学校、昼食、友達。
キーンコーンカーンコーン
授業終わりのチャイムを目覚ましに僕は机から頭を上げ、目蓋を無理矢理開ける。あくびをしながら目尻を擦っていると、例の通り「はい、じゃあ今日は終わり。」と教師は室長に声を掛ける。
室長も機械的に「起立、礼」と号令を掛けると、それに従ってみんながぼやっと動き、授業終了の儀式が終わった。
昼休みに入る。すると、教室内どころか学校内の空気がぐおんと一回転するかのように動き出した。
授業が終わる度に空気の活性化は確実に起こる。けれど、どうだろう、この昼休みのものはなかなか変化が大きいように思う。後は放課後くらいだろうか。
まるで色が変わったかのように雰囲気が変わる。その瞬間、僕は酔ったように感じる時さえあるくらいだ。
そんな中、僕は机に無造作に散らかしてあった物理基礎の教科書やノートをリュックサックに突っ込み、代わりに昼食を取り出す。
今日は弁当。
朝、余が詰めてくれたものだ。
僕一人の時の昼食は、購買のパンや惣菜弁当で済ます。でも、朝、余がいるといつも二人分作ってくれる。「そっちのが安いでしょ」と言って。
僕は朝が弱い。余の方は何だか強いみたい。だから、朝食と弁当は頼りきりだ。まあ、余の睡眠が浅い所為で、早く起きてしまうだけみたいだけれど。
それでもやっぱり助かっている。
しかも僕と余で同じ内容の弁当だとクラスメイトに不審に思われるからと、少しずつ違う内容になっているくらい凝ったことをしてくれるのだ。
単純にすごいと思う。
僕は一人、机に向かって「いただきます。」と小さく呟く。
それから箸を手に取りウインナーを摘んで口に入れる。
うん、美味しい。
僕は、睡眠時間と化ていた授業を引きずって、ぼーっとウインナーや卵焼きを口に入れては噛み、入れては噛みと食べ進めていく。
横目で余を見るといつものように女子四、五人で集まって、談笑しながら食事を楽しんでいるようだ。周りの女子たちが話題を提供して話が盛り上がっている。
今はもっぱら修学旅行の話が中心。グループ分けをどうするかとか、いくらお金を持っていくかとかそういう話ばかりだ。クラス中でそんな話が行われている。まあ、一部話をしていない人もいるけれど。
余はいつも人の輪の中にいる。よく女子達の間で話題の中心になるテレビや音楽の話には疎いはずなのに、上手く話を盛り上げて、きちんと集団の中心となっている。僕はそんな余は尊敬に値すると思う。
元々、いつの間にか勉強方面の話題になっているような学校だからこそ馴染めているというのも間違いない。それでも僕には出来ない事だから素直にすごいと思うのだ。まあ、余はそうせざるを得なかったともいえるけど。
余は多くの生徒が勉強の友としている音楽プレイヤーを持っていない。だからやはり、流行の曲とか好きな歌手とかといった話には疎い。テレビで音楽番組を確認するくらいだからだ。しかし、それすら逆手に取って友達のイヤホンの片耳を借りて、一緒に聞いたり、音楽プレイヤーごと渡されて周りの女子の好きな曲を教えてもらったりと、受け手となることで立場の確立をしているような高度なテクニックすら駆使している。
まあ、それで長く続けることは難しいだろう。今度僕が買い換える時にお古を渡そうか。それなら余も特に負担に思わないだろうから安心して渡せる。
そんなことをふつふつ考えながらもぐもぐと弁当を食べる。
辺りを見回すといつもと変わらず男子男子男子で探さなければ女子は見当たらない。工業高校程では無いにせよ、国公立理系クラスともなると男子の人数は女子の倍を超えるのだ。流行りのリケジョも案外少ない。昼食時、女子は二、三のグループにかたまって食べる。そのため男子は殆どバラバラのままなので女子は男子によって隠れてしまう。
男子がかたまって昼食をとろうとしないのは、まあ、理系でそういうのに無頓着というのもあるだろうし、男子率が高いおかげでわざわざ固まらなくても近くの奴と話が出来るというのもあるだろう。僕はそういうのが得意じゃ無いから、こう一人で食べていても浮かない環境というのは中々気に入っている。
それに集まっていても片手に単語帳や参考書を持っている事が多い。昼食時が特にコミュニケーションの場になっていないとも言えるのだ。進学校の性か。
まあ、僕は昼食は昼食できちんと取りたいのでながら勉強はしないけれど。
折角、余が作ったのだ。味わうべきだろう。
僕はご飯の最後の一口を口にいれ、ゆっくり味わいながら咀嚼する。だいたい噛み砕いたくらいで飲み込み、箸を置いて手を合わせ「ご馳走さまでした。」と自分でも微かにしか聞こえない程度の声で呟き弁当の蓋を閉める。
それと同時に、そのただでさえ小さな声を掻き消すような大声が教室のドアから響いた。
「あっ、きー。お前もう喰い終わったのかよ。」
声の主はずんずんと大股で、僕の席まで寄ってくる。窓際の一番後だ。まあ、そいつの机は僕の前なんだけども。
「なんだ、長良。いなかったし、用でもあるのかと思って、先に食ってたわ。」
そして食い終わった。
僕はすぐ横まで来て、俺の背もたれに手を置いて見下ろしてくる声の主、鍬柄長良に答える。
こいつとは今年からクラスが一緒になった。そして何かの縁で初めの席替えで長良は僕の前になってからは割合仲良くしている。長良は去年まで仲良くしていたメンバーと違うクラスになったのだろう。
だから、近くの僕に話しかけたらしい。
「いや、今日弁当忘れてさ。購買いったんだけど慣れてねえから全然買えなくて、時間かかっちまった。」
長良はそうボヤいた後、自分の椅子を回転させ、僕と向かい合って座る。
「ああ、あそこ、慣れるまで大変だよな。僕も一年の頃苦労したよ。」
まあ、それでも遅すぎるような気もするがな。弱すぎか。
「そう、何かさ、慣れてる奴らがどんどん前に行っちゃって、俺、いつの間にか弾かれてて、大変だったよ。はあ。」
長良はため息を吐きながら買ってきたパンを僕の机に置く。
アンパン。ジャムパン。クリームパン。
菓子パンばかり。
こいつ甘党だったか?
「んで、買えたのが菓子パンばっかりだと。」
「うん。やっと人が居なくなった思って買いに行ったらもう甘いのしか無くてな。絶対夜までもたねえ。」
そう言って長良は僕の机でうなだれる。
あーあ、可哀想に。
「運動部。大変だな。」
僕がそう哀れみの言葉を投げると、ガバッと起き上がる。
「お前、帰宅部だよな。なんか残ってない?」
悲壮な顔つきで身を乗り出して聞いてきた。
「残念。もう残ってない。」
長良は僕の答えにまたうなだれる。
「まじかよ。もうさ。何で今日に限って弁当なんだよー。」
今日は作ってくれる人が作ってくれたから。
「まあ、たまたまだよ。」
まあ、たまたまだ。
「俺、お前に買って貰おうと思って待ってたんだぜ。ああ、こんなんだったら無理にでも突っ込んでったらよかったよ。」
それであんな遅かったのか。
「そりゃあ、残念。」
「はあ、諦めるよ。」
「というかお前、サッカー部だろ。力はあるじゃねえか。自力で頑張れよ。」
僕なんかに頼るな。
「いや、あれはもう力とかじゃねえじゃん。女子とかも混ざってるしさ。上手くみんなすり替わっての、あんなん真似出来ねえ。」
長良は両手の平を天に向ける。
お手上げらしい。
「ん?そうでもねえよ。中入ったら割と押し合い圧し合いだし。」
僕はそう言いつつ宿題取り出す。科目は数学。
「ああ、うん、そういやさ、きー、お前飯食うの早いな。ちゃんと噛んでんのか?」
長良はそう話を変える。
「おう。ちゃんと味わってるぞ。」
人に作ってもらった飯だしな、ちゃんと食わねば。
「ならいいけど。」
僕にそんなことを言いながらも長良は目の前のパンをぱくぱくと消費していく。
お前も十分早いよ。
「お前のが早いんじゃないか。」
「いや、そうでもねえよ。パンは一瞬だけどな。それにジャムにクリームにアンだったら歯応えとか皆無じゃん。」
「まあ、そうか。」
口でとけるしな。
僕は数学の問を考えながら応じる。
少しの沈黙が過ぎ去った後、長良は静かに席を立って食べ終わったパンの袋を丸めてゴミ箱に捨てに行く。
そして、思案顔で戻ってきて席に座る。すると突然何か閃いた顔になって言った。
「分かった。お前まず食ってる量が少ないわ。だっていつも俺が持ってる弁当の三分の二くらいだろ。」
「そうか?」
僕は解答を作りながらと答える。
運動部でもねえしな。
「そうだって、だからそんなにガリガリなんじゃねえのか。」
「まあ、痩せ型なだけだよ。家系的に。」
よく知らないけど。
「でも、食ってねえじゃん。」
「運動とかしないし、そんな食べる必要もないから。」
僕はノートに目を落としたまま会話をする。
今日は割と早く終わりそうだ。
「そんなもんか。うーん。でもやっぱり少ない。」
長良は引いてくれない。
「はいはい。」
「それにお前、男はもうみんな半袖なのにまだ長袖じゃねえか。もうちょい鍛えた方がいいんじゃないか。」
確かに女子の中には一年中カッターシャツの奴がいるが、男子では見かけない。夏は殆ど半袖シャツだ。
「いや、私服では持ってるけど制服は半袖買ってねえんだよな。注文ミスしちゃってさ。」
まあ、私服であろうと制服であろうと着ることはないけれど。
「はーん。でも痩せぎすなのは事実だぜ。」
「まあ、僕、筋肉ないから肥えると重くて辛いんだよ。」
少々体重が増えたとき、思ったように体が動かなくて困ったのだ。
やはり、痩せているのがいい。
「いや、運動しろよ。」
「はいはい。」
「お前さ、体育の授業を見てる限りだと体力ない割に運動神経は悪くないよな。」
それはないだろう。
僕はひ弱だ。
運動とか嫌い。
「そうか?」
「なんか部活入りたての一年とかあんな感じだぜ。特に伸びるがお前みたいな勘のいい動きをするな。」
「ほう。まあ、運動は嫌いだな。疲れるし。」
僕がそう答えると長良は「はぁ」とため息をついた。
ため息つかれるほどのことなのか?
「もったいねえ。」
そうかな?
「てかさ、きー、お前普段何して過ごしてるんだ?帰宅部だと時間余るだろ。」
基本だべっているだけだ。
余と。
「家事と宿題と読書くらいで時間は潰れるぞ。」
「そんだけ?まだ時間余りそうなもんだけどな。」
「いや、そうでもねぇよ。ゆっくり過ごしてたら時間なんてすぐ無くなるからな。」
僕が答えると長良は頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
「ん?ゆっくりしてる時間はあるんだろ。」
「まあな。無理に詰め込まなかったら、時間なんてすぐに無くなるよ。」
急がなかったら特に時間なんて余らない。
「いや、詰め込んでないなら時間あるじゃねえの?」
「ん?無いよ。」
「詰め込んでないんだろ?なら、時間余るじゃねえか。」
ああ、そういうことか。
長良は物事を早く終わらすということが前提なのか。
「ああっと、ほら、時間余んないように、色んなことをゆっくりすんだよ。余らしても仕方ないし、そしたら思ったより時間なんて無いように思うぞ。」
僕は「空き時間を上手く活用しよう」という学校教育からの目標に従って空き時間を休憩時間として上手く活用している。
「そんなもんか。」
「ああ、さっさと終わらしたら暇になるかも知らんけど、ゆっくりしたら割と時間はない。まあ、忙しくは無いけどな。」
「ん?忙しいのと時間が無いのは同じじゃないか?」
「違う違う。」
僕は問の答えに下線を引き、後ろに二本の斜線を並べて、解答を完成させる。
「まあ、そんなこと言ってても高校入ってからはそんな時間ねえけどな。運動部のお前らみたいに、絶対的に時間が足らないってことは、まあ、無いけど、そこまでゆっくりしてはいらんねえよ。」
まあ、理由は色々あるけれど。
「なんだ。そうか、なら少し安心した。」
「ん?なんでだ。」
「いや、なんか、いつも時間が足らないって言ってるうちの生徒とは思えないことを口走ってたからさ。」
「いや、時間は無いって言ってるぞ。」
忙しくないだけで。
「そうだっけか?」
「ああ。」
僕は問題集とノートをカバンに突っ込んで、周囲を見渡す。
「長良、そろそろ着替えた方が良くないか?」
次の時間が体育だから、もう女子は教室から出ていっているし、男子も着替え始めようかという雰囲気になっている。
「あっ、次体育か。」
長良はそう言うと教室を出て、廊下のロッカーに走っていった。
慌ただしい奴。
僕はその隙に机の横に掛けてあるビニール袋を持って、ぬるりと教室から抜け出し、トイレに向かう。
僕らが入学する少し前に改装されて洋式に変わった個室に入り、着替えを始める。綺麗なトイレなので、便器の蓋にものを置いても気にならないのが助かる。僕は脱皮するように長袖長ズボンのジャージに着替えた。
この時ばかりは忙しい。
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