第113話 接続
帝国領の魔鉱石採掘地で「星の嵐」の接近に気付いたアレクシスは、連日連夜、角翼竜ヴェータを飛ばして、エアデーン王国を目指した。
もともと魔鉱脈を見つけ次第、一人で離脱する約束で引き受けた新魔鉱脈発掘だったのに、次の作業工程が終わるまではと、ズルズルと引き留められていたのだった。
アレクシスは、ジーラント帝国人の乗る翼竜はエアデーン王国との協定により、ダリヤーム川を越えてはいけないことになっている、というのは知っていた。
だが今回、緊急事態ゆえにその協定を無視して、角翼竜ヴェータでダリヤーム川を渡り、王国に入国することにした。
アレクシスは王国領内に入るとすぐに、「神の指先」で王国の星の塔の「神の石」に接続し、「環境保護システム:アーエリオス」の遠隔操作を開始しようとした。
だが、国境の川であるダリヤーム川を渡りきる直前で、乗っていたヴェータが、突然低い鳴き声を上げて苦しみだした。
〈どうした!? ヴェータ!〉
〈……こ、これが『対翼竜防壁』……。王国の星の塔の『環境保護システム:アーエリオス』の、防御機能のひとつ、ですわ……〉
ヴェータは苦しみながらも、ダリヤーム川の王国領側の川岸に何とか着陸し、アレクシスを降ろした。
アレクシスは、ヴェータの背から降りるとすぐに「神の指先」で「神の石」に接続し、ヴェータに言われた情報を調べた。
野生の翼竜には協定など関係ないのに、翼竜たちが王国に渡ってこないのは、王国の星の塔のアーエリオスの「対翼竜防壁」のおかげらしい。
その防壁の発する特殊な魔力波は、翼竜の脳波を撹乱する作用があり、不快で、長くは居られず、翼竜たちは防壁内への侵入を本能的に忌避する……、とあった。
〈もうここでいい、ヴェータ。ここでも『神の石』に接続出来るから、ここでアーエリオスを操作する。だから、お前は帝国領内に帰れ〉
〈御主人様、……申し訳ありません。……ですが、つがい様にお会いしないと……。つがい様は、祝福の副作用で……、今頃、苦しんでおられるはず……〉
〈……だが、その様子では……〉
〈国王に特別な鱗を与えられた角翼竜は……、防壁を無効化され……、王国内に入ることが出来たと……、わたくしの記憶が……、伝えております……〉
そうヴェータは途切れ途切れの思念で伝えてきた。
ヴェータは、代々の角翼竜の持つ記憶を受け継いで生まれた角翼竜だ。
思い出すには「きっかけ」が必要らしいが、今、ヴェータを苦しめているこの特殊な魔力波が、そのことを思い出させたのだろう。
アレクシスは、「星の嵐」より先に「対翼竜防壁」について、「神の指先」を動かして、その脳内にさらに詳細な情報を検索して引き出した。
〈過去に、数名のハイラーレーンが、『対翼竜防壁無効化プログラム』の入った星屑を、理性ある角翼竜の鱗の下に埋め込んで、その角翼竜だけ王国内に自由に出入りさせ、会話を楽しんでいた、と記録がある〉
これを聞くと、ヴェータは苦しみながらも、嬉しそうな鳴き声を一声上げた。
〈やはり、そうでしょう? ……わたくしたち角翼竜は、時々、ハイラーレーンの方々と……、交流を持っていましたから!〉
「対翼竜防壁」を無効化するプログラムの入った星屑をヴェータに埋め込めば、ヴェータは自由に王国領内を飛べるようになる……。
ヴェータの活動域が広がることは、アレクシスにとっても、ありがたいことだった。
〈よし、今から『王国の星の塔』の全魔力を、『星の嵐』に対峙する魔光幕に集中させる! 『対翼竜防壁』は、それで一時的に無効化状態になるはずだから、『星の塔』を目指して飛んでくれ! 『対翼竜防壁無効化プログラム』の入った星屑は、塔内部の『神の石』に直接触れないと作れないんだ〉
そう言ってアレクシスは「神の指先」を高速で動かして、全魔力を、魔光幕形成に仕向けるよう操作を開始した。
ヴェータの体がだんだん楽になっていっているのか、次第に呼吸が落ち着いてきた。しばらくするとヴェータが、
〈もう大丈夫ですわ! ですが、少々お待ちください。今『対翼竜防壁』が弱っているのは、一時的なものだから、王国に渡らないよう、近くにいる仲間に警告を出しておきますわ!〉
と一鳴きして、天に向かって再び口を開けた。アレクシスの耳には聞き取れない音を立てているのだろう。
〈終わりましたわ、さぁ、お乗り下さい!〉
ヴェータはそうアレクシスに伝えた。
アレクシスは再びヴェータの背に乗り、アーエリオスの魔光幕の状況を脳内で監視しながら、王都エアデーリャにある「星の塔」を目指した。
そうしてアレクシスが「星の塔」に姿を現したことで、神官長のジョゼフには、自分が次代のハイラーレーンだと気付かれたかもしれない。
だが結果的に「星の塔」に行って良かった。
その場にいた神官が、リゼットが今、休暇中で、星の嵐の進路であるグレーンフィーン領にいると教えてくれたからだ。
……そしてリゼットの無事を確認するために、再びヴェータに乗って、自分が展開した魔光幕を追うように、ここグレーンフィーン領まで来たのだった。
***
アレクシスが目を覚ました時、寝かされていた部屋には誰もいなかった。
ベッドサイドにある時計は昼過ぎを指している。
昨晩、リゼットの無事を確かめた後、倒れるように眠ってしまったらしい。
足元で寝ていた犬のバロンが、アレクシスの起きた気配に気付き、尻尾をブンブン振りながらアレクシスの顔に近づいてきた。
バロンに会うのは久し振りなのに、どうやら自分は忘れられてはいなかったようだ。
バロンが顔を舐めてこようとするのを押さえ、頭を撫でてやると、首を回して、アレクシスの手首を舐め回してきた。
アレクシスはバロンの首元に埋め込まれている、脳機能拡張端末である「星屑」に触れた。
「星の支配者:ハイラーレーン」となった時に授けられた「神の指先」で、バロンの記憶野を補完する「星屑」の情報に接続する。
アレクシスの拡張脳に一気に流れてくるイメージの断片を流し見た。バロンの直近の、印象に残っている記憶からイメージが流れてくる。
……「星の嵐」の恐怖の記憶、泣いているリゼット、汽車の移動、毎日のように届く花、薄着の友人と暮らす家、引っ越し、ピアノの上手な新しい友人、足を痛めて散歩にいけないリゼット、熱を出して寝ているリゼット……。
リゼットはレイマーフォルス家のタウンハウスから引っ越して、今は以前アレクシスが《味方になるよう》暗示をかけたジェニファーと暮らしていること、そこで慣れない家事をしていることも分かった。
グレーンフィーンの副作用で早速倒れていたこと、足を痛めたこともバロンに埋め込まれた「星屑」は伝えた。
素早くスクロールしてざっと見ただけだが、バロンの記憶で多いものは、悲しそうなリゼットの様子だった。
この半年間、昨秋に別れた時の、彼女の不安に揺れ動く瞳が忘れられなかった。
バロンの記憶野に多く刻まれてきたリゼットの憂い顔は、彼女が十八才になるまでに迎えに行く約束を反古にしてしまったせいかもしれない……。
アレクシスはぎゅっと目を閉じ、口を引き結んだ。そしてバロンから「神の指先」を離した。
ベッドから起き出すと、部屋に繋がっているバスルームに行った。
鏡の中に映る自分の顔には、連日の強行軍で伸びた無精髭が生えていた。
カントリーハウスは停魔電し、断水もしていた。バスタブに汲み置かれた水は貴重だろうが、たらいにくんで顔を洗い、髭剃りを借りて、身だしなみを整えた。
「星の嵐」が王国に近づくようになってきているとウィリバートからの助言があった。注意していたが、結果的に対処が間に合わず、グレーンフィーン領を巻き込んでしまった。
この半年間の遅れのせいで、リゼットを泣かせ、グレーンフィーン領の国民にも迷惑をかけてしまった。
十四の年にエレオノーラの気まぐれで「ハイラーレーン:星の支配者」となり、タルールに渡ったアレクシスは、ついに王国へ帰って来た。
もう自分は二十才を過ぎ、未成年のハイラーレーンではない。
この事態を招いた責任を感じ、まずは現地の状況を把握すべく、アレクシスはベッド脇に置かれていた自分の断熱コートを羽織ると、屋敷の外に向かった。




