第1話:最底辺の『荷物持ち』
王都オウラシオンの片隅にある冒険者ギルドは、今日も朝から血気盛んな熱気に包まれていた。
壁に張り出された討伐依頼の羊皮紙を睨みつける猛者たち。その喧騒のなか、青年レイ(18歳)は、借りてきた猫のように身を縮めていた。
「おい、ボロ布。突っ立ってねえで早く荷物を持て」
背後から投げつけられたのは、手入れの行き届いた革製の巨大なバックパックだ。ずっしりとした金属の重みがレイの細い両肩にのしかかる。
声の主は、新進気鋭のCランク冒険者パーティ『暁の剣』のリーダー・ガイ。まばゆい銀の胸当てを着込み、腰には高価な魔法剣を帯びている。
「あ、はい! すみません、ガイさん」
レイは慌てて荷物を背負い直した。
彼のステータスカードに刻まれた冒険者ランクは『F』。言わずと知れた最低ランク。
そして、この世界で誰もが神から授かる【固有スキル】の欄には、こう記されていた。
──【鑑定:対象の名称と基本情報がわかる】
戦闘には一切役に立たない、世間では「ハズレスキル」の筆頭と呼ばれる能力だ。魔法も使えず、剣の才能もないレイが生きていくためには、こうして上位の冒険者たちに『荷物持ち(ポーター)』として雇われ、彼らの小遣い程度の報酬で食い繋ぐしかなかった。
「ちっ、本当に冴えねえ面だな。おいガイ、なんでこんなゴミを連れて行くんだよ? スキル『収納』持ちのポーターを雇えばよかっただろ」
パーティの魔術師である美女・セリアが、不快そうにレイを睨みつける。
「しょうがねえだろセリア。『収納』持ちは相場が高いんだ。こいつなら、普通のポーターの半額で済む。ダンジョンの魔物除けのデコイ(囮)くらいにはなるさ」
ガイがせせら笑う。他のメンバーたちも、レイを人間扱いしていない冷たい視線を送る。
レイは唇を噛み締め、拳を握りしめた。
(……言い返すな。ここでクビになったら、今月の宿代も払えない)
「成り上がる」──そんな大層な夢を抱いて田舎の村を飛び出してきたのは、わずか一年前のことだ。現実は残酷だった。この世界は、授かったスキルの優劣がそのまま人間の価値を決める。強力な攻撃スキルを持つガイたちは「強者」であり、鑑定しか使えない自分は「弱者」。それが絶対のルールだった。
「行くぞ。今日の狙いは『黒鉄の迷宮』の第5層だ」
ガイの号令とともに、『暁の剣』の面々は歩き出した。レイは重い荷物に足をもつれさせながら、必死にその背中を追いかけた。
『黒鉄の迷宮』。
王都から馬車で一時間の距離にあるそのダンジョンは、その名の通り、頑強な黒い岩石で囲まれた薄暗い迷宮だった。
「おい、レイ! 遅れるな!」
「は、はいっ!」
ダンジョン内を進むパーティの最後尾で、レイは必死に足を進めていた。
ガイたちの実力は本物だった。行く手を阻む『アイアン・ゴブリン』や『ポイズン・バイパー』といった魔物を、鮮やかな連携で次々と討伐していく。
だが、レイの仕事は戦うことではない。
倒した魔物の素材を剥ぎ取り、血生臭い肉や牙をバックパックへ詰め込む。さらに、ダンジョン内で見つけた鉱石や薬草を、ガイたちの指示通りに回収する。
「──おい、待て」
第4層から第5層へと続く階段を下りた直後、ガイが鋭い声を上げ、手を挙げた。
周囲の空気が、にわかに張り詰める。
「ガイ、何かいるわ。それも、かなりの大物よ……!」
セリアが杖を構え、冷や汗を流す。
広い空洞の奥から、ズシン、ズシン、と地響きを立てて巨影が姿を現した。
それは、通常の個体を遥かに凌駕する巨体を持ったミノタウロスだった。全身の毛並みは禍々しい赤黒さで、手には巨大な戦斧を握っている。
「な……『変異種』だと!? なんでこんな浅い層に……!」
ガイの顔から余裕が消えた。
レイは恐怖に震えながらも、本能的にスキルを発動した。
──【鑑定】
名称: ミノタウロス・バリアント(絶望の凶獣)
脅威度: Aランク
状態: 極度の飢餓・狂暴化
(Aランク……!? 勝てるわけがない!)
「ガ、ガイさん! 逃げてください! あいつはAランクの変異種です!」
レイの叫び声に、パーティ一同の顔が絶望に染まった。Cランクの彼らにとって、Aランクの魔物は天災と同義だ。
「グオオオオオオオオオッ!」
ミノタウロスが咆哮を上げ、凄まじい速度で突進してきた。その一振りで、前衛の戦士が盾ごと吹き飛ばされる。
「ひっ、嫌だ、死にたくない!」
セリアが悲鳴を上げて逃げ出そうとした。リーダーのガイの目は、恐怖で完全に血走っていた。
そのとき、ガイの視線が、最後尾で立ちすくむレイへと向けられた。
その瞳に宿ったのは、狂気と、冷酷な自己保身の光。
「……そうだ。お前が役に立つ時が来たな、レイ」
「え?」
次の瞬間、ガイはレイの胸ぐらを掴み、凄まじい力でミノタウロスの足元へと放り投げた。
「な、にを──」
「お前が囮になれ! その間に俺たちは逃げる!」
ドサリ、と冷たい地面に叩きつけられる。背負っていた荷物が散らばり、重いバックパックに足を潰されて動けない。
見上げると、ガイたちは仲間を見捨てて、一目散に上の層へと駆け上がっていく後ろ姿が見えた。
「おい、待ってくれ! ガイさん! セリアさん!」
叫び声は届かない。
残されたのは、重傷を負って気絶した戦士の一人と、身動きの取れないレイ。
そして──目の前で戦斧を振り上げる、飢えた巨大な怪物だけ。
「グルルル……」
ミノタウロスの赤い眼光が、レイをロックオンした。
圧倒的な死の圧力が、少年の全身を支配する。
(裏切られた。捨てられた。ここで、俺は死ぬのか?)
(何の成果も残せず、誰にも知られず、ただのゴミとして……)
理不尽な現実への激しい怒りと、死への恐怖が混ざり合い、レイの脳内で何かが弾けた。
その時、彼の耳元で、世界のシステム音のような、冷徹な声が響き渡った。
『──条件を達成しました。個体名:レイの【極限の絶望】および【強者への叛逆心】を検知』
『隠蔽されていた固有スキルの真の銘を解放します』
頭の中に、見たこともない文字列が直接流れ込んでくる。
『──【鑑定】の真意を解放。上位進化スキル【神眼の支配者】へと統合します』
『これより、世界の「理」に対する書き換え権限を付与します』
(……え?)
死線の中で、レイの瞳が金色に輝き始めた。
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