異変と察知
聖堂から聞こえてくる鐘の音が、夜のとばりを告げる。
レベッカとシャルルは並んで劇場を出た。
「素晴らしい演目でしたわね」
「ああ。あの主役の女性の歌が、上手かったな」
「ええ」
主役の歌手なのだから上手いのは当然である。
周囲から観れば、美麗な男女が睦言を交わしているのかと勘ぐってしまうが、単純に誰でも分かる至極当然のことを言っているだけだ。
そんな話題しかないほど、二人は気を張っていたとも言っていい。
(次はお食事ですね。テーブルマナーは忘れてしまっていたけど、これまでも少しずつクロエさんに教えてもらっていましたし……でも、私が知らない料理が出てきたらどうしましょう。なんだかデロデロした大きな貝とか……いえ、シャルル様がいるのだからきっと大丈夫)
(次は食事か。絶対にこの前の二の舞にはなるまい。レベッカにみとれていては食事に失敗すると俺は学んだ。食事のときはなるべくレベッカの後ろの方を見よう。壁とか、窓とか)
街の外れ、小高い丘の上にある高級レストランに入った二人は、予約していた席に着いた。
パンがおいしいという触れ込みの小洒落た店だ。
シャルルは教科書通りの完璧なエスコートであったし、レベッカの方もマナー教本通りのお手本のような座り方だった。
(やったわ、「淑女の振る舞い」に書いてあった通りにできたわ)
(よし、「紳士のエスコート」に書いてあった通りにできたぞ)
恋愛や異性との交友に関しては5歳児並の彼らは、教本通りにできたということを純粋に喜んでいた。
淡いオレンジとピンクが広がっていた空はもう暗く、外は街の灯りが灯り始めていた。テーブルは小さなキャンドルの灯りに照らされ、優雅な雰囲気が漂っている。異国情緒ただよう、緑の目をしたウエイトレスが、真っ白なトーションを優雅に携えて二人を出迎えた。
料理はアートのように美しく盛り付けられ、色とりどりの食材が鮮やかな調和を奏でている。始めに、新鮮なサラダが彩り豊かに並べられ、その中には摘みたてのハーブと共に輝くトマトやアボカドが鮮やかに輝いている。サラダの上には、カンパニアヴィネガードレッシングが上品にかかり、香りが漂っている。
メインディッシュは、厳選されたプライムビーフがジューシーに焼かれ、赤葡萄酒のソースが贅沢にかかっていた。その隣にはバターでじっくりと焼き上げられた新鮮なロースト野菜が並んでいる。肉はナイフを入れるとジュワッと肉汁があふれ、その香りが誘惑的に広がった。
品書きによれば、次は『シェフ特製のデザート ~イマージナリィな旬のフルーツを添えて~』のはずだった。レベッカは炭酸水を一口飲んで唇を潤した。
(本当に美味しいわ)
ディナーが進み、にっこりと微笑むレベッカにシャルルはぎこちなく微笑み返した。
そして、彼は先日の反省を生かして窓の外を見た。
(レベッカばかり見ていると食事に失敗しそうだ……。)
金色のレベッカの髪を透視できないかとシャルルは試みた。
そんなことはできるはずもなく、窓の外にじっと視線が注がれただけだったが。
「ちょっと失礼する。もうデザートを出してくれ。レベッカ、先に食べていてくれないか」
シャルルは立ち上がって席を離れた。
(お手洗いかしら。それにしては少し焦っていたようだけど)
レベッカはシャルルの後ろ姿を見送った。
シャルルは早足で外へ出て行った。
何か見つけたのかもしれない。
すると、ちょうどそのとき、ラソワのように滑らかな白いムースが、華やかな器に美しく盛り付けられたデザートが運ばれてきた。その上にはフレッシュなベリーコンポートが添えられている。
レベッカの目が輝いた。
(先に食べていて、いいのよね?)
一口食べると、甘さとほろ苦さが絶妙に調和し、舌の上で幸福な余韻が広がっていく。




