剣戟
「では、そろそろ、私からも攻撃しないとな。すぐに死ぬなよ」
ろくに構えていない体勢からエーブの剣が横薙ぎに来る。なんとか反応して剣を合わせられたが、エーブは片手なのにも関わらず、力で押されてしまう。
「防いだのは見事。だが、ちゃんと堪えてないと首が飛ぶぞ」
ジリジリと近づいてくるエーブの剣に対して、俺は自分の剣を上斜めに反らして力を逃がす。エーブの剣が上斜めへと沿っていくのに並行して、俺は最小限の動きで剣を引き、エーブの胴体へ向けて、突き出す。
金属同士がぶつかる音がする。
上へと反らしたはずの剣をエーブは高速で振り下ろして、俺の突き出した剣を弾いた。
剣を弾かれた俺は、今度はその場にこらえることはせずに勢いを利用してエーブから距離を取る。
「いい判断するじゃないか」
「……」
軽快に口を開くエーブと違って、俺に返事をする余裕はなかった。弾かれた際の腕の痺れが残っていて、痺れを抑えようと両手に力をこれでもかと込める。
「名前を教えてくれないか。どうせ死体から判明するんだ。今、答えても一緒だと思うが?」
手の痺れが取れてきたので、少し力を抜いて息を吐く。
「一緒じゃないな。俺は死なないから、ここで答えて、万が一にもお前に逃げられたら大変だ」
「口は剣と以上には達者みたいだな」
変わらず、からかう口ぶりのエーブに対して、この後、どのように戦うかと考える横で、エーブほどの使い手とラティウスだった頃の俺が戦っていたのなら、覚えているはずだと疑問を抱く。ラティウスの頃、クローセさんを助けるために侵入した際、闘技場へ辿り着くまで手強い相手には遭遇した記憶がない。
曖昧な記憶は多いが、強い相手となれば覚えているはずだ。なのに覚えていないということは俺はエーブと戦っていないことになる。今、相対しているエーブの性格からして、侵入者相手ならば躊躇なく殺しに向かってくるだろう。
儀式の時はフレスも闘技場に居たはずなので、彼の警護をしていたために、侵入者の迎撃には来ていなかったとしても、俺達が闘技場まで侵入して儀式の邪魔となればフレスが倒すように命令したはずだ。
あの時はラティウスである俺とトルテが闘技場に乗り込んだのは、悪魔が召喚される寸前だった。
俺達の姿を見たクローセさんは拘束されながらも、妹であるリヒテを悪魔召喚のために用意されていた魔法円から俺達の方へ弾き飛ばした。結果、儀式の生贄はクローセさんだけとなり、儀式は不完全で行われた。不完全で行われた結果、悪魔は召喚されたが、誰の命令も聞かずに、その場の全員を襲い始めた。
最初の襲われたのは闘技場の観客席という目立つ場所に居たフレス達だった。
フレス達がそこに居たのならば、エーブも近くに居たのだろう。雇い主であるフレスを守るために、エーブが俺達より先に悪魔と戦って死んでいたのなら、記憶にないのは当然だ。
よくよく考えてみれば、当時の俺とトルテの実力で不完全に召喚されたとはいえ、悪魔を倒せたのは不思議だった。エーブが先に戦っていて、悪魔に傷を負わせていたのだとすれば、俺達が倒せたのも納得が行く。
もし、この想像通りだとすれば、エーブのおかげで悪魔に勝てたことになる。