計画、北国、二人。
修学旅行。
それは大多数の高校生にとって、三年で最も楽しみにしている行事に違いない。例外は、一緒に観光する友達がいないとか、他人と同じ部屋で寝るのを生理的に受け付ないとか、そういった消極的な理由がまず思い浮かぶ。その他には、何かに特に熱中していて、その事が楽しみすぎて、修学旅行が相対的に一番では無くなってしまっている場合くらいだ。
だから、大体の、大方の、普通の、一般的な、そういった言葉のどれか一つでも当てはまるような生徒にとっては楽しみにしているものだ。
特にうちの学校のような、特にこれといって特技のある奴もおらず、部活も大して強くない。かといって、学力が特に優れているという訳でもない中堅進学校。誰かが輪に入りづらいこともなく、楽しみにしていない生徒は、おそらく他の高校より極端に少ないように思える。普段教師が宿題を多く出すから忙しいだけで、生徒自体はのんびりしたのが多いのだ。
斯く言う僕も少々めんどうくさいと思いながらも、勉強をしなくてもよい、否してはならない修学旅行という期間を何気に楽しみにしている。普段から特に誰かと関わろうとなんてせず、背景とか空気とかに徹している僕でも何となく嫌ではない。
修学旅行実行委員が慣れない様子で、概要を説明している間、僕はそんなことを考えていると話の内容は締めに入っていた。
六月の第三週を使って行われた前期中間考査も終わり、来週には修学旅行。そして、再来週を乗り越えたら夏休みに入る。今週はテスト返しがあるくらいで、あとは先生も気の抜けた通常授業。そんな凪の中、二年の教室では修学旅行の詰めの作業に入っている。
我が校の修学旅行は自由度が高い。クラスごとに考査前、行きたい所を大まかに決めてある。今日はもっぱらそこでの身の振り方を具体的に決める事が目標らしい。
「じゃあ、うちのクラスは自由行動ですが、一応、班を決めて行動予定表を書いて貰わないといけませんので、小樽、札幌での班決め、予定表作成をお願いします。」
委員がそう締めくくるとクラスの生徒は皆立ち上がって、思い思いに話を始めた。
取り敢えず、適当な班に入ってしまわないとあぶれる。元より、結束の弱いクラス、そこらへんの男子グループの創成に入れるだろう。
流石にこういう時は話の輪に入ろうと所々集まり始めたところに足を踏み出す。
「おい、きー、一緒に組むだろ。」
後ろから肩をつかまれた。長良だ。
驚いた。
「えっ、ああ。」
自分でも声が上ずっているのが分かる。
僕と組むとは?
「おお、じゃあ紙貰ってくるわ。」
「あっ、ああ。」
あいつの事だ。他にも友達はいるだろうに。
長良が教卓に置いてある行動予定表をとりに行くのを呆然と見つめる。
確かに席が近いからよく話すけど、長良は他にも仲がいい奴らもいる。そのグループの中に入って行くと思っていた。
二人以上だったらいいとはいえ、普通、そちらよりもグループで行くほうを取るだろうに。そうするのが普通だ。なかなか二人で回るなんてことはしないだろう。
いや、そのグループに僕も引っ張り込むつもりか。
それは困る。
あのメンバーとは殆ど面識が無い。
いやまあ、殆どの級友と関わりが無いのだけれど、既存のグループの中に入るのと新しいグループの組織に加わるのとでは馴染み方が変わる。
前者の方だったら完全に異物になるが、後者の方だったら空気になれる。これは思いの外大きな違いだ。
まあ、こんな時に上手く立ち回れるやつだったら異物にはならないだろうけれど、それが出来たら元からクラスで空気を演じる様なことはしていない。
「はいこれ、さっさと書いて、雑誌でも見ようぜ。」
僕のそんな焦りも知らず、長良は椅子をくるっと後ろを向けて僕の机に用紙を置きながら、そんなことを言った。
他の誰かは誘わないのだろうか。
「いや、えっと、ああ。」
なんと切り出せばいいのだろう。
他のメンバーは誰にするんだ?
誰か誘ったのか?
否、そう切り込んだら確実に僕がアウェーへの直通だ。
僕、他にも約束してるやついるからそいつ誘ってもいい?
否、そんな人はいない。
どうする。このままだと異物状態で修学旅行を終える可能性がある。それは少々、いや、大変参加し難いものになってしまう。
お互いやりにくいだろう。
「ん?どうした。早く座れよ、きー。」
「ああ、そうだな。」
僕はとりあえず座る。
「そういや、さっき聞かなかったけど、きーは誰か組む予定あった?ならそっちでも良いけど。」
「いや、大丈夫。特にそういうのはねえよ。」
「おお、ならよかった。大所帯になると好きに動けねえし、二人でいいだろ。」
ん?
ちょっとまて。
さっきまでの疑問はあっさり解決した。けれど、今度は逆によく分からなくなった。
二人?
「ん?ああ、いいけど、お前は他にいねえの?」
今回の疑問は質問しやすかった。多分聞いたところで実害になりそうな事がないからだろう。よかった。
けれど、長良はすぐに答えず、少しの間、二人の時間が止まった。
「いや、お前、友達多いじゃん。そいつらとは組まねえの?」
「ん、あっああ、まあ、このクラス、同じ部活の奴とかいないし、がっちり固まったグループも出来てないからさ。」
長良は何だか戸惑いながらそう言った。
「そうかのか?なら、まあ、僕もお前と二人なら勝手できそうだし、それでいいよ。」
「ああ、それにほら、あれみろよ。」
長良は顎でクラスの中心を指し示す。見るとほんの少し前までいくつかに纏まりつつあった烏合の衆が合体に合体を重ねたようで、十数人の団体が出来上がっていた。
「な。」
「ああ、ありゃ無理だな。」
元から個人個人の結束力が弱いクラス、普段はバラバラと分かれている。しかし、修学旅行という刺激で凝析し、沈殿して妙な塊になってしまったようだ。
「ありゃ、結晶じゃなくてアモルファスだな。」
長良はそう称した。確かに、あのままでは身動き取りづらいだろう。
アモルファスとは中々いい喩えだ。何だかぐちゃぐちゃになってとりあえず固まっているのはまさにそれだ。
僕はそんなことを思いながら答えた。
「ああなってたら分裂は大変だろうな。」
「だろ。分裂しなくても大変だろうけど、こういうのは人数少ない方がいいしな。」
「ああ、サンキューな。」
ああも変に固まったら背景になるのも大変そうだ。
長良が誘ってくれて本当に助かった。
「んで、長良はどこか行きたいとこでもあるのか?動きやすさ優先って、言ってたけど。」
収拾のつかない様子の団体様は視界の隅に追いやって、避けるように話を変える。
「いやまあ、特に無いけど、適当になんか書いとけば、先生は納得するだろ。当日は好きに動こうぜ。」
具体的に行きたいところがある訳ではないらしい。自由とか言っていたけれど当日の気分で行きたいと言うことか。
なら僕も楽だ。
「確かにそうだな。」
「ああ、どうせ当日にバスガイドさんとか、現地の人とかが穴場とか教えてくれるだろうしさ。」
「それがいい。じゃあ、さっさと予定表書こうぜ。」
長良はそう言って雑誌をペラペラとめくりながら、自分の方に紙を寄せる。
雑誌にルートの例か、何か載っているのだろうか。
「なあ、きー。」
「なんだ。」
「何書こう。」
何も考えてなかったのか。
まあ、事前に調べてない限り土地勘なんてあるはずもない。書いていいか分かる訳もないだろう。
「なんか、その雑誌におすすめルートとか載ってないのか?」
「おお、それだ。お前賢いな。」
長良は何故か目を丸くしてを僕を指さした。
そんなに驚くことだろうか。
「じゃあ、僕、札幌書くから、お前小樽の頼むな。」
僕は長良から雑誌を奪っておすすめコース例というページを開く。
どれにしよう。
案外、時間ぴったりのコースが無い。やはり、個人旅行のガイドだからだろう。修学旅行特有の時間にはなかなか合わない。昼食の時間が異常に遅いとか、早いとか、そもそも行程が長すぎるとか、そんな感じで上手くはいかない。
ええい、めんどうくさい、時間さえあっていたら別にいいだろう。
そう僕が記入し始めると長良は僕が見ている所を開けたまま小樽ページを開いて逆から移し始めた。
僕は札幌って結構都会なんだなとか思いながら碁盤の目状に広がる地図をなぞって、予定表を埋めていく。
そういえば札幌って中核市だ。この前地理の教諭が言っていた。中核市と言えば、後は福岡と仙台と広島だっけ。あれ、高松、新潟、金沢は何だっけか?
まあ、どうでもいいや。
閑話休題。
札幌の滞在時間は小樽に比べて短いために長良より早く書き終わる。僕は雑誌を長良の方に向けてグルメとか観光地とかの写真が沢山載っている眩いページを眺め始める。
やっぱり、海鮮とかアイスクリームはどこでもある感じだ。
毛ガニが解禁される時期か。ならそれもおさえたいな。
そんなことを考えながら僕が二、三ページ読んだところで長良はペンを置いた。
「よし、終わった。あとは観光地の研究でもしようぜ。」
「ああ、とりあえず食い物から見よう。やっぱり、海鮮ははずせねえよな。」
「あれ、きーから食い物の話なんて珍しいな。」
長良はペンを回しながら言った。
「北海道だぞ、やっぱり美味そうなものいっぱいじゃん。」
「まあそうだけど、お前喰い物に興味無さそうだから。」
失敬な。
僕は別に食事に興味ないんじゃない。ただ、少食なだけだ。
「そうか?まあいいや。んで、海鮮とソフトクリームとチーズケーキはおさえるだろ。長良はなんかあるか?」
「ああ、ジンギスカンとか?」
長良はジンギスカンの写真を指差しながら答える。
「おお、忘れてた。ああでも、毛ガニも解禁してすぐって書いてあったぞ。」
「おいおい、ちょっとまて、お前そんな喰えんのか?」
ヒートアップした僕を長良は諌めた。
確かに、そういや僕、少食だわ。
んー。どうしよう。
「じゃあ。長良がちょっとずつ喰ってくれよ。そしたら大丈夫。」
多いと思った分は長良に廻そう。そうしたらいろいろ食えるだろう。
「んまあいいけど。」
「よし、それで万事解決だ。」
それから残りのロングの時間は食べ物の他に観光、土産のことなどを話して時間を潰した。教室中央の集団はいつの間にか分裂し、五、六人程の班に分かれることに成功していたが、結局、予定表の提出には間に合っていなかった。委員、先生と共に居残りが決定したようだ。
可哀想に、委員は各クラス男女各一名で組織されている。しかし、女子のことはもう終わったと言って、男子の委員のみの居残りだ。男子の委員はもう既に班も決まって予定も完成させたようなのに酷い話だ。
女子は長良と僕のように予定表は適当に埋めたようで、今からどこかで話の続きをしてくるようだ。本来の予定を立てるつもりなのだろう。
やはり上手くやってよかったと思う。長良のおかげだ。
そんな長良はチャイムがなるとすぐに部活へと走っていった。いつもは少しの遅めに行くのに珍しいことだ。
僕は少しだけ教室で時間を潰す。それから、バスの時間が近づいたことに気が付き荷物をまとめた。
そういえば余はどうするのだろう。
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