俺は自身の刀身を折られた挙げ句、粉々に粉砕されてしまった訳で、そこからの記憶がない。こうして、実体化出来ている訳で本体を抜いてみるも、粉々になってしまった刀身は元通りになっていた。
色々と砕け散った後で、よー無事にくっついたモンじゃ。また、折られるとか、蠱毒に落とされた時、以来じゃないか?そう思いながら、立ち上がる。
すでに薪君の姿がないのを見るに先に起きてるのだろう。彼の朝は早く、五時にはジョギングしに外へと走りに出ている。自身を鍛える事に関して余念がないのは彼らしい。
「というか、俺、何時間、寝てんだ?もう、朝じゃろ......
ていうより、無事なんか!!」
割られてしまった筈の窓ガラスはというと、段ボールで塞がれてしまっており、そこの隙間から微かに光が差している。床には焼け焦げた跡が残っており、昨日の出来事は夢ではない事を物語っていた。
一先ず、俺は自身の本体を担ぎ、皆がいるだろう居間へと向かった。居間へと向かうとそこにいたのは薪君と萌さんの姿があった。薪君は怪我している様子がないという事はどうにかなったという事だ。
「良かった...」
思わず、安堵の言葉が漏れてしまう。安堵の次に力が抜けてしまうも、一先ず、自身の席に座る。
「おはよう、刄ちゃん」
そう彼女に言われ、「おはようございます」と挨拶を返しておく。
「目が覚めたんだな...。良かった
悪い、俺が弱いせいで、お前を守れなかった」
そう謝罪されるが、「それは違う」と俺は否定する。薪君が弱いせいでじゃない。それは俺がでしゃばったからで、薪君のせいでは決してない。ただ、相手が悪かったし、状況も悪かった。それはそれで言い訳でしかないけれど、そうなのだ。強ければ、勝つなんて当然の事かもしれないが、相手の強襲に迎え撃つだけの状況に追い付けずにいたのも事実だ。どんなに屁理屈を捏ねようとも事実は変わらない。
「.........違わないか...。俺らは弱い。悪い、否定してしもうた
じゃけど、運が良かった。こうして、薪君は生きとるんじゃし。互いに磨かにゃいけん所があるって事じゃ。たいぎーけど、頑張りゃにゃいけんって事か...。やれ...、たいぎーのぅ」
俺も薪君も未熟者だ。特に俺は彼に追い付いてもいない。未だに自身の力を扱え切れておらず、綺麗に自身の本体を振るえていない。だから、彼には追い付けてもいない。
「そうだな...。俺達は弱過ぎた。あの十日間だけじゃ、足りなかった」
そう応えるも、彼自身、暗い感じで落ち込んでいるようだった。別に落ち込む事は悪くはない。反省するべき事があったと思えるのなら、まだまだ成長が出来るという事だ。
「ほんじゃあ、後は前に進む努力だけじゃ。今日辺りから、頑張ろうかねぇ
落ち込んどる暇はありゃせんど」
「刄さん......」
「悪いけど、俺は薪君が弱いとは思ってないよ。ただ、どこか足りん所ぐらいあるんじゃろう。それは俺にも薪君にもある訳じゃし、日頃、だらけとるツケが回ってきたんじゃろ
まぁ、正直、堕落したいんじゃけど、焔さんに薪君の付き人をお願いされとる訳じゃし
それに俺も強くならにゃ、薪君に置いてけぼりにされてしまう訳じゃけぇね。それだけは御免じゃ」
そんな訳であの十日間を終えた後ではあるが、互いに強くなるべく、夏の強化期間が始まった訳であり、それに後悔するのはまた別の話である。




