襲撃 場面:シュティ 2
この手しかないと手持ちのナイフを一本残して全て投擲する。
頭部を狙ったナイフは寸分の狂いもなく飛んでいく。
狙いが正確な分、防ぐのはビーネン一族の者達にとって簡単だ。
反撃をしてくるだろうと備えているなら、なおのことだ。
それでも防ぐ動作が入るので、私の動く隙が生まれた。
隙がないなら作るしかなかった。
投げナイフを防いだ中で、反応が一番遅れていた人物がいる方向へ飛ぶ。
私を迎え撃とうとするが、一手反応が遅い。
空中で身を翻して攻撃を躱して、背後に回り込むと首をナイフで突く。
周囲にいるビーネン一族の者達がナイフと爆弾を投擲してくるが、私は刺突した者の背中を蹴ってナイフと爆弾の方へと押し出す。
蹴った反動で私は安全圏である隣の屋根の上に降り立つ。
空中で爆発音が鳴る中、すぐに走り出して近くの窓からまた屋敷内へと入る。
再び大人数に囲まれる可能性が高い外よりも、トラップの可能性を加味しても屋敷内の方が少人数を相手に出来るので倒せる見込みは高いと判断した。
一番の問題は武器がナイフ一本になってしまったことですね。
屋敷内を探せば、武器を見つけることが出来るかもしれない。だが、都合よく置いてある武器は罠の可能性がある。
敵は何人残っているのか。
屋根上で襲ってきた人数だけなら残りは十一人となりますが、姿を見せていない敵が数人はいると警戒はしていた方がよさそうですね。
このまま反撃しながら屋敷内を走り回っていては体力を消耗して、いずれは追い詰められてしまう。
技量は私の方が上ですが、体力は厳しいですね。人数差から徐々に追い詰められるのは確実です。
こうなっては久しぶりに暗殺者として動く必要がありますね。
近くの部屋に身を潜めて、呼吸を整える。
気配を消して――。
感情を消して――。
自分を消す。
近づいてきた一人目と二人目を足音と共に始末し、再び隠れる。
二人殺られたことで残りが警戒を強める。
爆弾を投げてくるが、既にそこにはいない。
爆弾を投げてきた方向から敵を探して三つ始末。三つも集まっていた。
他は集まってはいなかった。
一つ、また一つ。
背後から、右から、左から、真下から。
始末する。
残りは後いくつか。
気にしない。
近くにいるなら始末する。
何回か始末していると少し抵抗されて、ナイフが折れた。
そいつは折れたナイフの残った部分で始末した。
が、この後はどうする。
目の前の倒れている物からいただこう。
袖口や腰部分を探るために腕を伸ばす。
――!
伸ばした右腕に無数の糸が絡みついた。
糸が飛んできたのは見ていない。
これは最初からこの敵に絡みついていた。
私が武器を漁ろうとすることを見越して、クモの巣のように糸を張っていた。
抗えない力で糸が引っ張られ、私の身体が宙に舞った。
床と壁に叩きつけられながら、糸をほどこうとするが上手くいかない。
痛みで感情と自分が戻ってくる。
「終わりだ」
糸を引っ張る専用の手袋を付けたビーネン一族の男が姿を現した。
「……残りはあなた一人ですね」
「まだいる。今も貴様に狙いをつけている」
「いるのなら、動きが制限されている私は既に始末されています。今、すぐに私が始末されていないということは手段がないことを意味します。私を始末するための人員はいないのでしょう」
「……」
男が沈黙する。
沈黙は私の推測が正しいことを意味していた。
「一人だけなら……勝てそうですね」
「不可能だ。自分で言っただろう。動きを制限されていると。腕の糸は取ることが出来ない。刃物でそう簡単に切れる素材ではない。もっともナイフを手にしていないところを見るに、手持ちの武器はもう無いようだな」
「素手で十分に戦えます」
「なるほど。それはそうだ。素手での戦いも我々は教え込まれている。ならば、油断せずに、近づくのはやめておこう」
糸が生き物のように動いた。
気がつくと私の胴体と右足に巻き付いている。
次の瞬間には私の身体は糸に引っ張られて浮遊し、天井に叩きつけられた。
「――っ!」
天井が脆くなっていたのか、身体の半分くらいが埋まり、天井に固定される。
「天井の木材に絡まったか」
私の身体に巻き付いた糸が破損した木材に絡まったようだ。
「……始末するなら、早くした方がよいですよ。標的に時間を与えるのは――」
「黙れ、もう少し付き合ってもらうぞ。貴様のせいで大勢の仲間を失ったのだ」
「仲間が大事なら、このような事を起こさなければ良かったのではないでしょうか?」
「事を起こしたのも仲間のためだ。無念にも散っていった多くの仲間のための行動だ、決起だ」
「実は結構、驚いていることがあります」
「なんだ? 急に」
「私は一族として過ごしてきました。ですが、一族の者が仲間のためとか……情を持っているとは知りませんでした。普通の人々のような考えを持っていたことが驚きです」
「……どれほど冷徹な一族の教育を受けようとも、情を捨てられん。特に我らのような少数一族は一族全体が仲間であり、家族なのだ」
男の言葉に熱が入っている。
どれも初めて聞く話だ。
ビーネン一族の村ではただ仕事をするための教育を受けていた。依頼を受けたなら相手が誰であれ始末しろ。家族、友人でも関係がないと。
彼らは本当にビーネンなのだろうかと疑問を抱いてしまう。
疑問を抱くと同時に一つの解答も見つける。
「なるほど。あなた達は一族の異端なのですね。教育には無い感情を持ってしまった一部の方々」
「異端だと!?」
「色々と納得しました。本当に一族の中で貴方の言うように仲間や家族という言葉が根付いているなら、今回の件、私達に教える者はいなかったはずです」
「うぅ……」
「少なくとも私達に今回の襲撃を教えた者達はあなた達を仲間、家族と思っていない。そして、これが一族としての総意なのでしょう。共倒れしてくれるのがあの人達にとっての一番の望みでしょうね」
「や、奴らがおかしいのだ。辛い日々を共に過ごしてきた仲間に何故、何も思わない。想い合うことはあるだろう! 死んだら悲しいだろう!」
「私は最近、それについて共感出来るようになってきたかもしれません」
「そうだろ! おかしいのは奴らだ!」
「どちらがおかしいかは勝手に判断してください。私は共感出来るようになったからこそ……あなたは始末しないといけません」
身体を細かく揺すって、天井から剥がれ落ちる。
男は私を床か壁にぶつけようと糸を操作する。
「なっ!?」
男は操作する糸に何の抵抗もないことに驚きの声を上げた。
「気付くのが遅いですよ。あれだけ話をしていたのです。糸から抜け出す暇は充分にありました」
男の懐に入り込み、拳を振るうが、間一髪で身体を反らされて躱される。
「傷ついて満足に動けない身体では接近したところで……」
「これだけ動ければ充分です。欲しい物は掴みました」
「は?」
先程振るった私の拳は男が操作していた糸を掴んでいる。
男が次の動きをする前に糸を両手に持ち直して、男の背後に回り込んで糸を首に巻き付ける。
が、締め上げる寸前に首と糸の間に指を数本差し込まれた。
「惜しかったな。力では私の方が上だ。締め上げることは出来んよ」
男は糸と首の間に出来た隙間に両手の指を突っ込み、締め上げを解こうとする。
「ですね。でも、両腕の拘束が出来たので問題ありません」
糸から手を離す。
今度は自分の頭の後ろ、星と月がデザインされた簪を掴んで引き抜く。
纒められた髪がほどけるより前に簪の先端を男の首の後ろから喉へと突き刺した。
「がっ――」
低い息が漏れる声を出して男が倒れていく。
倒れていく男の首から簪を引き抜くと付いていた血を振り払い、一仕事終えた簪を眺める。
丈夫だと感じたのは間違いなかったようで、首の骨を貫いたというのにわずかな反りも発生していない。
ピンっとまっすぐな棒の後方、星と月の装飾がゆらゆらと揺れていた。
「買っていただいて良かった」
心からの言葉が緩んだ口元から漏れ出た。




