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二十話


 台の上に並ぶ花々が並び、ビニールハウスに囲まれている。この花の名前を俺は知らない。元から花なんて興味なかった。そんな名も知らぬ花々が並ぶ中、一つの背中を見付けた。青いポロシャツに灰色の作業服、頭には麦わら帽子を被っており、白髪混じりの髪の六十代後半の細身の男性がそこにはいた。

 その男性の事を俺は知らない。会った事すらない。だけれども、その朗らかな顔は悪い相手ではないと判断するには十分だった。

 その男性から一輪の花をポットごと、差し出され、それを俺は受け取った。

 それがどういう意味を、どういう事を指しているのか分からなかった。

 ただ、『息子を頼む』と言われたような気がした。それはただの気のせいなのだろう。そう思うから、そう思うだけの事で、実際にこの男性は口元一つ動かしていない。

 目を覚ますと、そこは知らない天井があった。


 「俺は......」


 何をどうして、ここに......。


 「お袋と灯は!!」


 何があったのかを思い出した。家に帰った後、俺はあの変態の奇襲を受けて...。


 「萌さんと灯は無事よ。とは言っても、萌さんの場合は一週間ぐらい入院が必要そうだけど」


 そう言ったのはばあちゃんだった。そして、俺の枕元には長物袋に入った彼女の本体が置かれており、どうやら、今は眠ってしまっているらしい。


 「ここは...病院?」


 「ええ。あなたの場合は三日ぐらいで退院出来るでしょうけど、命に別状がなくて良かったわ

 それより、『アイツ』が来るなんてね。当分、顔を合わせてなかったけど、......はぁ」


 そう、ばあちゃんはため息を吐く。


 「知ってるのか?アイツの事」


 「ええ、知ってるも何も、昔から茶々を入れてくる糞野郎よ

 今回のは凶霊災の気配に浮かれ、遊び半分に襲ったんでしょうけど、さっさと始末しないといけないわね...。アイツの事は扇子丸さんも知ってるんだけど、厄介な相手よ」


 彼に対して、言い様は酷い物ではあるが、嫌っているのがよく分かる。

 過去に何があったのか、大体、察しが付いてしまうのが、凄いというか、悪いというか...。


 「そんな事より、その花、実体がないわね。ここに運ばれるまで、なかったんだけど...。それには悪意はないから放っておいたんだけど、一体、誰の残り香かしら?」


 そう言われ、自身の手に一輪の花が握らされていたのに気が付いた。その花の色は濃いピンクだった。


 「......いつの間に」


 これは夢に見た花だった。確かに想いはここに残されている。この霊体の花が誰の物なのか分からない。

 ただ、「息子を頼むか」とその言葉はあの男性から言われた訳でもないが、思わず、口から溢れてしまう。何故だか、その言葉が一致してしまっていた。

 「その花は蘭ね...」とばあちゃんは言う。どうやら、そういう花の種類らしい。


 「誰の残り香なのかは分からないけど、ちゃんと持っておきなさい。きっと、あなたに託したんでしょうから、預かった物はちゃんと持っておくべきものよ」


 誰かの想い。きっと、あの男性の物なのだろう。あの記憶は俺の物ではなく、おそらくは...、彼の息子の物。俺の知らない彼の想い出。それが俺に介して、夢として現れた。


 「そんなの...、分かってる」


 任せろ、だなんてはっきりと言い切れる自信はない。ただ、そんな事、分かり切っている。それに頼まれるまでもない。この先もきっと、彼女と一緒に歩む事は決まっているのだから。

 「そう...」とばあちゃんは頷いた後、「私は用事があるから」とそう言って病室から出ていってしまった。「安静しなさい」とも言っていたが、じっとしててもいいものだろうか?

 「おはようさん」と声が聞こえて、顔を向けるとそこには彼女の姿があり、「ふぁ~」と大きな欠伸をしていた。目を覚ましたようで、彼女は自身の本体を手にする。


 「無事で良かった...。悪い...、俺が不甲斐ないばかりに」


 彼女は顔を俯かせて、そう言ったものの「やれ、沈む気にもなれん」と吹っ切るように顔を上げる。


 「じゃけど、生きてて、本当に良かった。死んだら、つまらんけぇね...、本当に」


 そう言って、彼女はため息を吐く。


 「こっちこそ、悪い。油断した

 お前は悪くない」


 相手に対して、力不足していたのは間違いない。それでも、誰も死なずいたのは運が良かったと言える。彼女の言う通り、死んでしまってはつまらない。生きているからこそ、意味がある。

 不意に目の前に顔が現れ、逆さ吊りになっている顔を霊炎にて焼き払い、「────」と悲鳴が響く。

 ここは病院であれど、妖力が混じる霊の気配が集まってきている。


 「それにじっとしている場合でもないみたいだしな」


 ばあちゃんに安静にしておくようにとは言われているものの、そういう訳にもいかないようだ。


 「確かに、そうみたいじゃね」


◇◇◇◇


 「修羅に堕ちていけませんよ」と言われたのは救急車の中での事だった。「あなたはまだ、自身を制御し切れていない。あのままだと、あの糞野郎の思う壺ですからね」と続けて、そう言う。その物言いはあの血に飢えた修羅の事を知っているようだった。

 俺、そんなに感情のコントロールが出来てないか?そう思いながら、廊下へと出る。そこからは強い気配は感じなかったものの、夥しい数の妖気が漂っているのが分かった。そして、その廊下には徘徊者が歩き、不気味な笑みを浮かべる者、地べたを這いずる者、無邪気に笑う者、それら全員から害を成そうとする意思を感じていた。

 どういう経緯でそうなってしまったのか、ここにいる霊は狂ってしまっており、そこには憎悪はなく、吐き気を催すような悪意が充満し、呪われていた。

 窓から日が指しているというのに、この廊下からは薄暗さを感じさせられてしまう。この不気味さを出しているのはきっと、この場にいる悪霊共のせいなのだろう。

 この不気味な雰囲気のせいか人の姿はなく、従業員の姿もなければ、廊下を歩く患者の姿もなかった。

 「刄さん、後ろは任せた」と言葉を掛けられ、「あいよ」と応える。

 悪霊達を焼き払い、斬り伏せた後の事、これらの気配を拭い去る事は出来ないでいた。

 きっと、これは焔さんが言っていた凶霊災のせいなのだろう。


 「とりあえず、病院全体を見回っていく。この程度なら、十分行けるだろ?」


 「へいへい、しっかりと働かせてもらうよ。労働は嫌いじゃけど、悪いのは絶たにゃいけん」


 この分じゃ、時間が掛かりそうではあるが、始末していかなければならない。人の命に関わる事だ。誰だって、死にたくはないだろう。

 しかも、ここは病院だ。病気で入院している人もいれば、彼のように怪我をして入院している人もいる。そして、助からずに亡くなった人までもいる。きっと、ここには無念が染み付いている筈だ。

 だからこそ、ここを荒らしてはいけない。想いが染み付いているのであれば、祓ってやらねばならないが、俺達はただ退治をするだけだ。祓うとは言っても、薪君の炎で無理矢理でしかない。それに完全に祓えた訳でないのだ。

 廊下を歩きながら、次々と襲い来る相手を焼き払い、斬り伏せ、どんどんと進んでいく。大きな気配は感じないものの、それでも悪霊達が面白い程に次々と現れる。

 その最中の事だった。大きな気配を感じた次の瞬間だった。壁から嘴の大きな巨鳥が顔出し、近くにいた悪霊を一人を丸のみしてしまった。


 「─────────」


 その巨鳥は鳴いて、こちらを見て、完全に入ってきてしまった。体長は約3m程度と普通の人間の背丈より大きいのがよく分かる

 巨鳥は白い羽毛に覆われており、何やら、強い力を感じさせていた。

 冷気が漂い、一瞬にして凍えるような寒さが襲い、「さっむ!!」と思わず、声に出してしまった。気が付けば、足場は白く凍てついており、「殺意ありか...」と薪君がそう言う。

 彼の言う通り、敵意を向けられている。こんな相手がこんな場所に普通、来る筈もない。相手は霊の類いの妖怪であり、普通なら人前に姿を見せる存在ではない。

 だから、今の状況は異常だと言える。早く中心地を見付け出して、この現状を終わらせるべきなのだろうが、こんなのが寄ってくるのだから、厄介だ。

 相手を排除するべく爆炎を引き起こし、その爆炎の音が院内に鳴り響く。しかしながら、相手は無傷のようで、自身の体を氷結させて、薪君の攻撃を防いでしまっていた。


 「──────────────」


 巨鳥は鳴くと同時に空間を凍らせ、氷が迫り来る。それを薪君は炎によって防ぎ、相反する力がぶつかり合い、相殺する。

 「苦手な相手だ...」と彼は呟くようにそう言う。炎と氷は確かに相反する物であり、力が強い方が勝つのは当たり前の事である。そして、彼がそう言うのであれば、そうなのだろう。

 それならば、今度は俺の番だ。別に相手へと近寄らなくても、攻撃を通す事ぐらい出来る。

 刀身から妖力を伸ばし、真っ直ぐに目の前の相手まで届か、

 ない。ギリギリの所で氷結をさせて、俺の攻撃を防いでしまった。その光景に「嘘じゃろ」と思わず、言葉か出てしまう。

 氷を操る能力。それが相手の扱う力であり、意思の力である。


 「────────────」


 巨鳥は鳴き、羽ばたく。それと同時に突如として廊下に突風が吹き荒れ、凍えるような氷結の風が襲い掛かる。氷結を薪君の烈火のような炎柱で防ぐも、凍える突風は止まず、


 「────────────」


 突風が止んだと思った時には炎柱は吹き飛ばされ、目の前にはあの巨鳥の顔が迫っていた。

 「くそっ」と俺は言葉を漏らし、足へと力を回し、迫り来る相手へと斬りかかるも、再び、突風が吹き荒れ、視界を白く閉ざされてしまい、あの巨鳥は後ろへ回避していた。

 この相手、強い。俺の刃を退け、薪君の炎をも振り払いに来るこの相手はそこら辺の悪霊とは比にはならないぐらいの実力を持っている。


 「どうするよ、薪君...」


 正直、お手上げだ。俺ではこの現状を打開出来ない。


 「どうするも、何も、突っ切るしかないだろ。その役目は刄さんの役目だ」


 「俺の役目って...、ほんでも、俺じゃ届かんど」


 「それなら、俺に任せろ。道なら作ってやる。刄さんは何も考えずにそのまんま突っ込んでくれ」


 「分かった。ほんじゃあ、頼んだ」


 どうやら、薪君の方で策があるらしい。それならば、彼に任せるとしよう。

 そんな訳で俺は突っ走る。それと同時に氷結の突風が吹き荒れ、思わず怯んでしまうその直後の事、その突風を振り払うように俺の周りに炎の渦が出現する。これなら、行ける。そう思った俺は全力にただ真っ直ぐ、走り抜け、跳ねるように相手の頭へ斬り掛かり、


 「───────────────」


 見事に相手の首へ斬撃の一撃が入り、飛んでいた相手は床へと落ちてしまった。

 その最後の追い討ちとして、薪君の炎で全身を焼かれ、灰となって消失する。

 一先ず、大きい相手は始末する事が出来たものの、この院内を完全には鎮圧する事は出来ていない。

 それに何やら、俺達に向かって、悪霊達は集まってきているようにも感じる。もしかしたら、力の強い相手に対して、反応しているのかもしれない。それなら、キリがない。倒しても、また現れるのなら、他に対処方法がないだろうか?それこそ、結界を張ってもらう他ないだろう。

 そんな事を思いながら、院内を探索していたのだが、あんなに沢山、湧き出すように出現していた悪霊達が出て来なくなってしまった。それにあれ程まで感じていた気配も感じなくなっていた。

 「薪、安静にしないと言っておいたでしょ」と声を掛けてきたのは焔さんだった。どうやら、俺達の事を探していたようだ。


 「ばあちゃん...。でも、病院には」


 「もう院内では、何も出てきませんよ。結界を張ってもらいましたからね」


 「だからか...」と薪君はホッと一安心する。


 「分かったなら、自身の病室に戻りなさい」


 「分かった...」


 そんな訳で俺達は病室へと戻る事となってしまった。

 とりあえず、この院内での悪霊の事での心配はなくなった。これで彼も安心して療養出来るだろう。

 そんな事を思っていると彼の胸ポケットに見慣れた...というよりは懐かしい物が入っていた。それは実体ではなく、本物ではないものの、その花の事は知っていた。


 「その花...、どうしたん?蘭の花じゃが」


 そう彼に対して、そう尋ねる。


 「さぁな。気が付いたら、握ってた」


 彼はそう言う。俺はそれ以上の事は話さなかった。ただ、その花に懐かしさを感じ、過ぎ去ってしまい、決して帰ってこない、あの日の事を思い出していた。

 今日一日、朝の出来事を覗けば平和だった。ただし、彼の存在は彼の体質のせいなのか、院内にて忘れ去られているせいで病室には誰も来なかった。まぁ、そんな事、本人は全く気にしている様子もなく、どうでもいいといった感じだったが...、それに慣れてしまっているのだろう。

 日が暮れる頃、スーツを着た男性が病室へと入ってきた。


 「失礼します。私、この病院で結界を張る担当をしております、岸辺と申します」


 その男性は細く、どこか頼りないといった感じの印象を受けてしまう。


 「あの...焔さんとは色々とお世話になっていまして、それでそのお見舞いに来た次第です」


 成る程、この人は焔さんの知り合いで、だから、すぐにこの場に来てくれたのかと、何となく納得する。

 「お見舞い、ありがとうございます」と薪君は礼を言った後に「今、外はどういう状況ですか?」と岸辺に尋ねる。外の事が気になるのだろう。俺も外の事は気になる。


 「外ですか......。まだ、そんなには大変な事にはなっていませんが、霊力を持っている人に悪霊達が集まっているようです。ですが、心配はいりません。あなたのおばあ様が動いていますし、寺の僧兵達も、味方になってくれている妖怪も動いてくれています

 だから、心配なんていりませんよ」


 「そうですか...。それなら、別にいいんですけど。ただ、アイツらの動きが気になる」


 「アイツら?」


 「ほうじゃね...。何か狼みたいな奴らを連れとったけぇ。何を仕出かすか、分からん。それに危険じゃ。そこら辺の妖怪とは違って、人間に悪意を持ってしもうとるし」


 彼は岸辺へとあの相手の事を話す。雷を扱い、実体を持ち、人の形を取った人ではない相手の事を。


 「そんなのが......、分かりました。焔さんに報告をしておきます」


 そう言うと岸辺は病室の外へと出ていってしまった。

 あの相手は強敵だ。人間に対しての憎悪を抱き、敵意を持っている以上、彼は人間の敵であり続ける。その認識は変わらずにあり続けるだろう。だから、いつの日か殺してしまうかもしれない。分かり合えるなんて事、決してないだろう。

 その理由さえ俺にも彼にも分からない。ただ、俺達、人間を(俺はもう人間ではないが)憎んでいるだけで、その答えを俺は持ち得ない。

 「早く退院しないとな...」とベッドへと彼は寝そべる。

 「一応、報告はしておきました」と岸辺が病室へと入ってきた。


 「雷を扱うあの妖怪は狼らしいですね。元々は日本に住んでいた固有の種で絶滅してしまったようです」


 そういや、自分は人間じゃないって、言ってたな。だから、人間みたいと言われて怒ってたのか?

 彼にとっては人間みたいだとか、言われるのは禁句らしい。


 「人間を憎む理由はそれか?」と薪君はそう口にする。


 「そう考えるのが、自然かと...」


 そう岸辺が相槌を打つようにそう言う。


 「ほんじゃあ、仕留めない方がええんかねぇ?個人的には仕留めておくべきじゃとは思うんじゃけど...」


 「別にいいだろ。それにアイツが最後の生き残りっていう訳じゃないだろうしな」


 「生き残りじゃない?...それってどういう」


 「アイツはニホンオオカミっていう種が人の形を持って、人として生きている種族だ。絶滅へと追いやられてしまった件がそういう進化に行き着いたんだ。だから、絶滅した、だなんて語弊がある

 まぁ、確かに本当の意味での自然に生きるニホンオオカミは絶滅してしまっているがな...」


 色々と食い物にされてしまいそうだ。十人十色とは言うものの、人間というのはエゴの塊だ。保護するべきとか、絶滅したって俺には関係ないだとか、そんな意見が出てきそうだけど...、あ、因みに俺は多分、自分には関係ない派の無関心な人間だ。


 「何にしても、彼らを追いやったのは我々、人間の責任ですね。それが私達には関係のない過去の人、先人がやらかした事とは言え、取り返しようのない事なのかもしれません

 それで私は持ち場に戻ります。失礼しました」


 そう言って、岸辺は病室へと出ていってしまった。


◇◇◇◇


 私は病院から出るとそこには魑魅魍魎が闊歩していた。百鬼夜行という言葉があるものの、そんなの非ではない。亡者共が押し流すように、流れ込み、化け物共が共食いをしている。

 彼にはあんな事を言ったものの、外は地獄そのものだった。院内には結界を張った今でこそ妖怪共の姿はないが、結界を張る前の院内とでは非ではない。


 「この世の終わり......、ではないけど

 最悪だ。今、この町は呪われている」


 結界によって、外へと出さないように閉じ込めており、それが余計に豊潤な妖気へと昇華させている。それはまさに呪いといっても過言ではない。

 そんな状況の中、私の目の前を巨大な業火が横切っていった。そこにいたのは一人の老婆であり、私のよく知る人物でもある。


 「しっかり、やりなさい。あなたの役目はこの病院を守る事」


 そう叱咤の言葉を貰う。そうは言っても、現状が現状だ。「はい」としか応えようがないものの、本当に大丈夫だろうかという心配が拭えない。これは『凶霊災』、霊がもたらす厄災にして災害、悪霊達が狂い出し、狂気にまみれる祭典ならぬ災典なのだ。


 「この付近は一通り、始末しておいたわ」


 そう彼女は言う。彼女レベルなら、あんなの大した事でもないのだろう。流石は鬼条家の火葬士、前当主といった所だろうか。まだまだ、現役として動けそうな気がするのはきっと、私の気のせいではないだろう。

 「それじゃあ、他の地域の始末を付けに行くから」と彼女はその場を去ってしまう。これなら、この町もすぐに平和が訪れるだろう。彼女さえいれば、何の心配もいらない。これなら、何とかなるだろうと...。

 その彼女が去った後の事だった。彼女がこの場を去ってしまった事を後悔する事になったのは...。

 「人間、ウマソウダナ」と現れたのは牛の頭に巨人のような巨躯。見上げる私には勝ち目なんてないのがすぐに分かる。

 そんなのが病院前、結界を張った私の目の前に立っている。

 手には斧を持ち、一振りで結界を破るもすぐに修復される、その直後、相手は手を突っ込み、こっちへと入ろうとしていた。

 もう、おしまいだ。そう思った次の瞬間、突っ込んでいた筈の手は地面へと落ち、そのまんま結界は修復され、閉じてしまった。

 気が付けば、目の前には鬼条薪の側にいた彼女の姿があり、手には刀が握られていた。

 「やれ、人扱いじゃなくて...、刀扱いが荒いもんじゃのぅ」

 彼女は人ではない。それはあの人から聞いている。確か名前は鬼条...刄といっただろうか。刀の妖怪で、元人間。

 そんな彼女が私の目の前に立っていた。


◇◇◇◇


 「たいぎーのぅ」


 そう言いながら、片手となった相手へと刀を向ける。

 どうして、この場にいるのかというと、彼に「あの人の救援に行ってこい」窓から投げ捨てるように放り出されてしまい、「また、このパターン!?」と驚きながらも救援に駆け付けた訳だが、もう少し、優しくしてほしいと思う...。

 ていうか、刀を投げるな!!物を大事にしろと教わらなかったのか!!

 なんて事は、今はどうでもいい。今は目の前の相手に集中するべきだ。

 このミノタウロスのような相手は、見た目が見た目でも実体が存在せず、やはり霊の類いの妖怪だというのがありありと分かってしまう。


 「オ前、何?肉ジャナイ?ソレナラ、オ前、イラナイ」


 そう言って、片手の斧を持って、俺へと襲い掛かる。相手の動きは巨体のせいか、遅く回避するのには容易だった。

 相手の攻撃を回避した直後にもう片方の腕を斬り落とす。

 大した相手ではない。そのまんま、右足、左足を斬って、地面へと倒し、相手の頭部を切断し、動かなくなってしまった。

 それにしても、妙だな。斬られたというのにまるで痛覚が失われているのか、泣き叫ぶ事もないというのは、と思った直後だった。

 何かが口の中へと入り込んできた。

 「おえっ」と嘔吐(えず)くも口から何も出てこず、『お前の体は貰った』と頭の中で声が聞こえた。

 それと同時に納得した。相手はそういうタイプだと、それならば、こうするだけだ。

 俺は手から自身の刀を離す。すると、「どうした、もう諦めたのか?」と俺の仮の体を乗っ取った相手は何やら勘違いしているようだった。

 その体の実体化を解こうとは思ったものの、どうやら、体内に侵入した相手の支配下に置かれてしまったようで消失する事は出来ないようだ。


 「しょうがないけぇ、おたくにやるよ。その体」


 俺はそう言って、肉体を実体化させ、刀を握る。

 「な...」と驚いた様子で俺との距離を取る。どうやら、相手は頭が悪いらしい。

 どうやら、服までは帰ってこないらしく、現在の俺は真っ裸である。


 「もしかして、おたく、そういう趣味?気が合いますなぁ。俺もそちら側のケダモノでしてね

 それでも、人様の(もの)を自分勝手に触るのは感心せんど」


 そう言って、俺は刀を向ける。自分自身の肉体を斬るとは思いもしなかったが、まぁ、仕方ない。鞘と服ぐらい返して貰わないといけない。


 「貴様、そういうタイプの...」


 相手の言葉を最後まで聞かずに刀身から妖力を伸ばし、真ん中から真っ二つに切り裂く。そうして、中から飛び出してきた小さな芋虫を妖力の延長で跡形もなく、バラバラにする。


 「気持ち悪...」


 先程までに実体を保っていた筈の肉体は消失し、俺の元へと身に纏うように服が出現する。

 「岸辺さん、無事かねぇ?」と俺は彼の方へと顔を向けると、何やら、顔を手で覆っているようで、何やら童貞臭を感じるが、とりあえず、気のせいという事で片付けておく。


 「岸辺さん?」


 もう一度、彼に対して言葉を掛けるも、


 「女性が......、裸だなんて、も、もっと、あなたは恥じらいを持ちなさい!!私は見てません。見てませんからね!!」


 顔を隠したまま、必死に弁解をする。


 「服、着とるけど?」


 俺はそう言うも、


 「そんなの、信じませんよ!!もしかして、あなたは私をからかってるんでしょう!!

 女性というのはとても怖い生き物なんですよ!!自分の為に嘘を吐き、男を食い物にして、自身の精神を腐らせて...」


 信じてくれる様子がなく、顔を隠したままでこちらを見ようともしていない。

 いや、過去に何があったんだよ...。ていうか、拗らせ過ぎだろ...。普通にこの人、童貞だろ。


 「大丈夫じゃ。ちゃんと、服は着とるし、そんな事、言いやせんよ」


 「本当の本当の本当の本当ですか...?」


 「面倒臭いやっちゃのぅ...。嘘を吐いて、どうするんよ。信じたくなけりゃ、別に信じんでええよ」


 そう思わず、ため息を吐いてしまう。

 薪君が駆け付けて、「何してるんですか、岸辺さん?」とそう声を掛ける。

 「え?」と顔から手を退けて、俺の方を見て、何やら安堵したような表情を見せる。

 「やれ、たいぎーのぅ...」とそんな様子を見て、そう漏らす。


 「何故、薪君がここに?あなたは安静にと...」


 岸辺は彼に対して、そう言うも、


 「岸辺さんだけじゃ、心配だから、ここに来たんだ。俺も見張りぐらいさせてくれ。ずっと、寝てるなんて俺には出来ない」


 薪君は岸辺に対して、そう言葉を返す。

 彼がジッとしているなんて無理なのだろう。それにこんな現状だ。落ち着いて、休養を取れっていうのが無理な話だ。


 「ですが...」


 「それぐらい、許してやってよ。多分、引かんよ。駄目って言われて、引くような人間じゃない」


 「分かりました。ですが、無理はしないようにして下さい」


 「安心してくれ。俺は後衛だ。因みに前衛は刄さん

 役割分担ぐらいはちゃんと出来てる」


 「私が言っているのは、そういう事じゃなくて...、とにかく無茶をしないで下さい!!」


 そんな事を言った所で彼が言う事を...、聞くには聞くが、まぁ、それはそれで仕方ないだろう。

 そんな訳で俺達は病院前にて陣取る事となってしまった。


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