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第1話 — カレー勝負

数分後。


デブとチビオタが『玉ねぎと餃子』へ近づくと、古びた扉がゆっくりと開いた。


先に二人の男が姿を現す。


どちらも笑っていた。


「あのデブ、自分に何が待っているか分かってないな。」


「ああ。中村宏に勝てるわけがない。」


チビオタの顔色が変わった。


建物の中からは濃厚なカレーの香りが漂ってくる。


広い店内の中央には、一つのテーブルだけが置かれていた。


その上には四つの大きな丼。


熱い湯気を立てている。


そして、その向こう側に座っていた。


地域チャンピオン。


中村宏。


腕を組み。


自信に満ちた表情で。


まるで挑戦者を待つ王のように。


チビオタは爪を噛み始めた。


そして慌ててデブの服を掴む。


「やめてください!」


「ん?」


「中に入らなくていいんです!」


「入ります。」


「入らなくていいんです!」


「入ります。」


「勝てるわけないでしょう!?」


「なるほど。」


「なるほどじゃありません!!」


チビオタはテーブルを指差した。


「あれ見えますか!?」


「見えます。」


「あれ全部カレーですよ!?」


「そうですね。」


「四杯ですよ!?」


「そうですね。」


「誰にも完食できません!!」


「なるほど。」


「だからなるほどじゃありませんって!!」


チビオタは半泣きだった。


「あれは挑発なんです!」


「かもしれません。」


「だったら帰りましょう!」


チビオタは全力でデブの服を引っ張った。


しかしデブは一ミリも動かない。


逆にバランスを崩したチビオタの方が転びそうになる。


「お願いです……」


「嫌です。」


「なんでですか!?」


デブは中村宏を見る。


その後、店の奥にあるトイレの案内板へ視線を移した。


そして言った。


「倒します。」


チビオタの目が見開かれる。


「本気ですか!?」


「はい。」


チビオタは息を呑んだ。


ついに覚悟を決めたのだと。


そう思った。


だが。


「そのあとトイレ行きます。」


沈黙。


チビオタは天井を見上げた。


「後半の情報、必要でした?」


「必要です。」




-



第1話 カレー勝負



白川の小さな町では、地域の大食い大会が開催されていた。


広場は大勢の観客で埋め尽くされ、実況席からは興奮した声が響いている。


「信じられないッ!!」


「わずか数秒でカレー三皿を完食だァ!!」


「総重量八キロ! 新たな地域記録の誕生かァ!?」


観客席は歓声に包まれた。


写真を撮る者。


選手の名前を叫ぶ者。


まるで全国大会の決勝戦のような盛り上がりだった。


――その頃。


人混みのすぐ後ろにある小さなホットドッグ屋台で、一人の青年が呟いた。


「たった八キロ?」


店員の女性は危うくマスタードのボトルを落としかけた。


「……え?」


「たった八キロです。」


女性は何度か瞬きをした。


つい先ほど、地域チャンピオンが何百人もの観客の前で記録を更新したばかりなのだ。


「あなた、あそこで誰が競技しているか知ってる?」


「知りません。」


「地域チャンピオンよ?」


「なるほど。」


「八キロ食べたのよ?」


「聞いてました。」


女性はしばらく沈黙した。


「はい、ホットドッグ三本。」


デブは代金を払い、ホットドッグを受け取る。


そして一口かじった。


「マスタード忘れてます。」


その瞬間だった。


近くにいた男が勢いよく振り返る。


「おい、デブ!! 今なんて言った!?」


「ん?」


「選手を馬鹿にしてるのか!?」


「してません。」


「じゃあなんでそんな言い方なんだ!?」


デブは少し考えた。


本当に少しだけ考えた。


そして答えた。


「だって八キロでしたし。」


男の額に青筋が浮かぶ。


「よし、もういい!」


男は通りの向こう側を大げさに指差した。


「勝負だ!!」


「はい。」


即答だった。


男は一瞬よろめく。


「……は?」


「はい。」


「よ、よし! じゃあ廃墟で待ってる!」


「はい。」


「元『玉ねぎと餃子』だ!」


「はい。」


「聞いてるのか!?」


「聞いてます。」


「だったら『はい』しか言うな!」


デブは少し考えた。


「……はい。」


その時だった。


近くでやり取りを見ていた小柄な眼鏡の少年が駆け寄ってくる。


「信じられない!! 本当に受けたんですか!?」


「ん?」


「あの人が誰か知ってるんですか!?」


「知りません。」


「三連覇中の地域チャンピオンですよ!!」


デブはホットドッグをもう一口かじった。


「なるほど。」


「なるほどじゃありません!!」


「三回勝ったんですよね。」


「そうですけど!!」


「理解しました。」


「理解してません!!」


少年は思わず叫んだ。


「あの人はプロ大食い界の伝説なんですよ!!」


「へぇ……」


もう一口。


「すごいですね。」


「話聞いてます!?」


「聞いてます。」


「じゃあなんでそんなに落ち着いてるんですか!?」


「食べてるので。」


少年は頭を抱えた。


「分かってない! この勝負で人生が変わるかもしれないんですよ! 名声も! 評判も! プロ大食いとしての未来も!」


「ホットドッグ冷めます。」


「そこですか!?」


デブは首を傾げた。


「マスタードあります?」


少年は深いため息をつく。


「自分が何をしたのか、本当に分かってないんですね……」


「しました?」


「伝説に挑戦したんですよ。」


「向こうからです。」


沈黙。


「……確かにそうでした。」


デブは最後のホットドッグを食べ終えた。


そして少年を見た。


「なあ、チビオタ。」


「誰がチビオタですか!?」


「この辺にトイレあります?」


少年は固まった。


「……は?」


「トイレ。」


「あなた、これから勝負するんですよね!?」


「します。」


「分かった!!」


突然、少年の目が輝く。


「作戦ですね!?」


「違います。」


「なるほど! 伝説の『クリーン排出法』!!」


「違います。」


「じゃあ何なんですか!?」


「ホットドッグの列が空くまで待ってる間、炭酸飲みすぎました。」


チビオタは数秒間黙り込んだ。


それから通りの向こうにある古びた建物を指差す。


「あそこにトイレがあります。」


「あの廃墟ですか?」


「そうです。」


「玉ねぎと餃子?」


「そうです。」


「じゃあ行きます。」


「待ってください!!」


「なんですか?」


「あそこが勝負の場所なんですよ!?」


「ああ。」


「忘れてたんですか!?」


「忘れてません。」


「じゃあなんでそんなに平然としてるんですか!?」


デブは少し考えた。


そして答えた。


「一度で二つ解決できるので。」


「……二つ?」


「トイレと勝負です。」


チビオタは口を開いた。


閉じた。


もう一度開いた。


「それ、理屈として成立してはいけないと思うんですが。」


「でも成立してます。」


そう言うとデブは歩き出した。


数分後。


デブとチビオタが『玉ねぎと餃子』へ近づくと、古びた扉がゆっくりと開いた。


先に二人の男が姿を現す。


どちらも笑っていた。


「あのデブ、自分に何が待っているか分かってないな。」


「ああ。中村宏に勝てるわけがない。」


チビオタの顔色が変わった。


建物の中からは濃厚なカレーの香りが漂ってくる。


広い店内の中央には、一つのテーブルだけが置かれていた。


その上には四つの大きな丼。


熱い湯気を立てている。


そして、その向こう側に座っていた。


地域チャンピオン。


中村宏。


腕を組み。


自信に満ちた表情で。


まるで挑戦者を待つ王のように。


チビオタは爪を噛み始めた。


そして慌ててデブの服を掴む。


「やめてください!」


「ん?」


「中に入らなくていいんです!」


「入ります。」


「入らなくていいんです!」


「入ります。」


「勝てるわけないでしょう!?」


「なるほど。」


「なるほどじゃありません!!」


チビオタはテーブルを指差した。


「あれ見えますか!?」


「見えます。」


「あれ全部カレーですよ!?」


「そうですね。」


「四杯ですよ!?」


「そうですね。」


「誰にも完食できません!!」


「なるほど。」


「だからなるほどじゃありませんって!!」


チビオタは半泣きだった。


「あれは挑発なんです!」


「かもしれません。」


「だったら帰りましょう!」


チビオタは全力でデブの服を引っ張った。


しかしデブは一ミリも動かない。


逆にバランスを崩したチビオタの方が転びそうになる。


「お願いです……」


「嫌です。」


「なんでですか!?」


デブは中村宏を見る。


その後、店の奥にあるトイレの案内板へ視線を移した。


そして言った。


「倒します。」


チビオタの目が見開かれる。


「本気ですか!?」


「はい。」


チビオタは息を呑んだ。


ついに覚悟を決めたのだと。


そう思った。


だが。


「そのあとトイレ行きます。」


沈黙。


チビオタは天井を見上げた。


「後半の情報、必要でした?」


「必要です。」

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