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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第二部第三十四章

 吉水では連絡を予め受けていた安楽がすばやく応急処置を施した。

 その間、傍らでは、住蓮が事態がかくのごとくに展開してしまった事情を改めて皆に説明していた。

「まさかこんなことになろうとは……」

 と呟く住蓮の傍らでは、次郎、三郎が申し訳なさそうに頭を下げて俯いている。

 安楽も「確かに困ったことではある……」と、頭を抱え込んでいた。

 息苦しい沈黙の時が続いた…。

 と、突然、ゆきが「あ、清兵さん、気がついたのね!」と、大声を上げた。

 幸い清兵の怪我は軽かったようであった。彼は意識を取り戻すと、起き上がろうとしたが、またすぐにめまいがしたのかうずくまってしまった。

「すぐに、起きてはならん!」

 安楽の注意に、彼は素直に従って横たわったままでいた。すると、その清兵にゆきが声をかけた。

「清兵さん、ごめんなさいね!本当こんな目にあわせてしまって、私、何て言ったらいいか……」

 その会話を横で聞いていた安楽は、不審そうに彼らに尋ねた。

「二人は顔見知りかね?」

「はい……」

 ゆきは、清兵もまた実は熱心な念仏者であることを告げた。自分と伊賀局の手紙のやりとりの仲介役をしてくれていたのが彼であった。そんな関係で親しくなるうち、彼が自分から、念仏信者であることを打ち明けてくれたのだとか。

 清兵は、この頃には意識を取り戻して、目をしっかり開けて、皆の会話を聞いていたが、未だに事の成り行きの全体像を掴まず困惑していた。

「よいか、清兵とかいう者……。今からそれがしの言うことをよく聞いて欲しい」

 安楽は、そう言うと、住蓮と盛高の因縁、時子と父母の死の真相について、そしてすべてのことは盛高の思い込みによるものだ、と言うことを、順を追ってゆっくりと説明した。

「理解していただけたか?」

 安楽は話終えると、彼に問うた。

 幸い清兵は元来が頭の回転の良い人間であった。

 彼は瞬時にすべてのことを理解し整理した。

「そうでございましたか」

「そうだ、ここにいる住蓮が、時子さんの仇だなんてとんでもない!分かってくれたか?」

 ゆきも安楽の説明を支持した。

 ただ、清兵も理解こそしたが、困惑はすぐには解消出来ないでいた。彼は「理解はできたのですが、いかんせん私が、噂で聞いていた話とは全く違うものですから……」と言うと、黙りこくってしまった。

 ゆきが沈黙を破った。

「それにしても、人間の憎しみは一歩間違って暴走すると、その人の心をぼろぼろにしてしまうのですね」

 と、彼女はぽつりと呟いた。

 一同は皆頷きはするものの、今後のことについては困惑するばかりで、皆押し黙っているばかりである。

 ここに至って、安楽は事態の収拾には清兵の力を借りるしかないと悟ると、彼にこう言った。

「清兵、今回のこと、下手をすると、法然様のもとにも責任の追及の手が伸びるやも知れん。そちも念仏者であれば、ここ吉水に集う念仏者達のこといも思いを馳せてほしい。分かるな」

「はい……」

 清兵も、まさかこのような事態の展開になろうなどとは予測だにしていなかったので、今後どうしたらいいものかうろたえるばかりで、途方に暮れていた。

「貴殿の主人、盛高殿は、我らが介護をいたす。完全に回復されるかどうか、まだ予断を許さないが……」

「はい……」

 清兵はただ聞くばかりである。

「貴殿は、院の御所に帰り、このように報告いたしてはもらえまいか?」

「それは、どのようにでございますか?」清兵は尋ねた。

「左様、わが主人盛高様、視察の途中に、突然馬が暴れだし、そのため落馬して怪我をなされて動けぬようになったところ、通りすがりの僧に助けられ、現在、吉水の草案にて治療を受けているとな」

「なるほど」---それならば怪しまれまいと清兵も思った。

「そして、治療は長引きそうだとも……。そして、貴殿が毎日様子を見に来られよ。そして、帰って報告してほしい。すれば、しばらく時間が稼げよう」

「しかし、回復されなければ?」

 清兵が問うた。---安楽はその質問に顔を一瞬曇らせたが「なーに、必ず直してみせる。我ら持てる力を全て出し切ろう。よいな、次郎、三郎、ゆきさん!それに住蓮、お前もだ」と言うと、住蓮の肩を叩いた。

 安楽の掛け声に一瞬場が和んだ。

「そうだ、そうだ!」

 と、次郎、三郎も叫んだ。

「そうよ、皆で力を併せて頑張りましょう」

 ゆきも、彼らに応えた。

 住蓮は友情の有難さを改めて噛み締めた。清兵は自分の体には格段異常の無いことを確認すると、少し休んだ後に、吉水の救護所を後にした。

「では、私は安楽様の言われたとおりにいたしますのでご安心を」

 そう言って、彼は足早に立去った。

 四人は彼の後姿をいつまでも見送っていたが、彼の姿が見えなくなると、お互いの顔を見合わせ、頷きあった。

 こうして、一瞬皆は安堵したが、次郎が、やはり不安、とばかり、こう切り出した。

「あの者、大丈夫だろうか?」

 三郎も「確かに不安ではあるな」と同意したが、安楽は「なーに、あの純真な目を見たであろう。紛うことなき熱心な念仏者じゃ。であれば、阿弥陀様が導いて下さる。彼の口を借りて、阿弥陀様がすべてを説明してくださる!」と言って、皆を安心させた。

「そうですね!」

 ゆきも彼の言葉に頷いた。

 ――何度も

 ほかの皆も続いた。

 ---何度も、かつ力強く

 誰からともなく、念仏が口ずさまれた。続いて皆の唱和が始まった。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」

 魂の救済を求める祈りは、吉水の里に、力強く響くのであった…。いつまでも…。

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