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ヴァレリアン公爵夫人の緩やかな告白  作者: 丹空 舞


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23/28

登場と思惑

絢爛豪華な劇場の前のサロンには、仕事帰りのシャルルが待っていた。

見慣れたステッキがなければレベッカでも話しかけることを躊躇ったかもしれない。

物憂げで青白ささえ感じさせる美貌は、良くできた蝋の人形のようだ。

だがしかしその実態は、レベッカとの逢瀬を楽しみにし過ぎたあまり、緊張と興奮でろくに昼食をとることもままならなかった結果であったが、そんな事実はおつきのジャン以外知ることが無かった。


(ひるんじゃいけないわ。レベッカ。シャルル様がせっかく一緒に行こうと誘って下さったのだから)

「お待たせいたしました」

と、レベッカはコルセットが要らないくらい腹筋に思い切り力を入れて、シャルルに話しかけた。

シャルルの長い睫毛がレベッカを捉えた。


この時、一人の男がサッと物陰に消えていった。

ローラの実家の手の者であり、今回のローラお嬢様の『ちょーほーごっこ』に付き合わされている哀れな諜報団の一人だ。仮にも王家御用達の諜報団に所属している彼はプロなので、対象者であるヴァレリアン公爵シャルル、夫人レベッカには全く気付かれることはなかったし、周囲の貴族たちも彼の存在自体全く気にしなかった。彼と入れ替わりに、地味なドレスを着た令嬢とありふれた容貌と雰囲気の男性が、腕をとりあってシャルルとレベッカの後ろに待機する。こうして、ヴァレリアン公爵と夫人の様子は使用人ローラとその仲間たちに逐一伝えられることになっていた。


そんなこととはつゆ知らず、幸運にも劇場に居合わせた貴族たちは口々に囁き合った。


「公爵夫人だ」

「ヴァレリアンの……まあ、すごいものね」

「あんなに大きな宝石を初めて見たわ」

「なんて美しいご夫妻だろう」

「あの夫人の姿を見た? なんというか、まるでカンパニアの泡から生まれた妖精のようだったわ」

「シャルル様は貫禄をおつけになったな」

「奥方ができてからいっそう冷徹になったと」

「はあ、荘厳といってもいいわね」」

「なんて美しいドレスなの」

「ご夫妻で観劇だなんて、仲がよろしいのね」


ひそひそと囁き声がさざ波のように、ヴァレリアン夫妻の周りに広がっていく。

しかし、当の二人にはそんな声は一つも耳に入っていなかった。


「……待っていない。全く」

と、にこりとも笑わずに言ったシャルルは、半刻も前に到着していた。

その証拠にダーク・スーツのジャケットは冷え切っていた。

レベッカが遅れたわけではなく、シャルルがそわそわして仕事にならなかったので、諦めて早々に会場入りをしたのだった。


そんなシャルルを見上げるようにして、レベッカは花のほころぶように微笑んだ。

「ふふ、ありがとうございます」

「何がおかしいんだ」

「あら。久しぶりにシャルル様と二人でゆっくり過ごせるのだなと思うと、自然と笑っておりました」

「ぐ……」


シャルルは美貌をゆがませた。


「シャルル様。ウサギを丸呑みなさったかのようなお顔をされていますが……大丈夫ですか」

「レベッカに微笑みかけられて心臓が止まりそうになった」

「まあ」


互いに、ふふ、と笑い合いながら、ぎこちないエスコートで夫妻はボックス席に向かった。

開演を知らせるオーケストラの鳴り物と共に、客席のドアが開かれる。


シャルルとレベッカはこのとき、非常に緊張していた。

(シャルル様、やはりとても格好が良いわ。どうしましょう、私はおかしいところはないかしら。いいえ、エレーヌに任せたから見た目はきちんとしているはずだわ。でも没落した家の娘だと後ろ指を指されないようにしていないといけないわ。変な女を連れているとシャルル様が後ろ指をさされないように、堂々としていなければ! せめて姿勢だけはよくしましょう)

(レベッカの腕が触れている……腕だけではないかもしれない、なんとなく柔らかい気がする……だめだ、フォーク事件の二の舞になってはならないとジャンとも約束をした。余計なことは考えず、堂々とレベッカをエスコートする。もういっそ従者の気持ちになろう。そうでもしなければ有象無象の色ぼけ貴族の男共からレベッカを守れないからな。どうしたってレベッカは美しすぎて目立ってしまうのだから、俺は影として夫としてレベッカを守らなければならないな)


このような思惑の二人が、気合いを入れて劇場の大きな扉から入ったのだった。

ぴかぴかの革靴と、まるで宝飾品のように輝くヒールが紅い絨毯を踏んだ。

ギャラリーが注目する仲、ヴァレリアン夫妻は金と銀の対の動く彫刻のように、風格さえ漂わせて登場したのだった。

感嘆のため息の中、夫妻は悠然と貸し切っている一等のボックス席に腰を下ろした。

その瞬間、オペラの荘厳な演奏が始まった。

当人たちは全く気が付いてはいなかったが、他の貴族たちにしてみれば、まるで彼らが主人公のようにさえ感じられる完璧な登場だった。


(ふう。ヒールが歩きにくいわ。腰が曲がっていなかったかしら。なるべく真っ直ぐ前を見て堂々と歩いたつもりだったけれど……やっぱりいつもの園芸用のぼろの長靴が恋しい。庭のロゼッタたちは夜露に濡れてないかしらね。冬の寒さを乗り越えてくれたらいいのだけど)


(よし、レベッカをちゃんとエスコートできたぞ! できたよな? できた、たぶん。転ばなかったし、腕を強くもつかんでないし、レベッカを先に座らせたし、席も間違えていない! やれば俺だってできるじゃないか。ジャン! やったぞ。帰ったらすぐジャンに報告しよう)



オペラはローラのいちおしの恋愛ものだった。

が、周囲の思惑とは異なり、ヴァレリアン夫妻の胸中は


(庭仕事がしたいわあ。そういえば春に向けて球根をそろそろ植えよう)

(報告といえば今日対応した訴訟案件だが、どう進めていくべきか)


と、全くラブロマンスに集中できていなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 貴族社会に仲良しアピールできただけでももう十分なんじゃ?? と読者的にも気弱になってしまう残念デートが面白かったです(;^_^A [気になる点] だがまだデート大作戦は始まったばかり! 次…
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