表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

観光、土産、男女。

 余は四人家族だった。

 母親の他に、父と兄がいたらしい。

 僕は父兄を見たことはないのであくまでいたらしいとしか言えない。僕自身小さいころから社交的とは控えめにも言えなかったので近所の家庭事情をよく知ろうともしなかったのだ。親も近所付き合いよくなかったし。

 余の父と母と兄とはとても仲良く暮らしていたようだ。

 なんでも余の父は若いながらも会社である程度の地位にいる敏腕として、余の母は美人で温和な良妻として、兄は中学から私立の一貫校に通う秀才として有名だったそうだ。

 ただ、そこに余は含まれていなかった。

 そこには何かしらの理由があるらしいけれど、近所でも禁句になっていて詳しいことは分からない。

 事実としてあるのは、余が家族から疎まれていて、近所の人もそれを見て見ぬふりだったということだけだ。静かに虐待を受けていたようだ。多分、ネグレクト。ある程度外聞が悪くならない程度に放置されていたようだ。

 しかし近所付き合いもせずに仕事ばかりしていたうちの親は事情をよく知らなかった。だから、休日、親が家にいる時にはよく余もよくうちの家に来ていた。世話をきちんとして貰えてなかったのだろうか。何だか小汚い奴がいるなど小さい頃はよく思ったものだ。

 なかなか僕も内向的な性格。余がいても特に一緒に遊ばず、ぼーっと一緒にテレビを見ているくらいの思い出くらいしかない。ただ、余は僕の両親に構ってもらっている時など優しく笑っていたように思う。

 僕は小さいながらその笑顔が大好きで、可愛いなと思っていた。

 けれど、中学に上がって少しすると、うちの親は仕事から殆ど帰って来なくなり、中二に上がる頃には、もう、電話くらいしかしなくなった。いつだったか忘れたが、銀行でお金を下ろす方法を教えられた次の日から親とは会っていないように思う。多分、中一か中二の春だ。

 最後に僕と話したことは余についての事だった。はっきりしないけれど。

 多分、「大切にしてあげてね。」とか無責任なことを言っていた気がする。

 それから数か月は偶に余が来て、親もいないので、お互い気に掛けずボーっと過ごした。なんとなく僕も余に慣れてきていて、警戒しなくてもいい人と分かっていたので平和な日々を過ごしていたと思う。

 しかし、それもすぐ終わった。

 余の父と兄が事故で死んだのだ。

 余は何とも思わなかったらしい。肉親の死について、ネグレクトを受けていた側としても、親族としても。

 しかし、母はそうではなかった。

 母は悲しみを余にぶつけはじめたのだ。

 ドメスティックバイオレンス、家庭内暴力がその時から始まった。虐待だ。

 そして余はいつの間にか体に傷を作って、家に逃げ込むようになった。

 その時、僕はどうしていいのか分からなくて余の頼みを聞いて家にいさせてあげることくらいしか出来なかった。

 初めの頃、余は歯を食いしばった耐えるばかりだった。僕の家に来てリビングのソファーでじっとうずくまっているのだ。

 僕にはそれが何故だか怖くて怖くて仕方がなくて、驚くほど多い両親からの仕送りを使って、余が少しでも過ごしやすいように、普通になるように、生活必需品を揃えた。まあ、そのおかげでうちの家で余が問題なく生活出来るようになったのだが。

 僕がそんな良かったのか悪かったのか分からない茶番を演じている間に、余はだんだん明るく振舞って大丈夫だと周りを思わせるような演技をするようになった。それと殆ど時を同じくして、その反動ともいえる「発作」を起こすようになった。そして僕は自然と一番近くに居る人として「発作」を受け止めるようになり、恋人とも家族とも、友人とも言いずらい、よくわからない今の関係が出来上がったのだ。

 何故、こんな風になったのかと問われても、境遇がなんとなく似ている僕と余が不思議な力に引き寄せられただけなのだろうとしか言いようがない。親の幸の薄いもの同士、類が友を呼んだのだろう。

 余が明るい演技をするようになってからは、運河の時みたいに僕が余に魅かれることは無くなった。作り笑いや大げさな振る舞い、そして今までしたことも無かった妙な気遣い。それらの行動がどこか気持ち悪いとさえ思えたのだ。

 あの、僕から遠いところにいるような、そんな優美さはもう消え去ったと思っていた。けれど、今日、目覚める瞬間もあるらしいと分かって、いつぶりにか僕はとても楽しい気分になった。

 運河から上がり、もう殆どいつもの状態に戻った余を見ても何だかいい気分だ。

 僕はそんなことを思いながら僕の正面でチーズケーキに舌鼓を打っている余を眺める。

 余は一口食べる毎に幸せそうな顔になる。

 フォークで小さく切って舌の上で溶かして食べているようだ。

 斯く言う僕もこのチーズケーキの口溶けの良さと優しい甘さには感動を覚えた。いつもなら何かしら感想を言って余との会話が切れないように気を付ける所なのだが今はそんな事すら勿体ないように思えた。とにかく黙って味わいたい。近くの席のやはり修学旅行に来ているのであろう女子高生の集団も写真撮影を楽しそうにした後は何だか静かになっている。

 本当に美味しい。

 職人の腕と美味しい乳製品の二つが揃ってこそ出来る味なのだろうなぁ。

 これは、絶対に、買って、送る。

 そんなことを考えていると先程まで黙っていた女子高生の集団が沸き出した。食べ終わったようだ。ケーキの味と舌触り、それから美しい盛り付などの話で盛り上がっている。

 女子同士で来ているからこそこういう話してを楽しむことが出来るのだろうな。

 まあ、僕には無理。

 余には諦めて貰うしかない。余もそういう事をすごく楽しみにするタイプではないはずだしいいだろう。

 僕は長良と、余は乙坂さんと班を組んでいたのだが、僕と余を残してどっかに行ってしまった。長良と乙坂さんはどうもお付き合いをしているらしい。だから、僕と余で小樽を回っている。余も元々知っていたらしく、驚いたのは僕だけでなんだか恥ずかしかった。みんな、元々ばらけるつもりだったようだ。

 僕はまあ、考えていた食事の種類を諦めれば余と一緒で一向に構わない。だけれど、余の方はどうなのだろう。否、余は元々知っていたのだ。そんなことを僕が気にするまでもないか。

 でも、うん、何だか釈然としない。ホテルに帰ったら長良を一発殴っておこう。

 長良と乙坂さん、僕と余というペアは普段のクラス内では考え付かない組み合わせだ。同級生が見たら驚くだろう。まあ、僕と乙坂さんは目立たないし、余と長良は目立ちはするがそれだけだ。意外だと思われるだけか。

 ああ、噂されて僕まで目立ったら嫌だな。

 僕はチーズケーキの最後の一口を頰張る。

 美味い。

「美味しかったね。」

 同じく食べ終えた余が口を開く。

「ああ、美味かった。」

「有名なだけあるね。」

「うん。買って送ろう。余も食べるだろう。」

「やった。一緒に食べてもいいでしょ?」

「もちろん。」

 流石に一人でホールは。

「ところで、余、他に行きたいところないか?」

「ん?ジャガバターとか言ってなかったっけ?」

 余は出発前に僕が言ったことを覚えているようだ。

「いや、ちょっと、きつい。」

「やっぱり?私も無理。」

 もうジンギスカンとチーズケーキを食べた。これ以上はきつい。

 ジャガバターが食べられないのは確実に長良の所為だ。そうに違いない。

「イモも、買って送ることにするよ。ジャガイモなら普通に使うし。」

「それがいいね。」

 余はカバンから財布を出しながら言った。

「んで、どこか行きたい所ある?」

「んー。とりあえずそこら辺ぶらぶらしてガラス屋さん入らない?」

「じゃあそうしよう。」

 僕らは売店でケーキを一つ家に送ってから店を出る。

 店内も外の通りも沢山の人でごった返している。半分くらいは修学旅行生なのだろうか。制服を着ている人もいるし、僕らみたいに私服の人もいるが同じような年格好の人が多い。後はお年寄りくらいだ。

 よく見ると見たことあるような奴もいるので同じ学校の奴も沢山いるのだろう。多分、今、二クラスか三クラスの生徒が小樽に集まっているのだと思う。僕には分らないけれど、実際は探さなくても見つかるのだろう。

 これはもう、二人でいたのが広まるのは避けられないな。

 まあ、どうせもうすぐ夏休みだ。問題ない。

 しかし、長良と乙坂さんに会わない。それ程広範囲に動くことも無い。遭遇してもおかしくないだろうに。

 長良のヤツ、上手くやってやがる。

 余は数多く立ち並ぶお店をキョロキョロと覗いて品定めをする。

 別に見るだけでも入っていいだろうに。気を遣って、入ったら買わないと、とか思っているのだろうな、きっと。

「きー。あそこ、あそこに入ろう。」

 少し前を歩いていた余が、突然振り返って言った。

 その店は外からだと中の様子がよく見えなくなっている。興味をそそられる店だ。

 中に入ると四囲の棚と中央の机に、所狭しとガラス製品や雑貨が置いてある。

 商品陳列のレイアウトは中々に藝術的だ。異様に多い商品の数々が狭い店内に並んでいる。凄いのは一目見るだけで全ての商品が、一応は、見えるようになっている所だ。そのおかげで視界に収まる情報量が普通の店とは違う。

 余もその雰囲気に圧倒されたようで、しばらく漫然と店内を見回しているだけだった。如何せん物が多い。そうやって独特な雰囲気を楽しむのが精一杯なのだ。

 少しの間、そう僕らは個々の商品に注目することが出来なかったが、少し慣れるとだんだん個々の商品が見えるようになってきた。すると、沢山のものの中からいいものを探す宝探しをしているような気になる。なんか面白い。

 商品はキーホルダーやアクセサリーのような小物からガラス製の皿やグラスという食器類まで多岐に渡っている。変わり種としては爪ヤスリや簪なんかだ。特に簪は自分で飾りや金属の棒などを組み合わせる事が出来るので、オリジナルアクセサリーが作れて女子とかが好みそう。

 僕は記念にグラスでも買っていこうと思い、食器類のところを物色する。

 余は少し離れた簪コーナーを見つけて自分好みに簪を組み立てているようだ。

 オリジナルの装飾品に興味があるのか、ただ作るのが面白いのか、なかなか真剣な顔で取り組んでいる。

 僕は気に入ったペアグラスがあったのでそれを買うことにしてレジに持っていく。割れないようにする梱包に少し時間がかかるらしく、お金だけ払って、余の所へちょっかいを掛けに行く。

「結構、綺麗じゃん。」

 余の手にある簪は、銀色の棒の先から青色のとんぼ玉と小豆大の透明なガラスが小さなチェーンに繫がって垂れている。透き通っていて華美でない様が、余の清廉な雰囲気と合っている。髪に挿したら良く似合うだろう。

「ありがと。」

「それにするの?」

「ううん。作っただけ、だって高いもん。」

 余は少し肩を竦めてそう笑い、せっかく思案して組み立てた簪をパーツ毎にバラして元の所に返していく。

 余が返していく机を見ると、パーツ一つ一つがある程度の値がしていると分かる。

「きーはもう、何か買ったの?」

 余は気を取り直したようにそう言った。

「うん、記念にグラスを。」

「いいね。うん。私もなんか買おう。お母さんに、お土産買いたいし。」

 普段あんな事をされていても土産を買うのか。まあ、金を出しているのが母親なんだから当たり前っちゃ当たり前か。

「ああ。」

 僕も何か買って送るべきか。

「キーホルダーか根付にするよ。」

 余はそう言って簪コーナーから離れていった。

 えっと、余が選んでいたのは、あの棒とあのとんぼ玉とあのオプションだったはず。

 僕は余の返した商品を順に取って組み立てる。見つからないようにこっそりとだ。

 それから値段を確認して、レジ横でたグラスを梱包してくれているお姉さんに話しかける。

「すみません。これも包んで貰えますか?」

 お姉さんは僕の方を見る。

「それなら、レジに。」

 僕が肩越しに余を指差す。

 伝わるかな。

「あっ、そういう。いいですよ。会計ここでしますね。」

 お姉さんは僕の含意を察してくれたようでニコニコと簪を受け取る。

「ありがとうございます。」

 お金を払いつつ、小声で感謝を伝える。

 するとお姉さんはとても楽しそうな笑顔で右手の親指を立てた。

 ああ、確実に色んな誤解をされたな。まあ、いいや。

 僕は苦笑いを浮かべながらお願いしますと言って場所を移る。

 そうこうしているうちに余も何を買うか決めたようでキーホルダーを二つ持ってレジに行っていた。

 横で梱包中の簪に気付かないといいけれど。

 僕がそう思って眺めていると、お姉さんは上手い身のこなしで、事なきを得ていた。

 余が会計を終えた頃には僕の買った物の梱包も終わった。取りに行った時、やはりお姉さんは満面の笑で商品を渡してくれた。

 なかなか、面白い人だ。普通こういうの嫌がる人のが多いだろうに。

 しかしね、お姉さん。梱包の時は上手く隠してくれましたが、その笑顔、何かあると気付かれてしまいますよ。

「ありがとうございました。」

「いえいえ。」

 僕が礼を伝えるとお姉さんは大袈裟に両手を胸の前で振って答えた。

 やっぱり身振りでばれる気がする。はあ。

 幸い余は財布からお金を出すのに手間取っていてこちらを見ていないようだ。

 良かった。

 まあ、バレても別にいいんだけど。

 僕は余が会計を済ますのを少し待って店を出る。

「なんか良いの買えた?」

「うん。お母さんと、お揃いのキーホルダー。」

「そかそか。」

 お揃いにする所が余の母親を嫌っていないという気持ちを表しているようで僕はなんとなく嫌に思う。

「きー。次はソフトクリーム食べたいな!」

 余は突然大声で言った。

「ああ、どこの行く?」

「いっぱいあるじゃん。何軒か行こうよ。分けたら色々食べれるよ。」

「うん、そうだな。そうしようぜ。」

 僕は余の案に即頷く。

 ソフトクリームだけは元の予定に近くなりそうだ。良きことなり、っと。

 それから僕らは色んな店を廻り、二人合わせて七種類のソフトクリーム食べた。

 途中、流石ちょっと飽きてきてからはオルゴール店やガラス店を冷やかしたり、乾物屋さんで昆布や貝柱や鮭とばを土産に買ったりした。

 最後に時間ぎりぎりの時にじゃがいもを思い出して、買って送った。そのせいで、集合場所に僕らが着いた時には殆どクラスメイトが集まっていた。その所為で少々みんなに驚愕の目を向けられたけど、その後に手を繋いだ長良と乙坂さんが帰ってきたおかげで、みんなの意識はそちらにシフトした。

 長良、そんな堂々として来るなら初めから二人で組んでいても別に良かったんじゃないのか?

 冷やかされている間、長良はとても恥ずかしそうにしていたが、一方の乙坂さんは存外とても嬉しそうだった。地味で大人しいイメージだったがそうでもないのかもしれない。他にも人目をはばからないカップルがいるのでみんなそういう事に寛容になっている。堂々としやすい環境だ。修学旅行に至る前では恥ずかしくても今はもう関係ないようだ。みんなネジが飛んでいるんじゃないだろうか。否、これが終われば途端に別れる奴もいるか。

 担任も、若いなあ、とか呟いて眺めているだけ。自分もそんな年寄でもない癖に。

 うん、今日はなんだか楽しかった。

 色々食べれたし、一緒に行く相手が余だった分気楽でもあった。まあ、人目は気になったけど。

 それに運河では久しぶりに取り繕っていない無垢で優しい本物の余を見ることが出来た気がする。

 予定とは大分変わった。でもなかなか楽しかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ