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体育、長袖、白球

 勉強をするにしても運動をするにしても、それからまだ僕はよく知らないけれど働くにしても、とにかく、何をするにしても体力こそが最大の資本であると言うけれど、果たしてそれは真であろうか。


 否、疑問に思うまでもなく事実であろう。身体が動かねば、人は生きていくことすらままならない。確かに病に侵されても学習を続ける学生もいるし、体が動かなくても創作活動に勤しんでいる人もいる。辛い状況になって、また違う才能を開花させた者もいることにはいる。

 けれど、そういう人ならその状況でなくても何か他のきっかけで、健康なままでも同じになっていた可能性を否定することも出来ない。たまたま、きっかけが病や怪我だっただけとも言えるのだ。

 それに体が強ければもっともっと多い仕事量をこなしていて、今よりも素晴らしいパフォーマンスが出来ていた可能性だってある。

 故に、体力、身体こそ資本なり、とは明確に真といえよう。


 しかし、しかしそれが最大であるかといえば少々首を傾げることになる。体が動くからと言ってなんでも出来る訳でもないし、体力があるからと言って、やり続けることが出来る保証もない。また、逆も然り、体が弱かろうが、体力が無かろうが、何かしらやりたいことをやっている人もいる。

 それが何故なのかと愚考すると体とは別の問題、心の問題なのだと短絡的な結論が出てくる。


 心の問題。

 多分、気力とか精神力とか、気持ちとか心持ちとか言うやつ。

 その中でも僕は特に気持ちというやつが重要だと思う。

 何かをやりたい。何か成し遂げたい。それから、自分がどうなりたい。そういうような気持ちがあれば大概何とかなるし、それが無ければ案外簡単なことすら失敗する。

 自分の中の気持ちが強ければ強いほど何かを成そうとする為の原動機の馬力は大きくなるし、耐久性も向上する。そこに体力とか、気力とかというエネルギーを注入することによって動かすのではないだろうか。

 だから、体力とか、気力とかは何をするにしても必要ではあるが、本人の気持ちが無ければなんにもならない。


 否、気持ちを資本というのもおかしいか。

 そんな浮ついて、何時たち消えるか分からない、周りに影響されたら途端に変わってしまうようなものを価値ある財産と位置付けるのには無理がある。

 嫌な場面でもやっている人はいるし、そういう人に失礼だろう。

 それに、そもそも気持ちってなんだよって話にもなる。


 けれど、今のこの状態は体力と気持ちの両方が無くてだれているとしか言いようがない。


「おーい、きー。次お前だぞ。」


 まあなんだ。うちの体育というのは元々体力がない奴らが、受験に関係ないという理由で皆一様に気分が乗らず、だらだらと時間をつぶすためにやっているものだという事だ。

 担当教員も、勉強の合間の息抜きをさせてやろう位にしか考えていない。だから、能力、技術、体力を問うテスト等は春の新体力テストのみで、その他の時間は「積極的グループ活動」という名の下、クラスを二分割し、男女入り乱れた状況で好きなように計画から反省までやらしているだけだ。

 活動に教員は口出しすることも無い。大概、授業時間は木陰で前回のレポート確認をゆっくりしてそれが終われば、木陰で休んでいるか、一人運動に勤しんでいるかのどちらかだ。成績もそのレポートのみで付くらしい。


「おい、きー。お前の番だぞ!」


 最近の授業ではソフトボールをしているのだが、六月も末、梅雨真っ盛りのグラウンドなどあまり使える状況でなく、体育館の中でバッティング練習とキャッチボールばかりしていた。それがたまたま昨日から晴れて、久しぶりに外での試合となった訳だ。

 まあ、元々みんなやる気ない上、テスト終わりで疲労と眠気が溜まっている。そこに着て蒸し暑い天候にまでやられて、ぼやぼやした授業だ。動きが悪い。


「よし、きー。お前が打って三塁が帰ったら同点だ。打ってこい。」


 と、まあ、打席に立った僕を応援してくれる長良もいるが、これははしゃいでいるだけなので例外。というかこいつ元気だな。


 応援されてもなぁ。

 まあ無理だろ。長袖長ズボンが邪魔だし暑いし。

「とりあえず振ってくる」と僕は答えてから、バッターボックスに入る。グラウンドの反対側、人数合わせで無理矢理増やした五人の外野の内、右中間に立っている余が目に入った。


 あいつもあいつで長袖長ズボン。僕と同じくらいに蒸されているだろうに、何故か元気に見える。否、表情に出ていないだけだけで疲れているに違いない。ネコ被り継続中。

 流石に久しぶりの外での体育、というか初めての試合とあって、みんな少々は楽しみにしていたようだが、始まってみるとそうでもない。特に長袖長ズボンの二人にしてみれば何かの修行にしか思えない。これからの夏、去年もそうだったけど、乗り越えられるのだろうか。


 そんなことを考えているとピッチャーがボールを投げた。

 僕はよく分からないまま思い切りバットを振る。ここの所、素振り練習と、近くからのボールをネット打つ練習ばかりしていたので振るだけなら一丁前。


 すると、カーンという、何だか思ったよりも高い音をたててボールがセカンドの上を越えて、右中間へと飛んでいった。ピッチャーもそれほど速い球を投げた訳でもないし、俺もそれほど力がある訳でもない。外野の真ん中位で落ちる軌道。当然、余のすぐ前だ。


「あーあ、とられた。」


 まだ、ボールが高いうちからそんなことを長良が呟いていたが、俺は一応、ゆっくりと一塁へ動き出す。

 余はゆっくりボールの落下地点へと上を向いて近寄っていく。

 あれなら取るだろう。


 そういう雰囲気を相手チームからも味方チームもそれからも醸し出される。僕ですらそう思っている。


「きゃっ。」


 そんな残念感漂う空気を短い悲鳴が切り裂いた。

 余はもうグローブの中にボールを収めるというところで転けたのだ。

 もちろんボールは落ちた。


 えっと、どうすればいいんだっけ。

 僕は慣れないことで何をすればいいのか分からなくなって止まる。


「きー。走れ!」


 すると長良の叫び声が聞こえた。

 僕は長良の声に押されて走り出し、そのまま一塁を踏んで二塁に向かう。

 余は所々に小さく残っている水溜りの跡のまだドロドロの所に足をすくわれたらしい。


「痛ててて。」


 そう言って泥だらけになりつつも立ち上がって、ボールを掴んで近くまで来ていたセカンドの男子に渡す。もちろんセカンドはスグに二塁で待っていたショートに向かいボールを投げた。


 ああ、アウトだな。

 そう思っているとセカンドの大暴投。ボールは三塁側のファールゾーンにある茂みに突っ込んでいった。

 おいおい、キャッチボールばかりやっていた癖に暴投をするなよ。


 サードもサードで、もう自分は関係ないものと考えて傍観を決め込んでいたみたいで、対応に遅れつつ追いかけるけれど、梅雨で一気に成長した草の中に紛れたボールをなかなか見つけることが出来ない。僕がホームベースまで戻る時間は十分にあった。


 僕はホームベースを踏むと一人だけ異常に興奮している長良が近づいて来て、ハイタッチを求める。

 僕はグーパンチで返しておいた。

 こいつのこういう性格はいい。基本テンションが高くて何だか気分もいいのだ。


 外野の方を見ると体に着いた泥を手で払いながら、「ごめんごめん。」とチームに誤っているようだ。皆「いいよいいよ。」と軽く流している。


 しかし暑い。

 もう熱いと言っていいほどに暑い。ジャージの中が汗で湿っていて、止まった途端、さらに汗が吹き出て来た。


 僕は次のバッターの長良が意気揚々と打席に入っていったのを横目で見ながらトイレに逃げ込む。持ってきた制汗スプレーとタオルを駆使して、体と服の熱を逃がすためだ。

 それから、トイレの換気扇を回すと小さな気流が出来てなんとなく涼しい。そこで五分ほど体を冷やすと大分楽になる。


 僕がもう一度グラウンドに戻ると既に片付けが始まっていた。


「おい、きー、お前、どこいたんだ?」


 長良はボールが入ったケースを持ちながら話し掛けてくる。


「トイレトイレ。汗拭いてきた。」


 僕は横にあったバット三本を持ち上げる。


「そんな長袖着てるからだろ。」

「仕方ないだろ。肌、弱いんだから。」


 まあ、嘘だけど。

 いつもの嘘。


「んあ、そうなのか。すまんな。」


 すまん、嘘だ。


「ああ」

「そういや、生原さんもそうだよな。」


 生原?

 ああ、余のことか。

 そりゃそうだ。


「だな。」


 僕はそっけなく答える。


「あれ?お前ら一緒の中学じゃ無かったっけ?」

「まあ、そうだけど。」


 僕は倉庫の戸をガラッと開ける。


「それがどうしたのか。」

「いや、特に。」


 俺と長良は倉庫に入って荷物を置き、外に出る。


「なあ、きー。お前、生原さんと仲悪いの?」


 ん?突然何だ?


「どうして?」

「いや、同じ中学なのに話してる所とか見たことないからさ。」


 はあ。それがどうしたのだろう。


「ああ、そういうことか。」

「それでどうなんだ。」


 なんかいつになく高圧的だ。


「まあ、特に仲が悪いわけではないよ。只、別に話すことも無いから話さないだけだよ。」


 この辺が無難な所か。


「そうか、ならいいよ。」


 長良はそう言いながら頷いている。

 どういうことなのだろう。


「ん?どうした。」


 僕はそう聞くが「いやなんでもない。」と返事が帰ってきただけだった。


 今日の空は雲一つ無い。


読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の報告、感想、批判、罵倒、はたまた好評などどんなものでも喜んで受け入れますのでよろしくお願い申し上げます。

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