僕の味付け
18時半。まだ辺りは明るい。
じいちゃんは帰ってきていない。
僕は久々にキッチンに立っている。
いつもお世話になっているじいちゃんに何か作ってあげたい。
それにこの後会う瑠璃さんにも昨日話を聞いてくれたお礼として何か渡したい。
じいちゃん家のキッチンを使うのは初めてで時間がかかったが、鶏の照り焼きとゴーヤーチャンプルーを作った。
甘辛い味付けが好きなじいちゃんに気に入ってもらえると嬉しい。
ゴーヤーチャンプルーは僕の味付けを瑠璃さんに食べて欲しかった。
じいちゃんが作った味付けとは違うことに、瑠璃さんは気づくだろうか。
僕と瑠璃さんの夕飯用にタッパーに詰めていたら瑠璃さんとの約束の時間が迫っていた。
僕は慌ててタッパーとスケッチブックを持ち、桟橋へと向かった。
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桟橋に到着したが、瑠璃さんはまだ居ない。
桟橋の唯一の明かりの下に座り、スケッチブックを開く。
鉛筆を手に取り、瑠璃さんの顔を改めて思い浮かべる。
瑠璃さんの目はどのような形だっただろうか。
鼻の位置や輪郭は――
「何してるのー?」
「うわっっ」
頭で想像してた顔が目の前に現れる。
危うくスケッチブックを落としそうになった。
瑠璃さんはきゅーと笑っている。
「奏多面白いー!どうしたの?」
「瑠璃さんが急に来たからびっくりしただけだよ」
「そうなんだ!そんなにびっくりした?
何してるのか気になっちゃって」
「うん、びっくりした。
瑠璃さんを描くって約束したからどんなふうに描こうかなって考えてたんだ」
「私を描いてるの?やったー!」
瑠璃さんはキラキラした顔で何も描かれていないスケッチブックを覗き込む。
「あれ、何もない」
「まだ描いてないからね。
でも過去に描いたものならあるよ」
僕はスケッチブックに描かれている海の絵を瑠璃さんに見せる。
海の上を船が進み鳥が飛んでいる絵、海中で魚が遊んでいるような絵、ウツボが岩場から外を窺っている絵など、僕が見てきた海を瑠璃さんに見せた。
「すごい!いろんな海が描いてあるんだね!
ねぇこれ触ってもいい?」
瑠璃さんはスケッチブックを指さす。
僕は瑠璃さんにスケッチブックを手渡す。
「これってこんな感触なんだね…
なんか色変わった!あれ、へなへなになってきた」
僕は失念していた。
瑠璃さんはさっきまで泳いでいたのだから手が濡れている。
僕は慌ててタッパーを包んでいたナフキンを瑠璃さんに手渡す。
「瑠璃さんの手が濡れているからだよ。
紙が濡れると破れたり描けなくなったりするからこれで手を拭いて」
「そうなの!?
奏多ごめんね、濡れちゃった」
瑠璃さんは目に見えて落ち込んでいる。
そんな顔をさせたいわけではなかったのに。
「紙は乾かせば大丈夫だから気にしないで。
乾かしている間にご飯食べない?
少しだけど持ってきたんだ」
僕の言葉を聞いて瑠璃さんの顔はぱっと明るくなる。
「ご飯食べる!」
瑠璃さんの表情はコロコロ変わる。
ご飯で機嫌が良くなるんだと可笑しくて僕はふふっと笑う。
「なんで奏多笑ってるの?」
「なんでもないよ。
はい、瑠璃さんの分」
不思議そうな顔をしていた瑠璃さんだったが、ご飯を差し出すと笑顔になる。
瑠璃さんはいろいろな表情を見せてくれるから、どんな顔を描こうかと迷ってしまいそうだ。
「いただきますー!」
僕と瑠璃さんは手を合わせてご飯を食べ始める。
久しぶりの料理で味付けが不安だったが、想定通りの味だった。
瑠璃さんを見ると美味しそうな顔で食べており、一安心する。
「今日のご飯も美味しい!
でもゴーヤーチャンプルーがこの間と味が違う気がする…この間のも今日のもどっちも好きー!」
瑠璃さんに指摘されてドキッとする。
味付けを気に入ってもらえてよかった。
「今日のご飯は僕が作ってみたんだ」
「奏多も美味しいご飯作れるの?
すごい!また作って!」
瑠璃さんはすごいすごいと褒めてくれる。
僕は照れくさくなる。
「あ、ありがとう。
気に入ってくれたならまた今度作るね」
「やったー!
この甘辛い肉も美味しいよ!
奏多のご飯次も楽しみにしてるね!」
瑠璃さんはニコッと笑う。
その顔はとても綺麗だった。
僕は瑠璃さんの顔を目に焼き付ける。
瑠璃さんは僕の視線など気にせずご飯を頬張り続けている。
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「ご馳走様でした!美味しかったー!
今度また作ってね!」
瑠璃さんは満足気な顔をしている。
こんなに喜んでくれると作った甲斐がある。
「気に入ってくれてよかった。
瑠璃さんに今日はお願いがあって」
「お願い?」
瑠璃さんは不思議そうな顔をする。
「うん。
瑠璃さんの絵を描くためにモデルになってほしくて」
「モデル?何すればいいの?」
「瑠璃さんは普通にしててくれれば大丈夫。
瑠璃さんを見ながら僕が絵を描くから。
ときどきポーズをとってもらうかもしれないけど」
「もちろんいいよ!」
瑠璃さんは笑顔で快諾してくれる。
僕は「ありがとう」と伝え、早速瑠璃さんのスケッチを開始した。
しばらくは無言が続いたが、我慢できなった瑠璃さんが口を開く。
「ねぇ!お話はしてもいい?」
「いいよ。
でも描くのに集中したいから返事が曖昧になっちゃう可能性があるけど」
「そうしたら奏多が描いている間は私のことを話すね!
奏多に私のことも知ってもらいたいから!」
瑠璃さんはニッと笑うと自分のことを話し始めた。




