ALC0156⇔流石に抗生物質を作るのは難しい気がしました
ウエスタン湖から帰り、皆で盛大に打ち上げをした明くる日。
私は調剤室に籠もり唸っていた。
「うーん。うーーーん……」
手に持ったのはオートクレーブに掛け滅菌させ、クリーンベンチ内で冷まし、固まらせた寒天培地。
そこに昨日の採集で手に入れた素材の『青いカビ』と表記されたものを爪楊枝で突き。
シングル作業をさせコンタミネーションを防ぎ、インキュベーダーへと放り込んだのは良いが……。
「この『青いカビ』ってのが『アオカビ』の事だとして……。うーーーーーーん……」
私はコロニーを形成させている寒天培地に撒かれた菌を光に当て、眺めながらも唸る。
これからこの菌を液体培養させ、『ペニシリン』を単離させる事が出来れば良いのだが……。
「……流石に漫画みたいには上手く行かないかなぁ……」
異世界もゲームの世界も漫画の世界も似たようなものだとは思いながらも、歴史上の偉人達がアオカビからペニシリンを抽出させるのには、長い年月を掛け完成させたという経緯をなまじ知っているが故に……。
取り敢えずコロニーを突き、滅菌済みの培養液に菌を入れ、恒温振とう培養器に掛けながら様子を見る事にした私。
「駄目だ。考え過ぎて頭痛い」
台所まで戻った私はお湯を沸かし珈琲を淹れて一休み。
「クンクン」
珈琲の良い香りに釣られてか、眠っていたくまごろうが目を覚ます。
「くまごろうちゃんは流石に飲めないでちゅね~」
私は首をこちょこちょしてあげながらふと昨日の戦闘の事を思い出した。
私が一人で【ウエスタンスライム】に立ち向かい、無残にもやられてしまい『瀕死』の状態になった途端、視界の隅でアーネルに抱きかかえられたくまごろうも苦しそうにしているのが見て取れた。
すぐさま私はアーネルの復活魔法により命を取り留めたが、くまごろうはそのまま『瀕死』の状態だった。
「そういう大事な事は先に教えて欲しかったでちゅよね~? くまごろう」
「クウウン」
気持ち良さそうにそのまま包まってしまったくまごろう。
私とレミルが『共同錬金』を唱え、魔法陣より召喚させた錬金獣。
その錬金獣であるくまごろうは、云わば私とレミルと『見えない命の糸』の様な物で結ばれている。
私がダメージを受ければくまごろうも同じ割合のダメージを受け。
私が『瀕死』になってしまえばくまごろうも同じく『瀕死』になる。
そこまでは判っていたのだが、実はそれぞれが回復するには『別々に回復手段を用いなければいけなかった』のだ。
私が復活してもくまごろうは復活しない。
双方、別々に復活魔法を唱えなければならないとは聞いていなかったので、もしもこれがボス戦とかだったら、この『勘違い』が命運を分ける事にもなっていたかも知れないのだ。
「……レミルも聞かなきゃ教えてくれない所あるしなぁ……」
珈琲を啜りながら一人愚痴を零す私。
流石にレミルも私が【SUB】とは言え、錬金術師の肩書きを持っているから教えなかったんだろうとは思うのだけれど。
でも私は『ここの世界』の出身者じゃ無いし。
だからと言って、私がこことは別の『異世界』から来たとは誰も信じてくれないし。
やっぱあれか。そういう設定になってるからか。
ここは『ゲームの世界』。
つまりはそういう事なのだろうか。
この世界に飛ばされて来て早数ヶ月が経とうとしている。
あれ? そう言えば1年たったら魔王を倒せとか何とか言ってたっけ……あの女神……。
すっかり忘れてたんだけど。
「……庵……堀沢……玲子……。あんた達はホント、今頃どうなっちゃってるのよ……」
彼らの顔が脳裏に浮かぶ。
未だに何故、私だけがこの『オフラインの世界』に飛ばされて来たのかも分らない。
そして元の世界への戻り方も分らない。
庵達がどうなってしまっているのかも分らないし、本当に彼らが『オンライン』側に飛ばされてしまっているかを確かめる術も無い。
「クウウン」
私の不安げな雰囲気を察したのか、くまごろうが私の腕に擦り寄って来る。
この暖かみも、可愛げな表情も、全てはゲームの世界で作成された作り物なのだろうか。
誰が、一体、何の為に、この『世界』を作ったのだろう。
目的はなんだ?
私の脳内に次々と浮かぶ疑問。
そこで私は初めて気付く。
この世界に飛ばされて来て、今までずっと考えない様にしてきたのだという事を。
疑問を持つと解き明かしたくなってしまう性格。
だからこそ根本的な疑問を見ないようにして、目の前の疑問にぶち当たり、何もかも解決してきた気になっているだけ。
「……はぁ……。ああ、このネガティブ思考はあれだ……。もうすぐあの日だからか……」
今回はまた特に酷い気がする。
たまにあるのだ。年に1回くらい。もんの凄いのが。
主に思考がドロドロになる『あの日』が。
「やめだ。やめやめ。こういう時は何を考えてもマイナス思考にしかならないわ……」
後で熱い葛湯でも飲んで精神を安定させよう。
体内から暖まればある程度のホルモンバランスは整ってくれるだろう。
後は寝るのみ。
今日は週に一回のお店の公休日だし丁度良い。
レミルもルーファス達と共に他の街に出張錬金サービスに行っちゃったし。
私は空になった珈琲カップを流し台に置き、くまごろうを抱っこして寝室へと向う。
◆◇◆◇
「Zzz……」
枕の横で気持ち良さそうに眠るくまごろう。
その愛らしい寝顔を見つめながら私はまた考える。
あと数ヶ月したら大魔王の城に攻め入る『強制イベント』が開始される。
多分私はルーファスらと共にその魔王の城に向かい、諸悪の根源である魔王を打ち倒すのだろう。
それまでにある程度のレベル上げを済ませ、装備を整えておかねばならない事は分っている。
しかし、『その後』はどうなる?
女神は言った。
『見事大魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらして貰って、サナエさんはこの世界の救世主として崇められ奉られて貰います』、と。
世界を救い、救世主として崇められ、その後は一体どうなると言うのだろう。
私は元の世界に戻れるのか?
それとも平和になったこの世界で天寿を全うする事になるのか?
(……くそ、思考が止まらないな……)
何度も寝返りを打ちながら考える事を辞めようと思うのだが、脳内では勝手に推察が進んで行く。
ではオンラインの世界は?
庵達は同じ様な状況に陥っているのだろうか?
今までのVRMMO関連の書物やら漫画の見過ぎで勝手に『デスゲーム』と決め付けてしまっているが、彼らは本当に殺し合いをしているのだろうか?
それとも実は飛ばされて来たのは私だけで、庵達は『あの時』、ただ普通に気を失ってしまっていただけなのか?
思考が、巡る。
頭が、痛い。
何だか吐き気もする。
(……やだな……やっぱ今回のはビックウェーブっぽいな……)
ベットの上で小さく身を縮こませる。
こういう時は無性に心細くなる。
隣でくまごろうが静かな寝息を立てて眠っていると言うのに。
これではまた、この子が心配して目を覚ましてしまうではないか。
私は何度も寝返りをうちながら――。
――グルグルと回る思考に悪態を吐き、眠れぬ休日を過ごす事となった。




