面談、関係。
明日には夏休みが始まる。
二期制の我が校には終業式が無く、七月の中旬に三者面談を終えるとそのままぬるっと休みに入る。その面談も成績表も無い気楽なものなので軽い学習相談と生活相談が親を含めて行われるだけだ。
まあ、数年会っていない僕の親がわざわざそんなことの為に帰宅する筈もない。僕の勝手で二者面談になるのだが。
多分、余もそう。
「おお、遅れた遅れた。」
僕が教室の前で待って居ると少し遅れて担任教師はやってきた。
時刻はまだ九時過ぎ。
この教師、親がいるかもしれない中、この口調はいかがなものか。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。あれ、親御さんは?」
担任はいつも通りに黒のスーツに黒のシャツ、それに黒のネクタイをしている。真っ黒だ。材質や織り方の違いで、少しずつ色というか質感が異なっているが黒一色とは中々出来ないコーディネートだ。
「来ません。これ、委任状です。」
両親それぞれが、各々自作して送ってきた委任状が入っている封筒を二封手渡す。自分達で作って送ってくるところが変にしっかりした人たちなのだと思う。息子を放置している癖に。
「あれ、お前、面談いつでもいいって言ってなかった?」
担任は眉を顰めてそう言う。
「はい、両親共にいつでも無理だそうで。」
「ああ、そういうこと。」
担任はそう言って封筒の封を解く。
親の所為にしたら担任も怒るまい。
「はい、詳しいことはそれを読んでいただけば分かると思います。」
「了解。取り敢えず教室入ろう。暑い暑い。」
担任は封筒の中身を読みながらクーラーの効いた教室の中へと入っていく。
教室はいつもと違い一部の机が移動させて向かい合わせにくっつけてある。担任はその一方の席に座ったので僕はその向かいに腰を下ろす。それから僕は使うかどうかは分からないけれど、手帳とペンを出して机上に置く。
担任は須臾、両親からの委任状と同封されている書類に目を通していたが、それ程長い文章でもないらしく、すぐにまとめて横に置いた。
「ええっと、まあ、しっかりされているご両親のようだな。」
担任はなんとも言い難い顔をしていった。皮肉っぽくは無かった。
「すいません。非常識な親で。」
一応、謝意を表明する。
「えっと、お前のやりたいようにさせてくれるみたいだから、まあ、しっかりな。じゃあ、まずは進路のことから話そうか。」
担任はそう言って、机上に二枚の紙を出す。
「えっとこれが四月からの考査と模試の結果で、こっちが進路調査な。まあ、知ってるとは思うけど。」
僕も一度は目を通したことがある用紙だ。
「はい。」
「まあ、今の感じだったら問題なく志望の地元国立には受かると思う。順調に行けばだがな。」
担任は僕の点数を端から見てそういう。
「でも本当にここでいいのか?もう少し頑張れば旧帝大も見えてくるぞ。」
やはり来たか。
違う担任だった去年も同じことを言われて面談が長引いた。この学校、妙に難関校を勧め続けるのだ。
「いえ、そのつもりはありません。落ちる可能性をヘタに上げる気はありませんし、それにやる気も無いですし。」
僕はまあ、正直に答える。
「ああ、そう。ちゃんと志望大学の研究はしたのか?」
担任は僕の顔を見ながら言う。
「はい、パンフレットは取り寄せましたし、来月はオープンキャンパスに参加するつもりです。」
「よし、ならいいや。自分でちゃんと考えたんだろ。」
担任はそうあっさりと説得を止めた。
意外だ。
「はい。」
「まあ、油断せずにな。」
「ええ、もちろん。」
「じゃあこれで進路指導は終わり。」
担任は出したプリントをしまい今まで正していた姿勢を崩す。
「では。」
僕は簡単に終わってよかったと思いながら立ち上がる。
「いや、ちょいちょい待て、まだ時間余ってるから。」
「はあ。」
僕は担任に促されてまた椅子に戻る。
「いやさ、あんまり短いと職員室で不評をかうんだよ。まあ、親御さんいないから特に話すことも無いんだけどな。」
「なんかすいません。」
僕は何だか申し訳ない心持になって謝る。
「いや、謝って貰うようなことではないんだよ。素行も悪くないし、注意する事も無いからいいんだけど。」
担任は少々僕のことを褒める。
悪い気はしない。
「それはどうも。」
「ああ、そうだ。手紙によると親御さん一緒に暮らしてないみたいだけど、困ったことは無いか?」
担任は思い出したかのように言った。
しかし、入り方が無理やりな気もする。もしかするとこれが本題なのかもしれない。
僕は身構える。
「はい、家はありますし、仕送りも潤沢なので問題ないし、部活も入っていないので時間もありますしねえ。大丈夫です。」
「そう。まあ、服装も問題ない。弁当とか持って来ている時もある。だからさ、まあ、そこまで心配はしてないんだけどな。」
「はあ。わかりました。」
「とにかく何かあったら言えな。」
おお、余の弁当に救われた。
余ナイス。
「はい。まあ、大分慣れたので大丈夫ですよ。まあ、困るのは酒類が買えないので、洒落た料理は食べられないことくらいですかね。困ったことは。」
僕は冗談を言ってごまかす。
「何作ろうとしているんだよ。」
「まあ、ワイン煮とかですかね。」
「お前、そんなもの作ろうとしてんの?料理上手な方?」
担任は取り敢えず話を作ろうとするように話を続ける。
「いえ、上手くはないんです。でも慣れました。」
まあ、作るのに慣れたというよりは下手な料理を食べるのに慣れたという感じだが。
ワイン煮なんて作れない。
「ほう、偉いな。俺基本外食だから作ってるだけで偉いと思うわ。」
「一人暮らしですか。」
「まあ。」
担任は頭を掻きながらそう言った。
そこで会話が尻すぼみになる。
前言撤回。本題などではなく、只話をつないだだけのようだった。
「そういえばさ、生原とまだ仲いいの?」
担任はまた思い出したかのように話を変えた。
この人、もしかしたら人と話すの苦手なのかもしれえない。
否、僕がか。
「まあ、クラスで話す程度には。」
僕は当たり障りのない感じに答える。
もちろん嘘だ。半同棲中です。
「あれ?お前らカップルじゃなかったのか?」
「ええ、違います。」
嘘吐きは得意だ。
「そうなんだ。じゃあ、何で修学旅行二人で?」
担任は不思議そうにそう言った。
「それは、長良と夏穏さんにはめられまして、まあ、所謂幼馴染みなので、愛憎どちらの感情もありませんでしたが。」
まあ、事実だ。
あんまり余との関係を探られるのは困る。
「ああ、あの二人な。あそこはまだ続いているみたいだな。」
「はい。そうみたいですね。でもなんで?」
「いやな、教師としてある程度は交友関係つかんでおきたいもんなんだよ。」
担任は面倒くさそうに言う。
「そんなもんですか。」
「ああ、この修学旅行の前後で一気に変わるから分かんなくなってさ。付き合ってると思っていたらすぐ別れてるし。友人関係もそのおかげで分かんなくなるしで大変なんだよ。」
そうブツブツと文句を言った。
「大変ですね。」
僕は適当に同情する。
「まあな。」
そしてまた刹那の沈黙。
「それでさ。生原の事なんだけど、一つ聞いていいか?」
担任は今度こそ本題といった風に声を低くして言った。
僕は肝を冷やす。
体のことが脳裏をよぎったのだ。
「あそこも二者面談だったんだよ。なんか知らない?」
良かった。そっちか。
「えー。まあ、母子家庭ですからね。大変なんじゃないですか?」
まあ、余が大変な目にあっているというのが正しいけれど。
否、お母さんが大変なのか。
「そうか。すまんな。」
担任はそう言って時間を見る。
「おう、もう時間だな。」
そこまで僕から話を聞き出す予定は無かったようで、担任はそう切り出した。
「ああ、そうですか。では、さよなら。」
僕はそそくさと立ち上がる。
「ああ、なんかあったら連絡くれな。」
「はい。」
僕はそう言って教室を出る。
余の奴、しくりよったな。
担任は何かあると思っている。
後で伝えておこう。




