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緊急依頼

 

 リュードにある酒場の一隅。陽の当たらない奥の席から声は聞こえた。


「ちょっとアイン! あんた何また遅刻してんのよっ!」


 声を上げたのはまだ小学生くらいで130センチ届くかどうかといった小さな女の子だ。とんがり帽子を被りローブを纏うその手には大きな魔石の付いた杖が握られている。


「はははっ、女性が僕を離してくれなくてね。これでも急いで来たんだけど待たせてしまったかな?」


 果てしなくウザいセリフを吐く青年は前髪をかきあげて「レディーがそんな大声をあげたらはしたないぞ」と逆に注意する程マイペースな男だった。


「うっさいわっ!」


「落ち着けよジャスミン。いつもの事だろ」


「そーそー、何言ったって治りっこないって、もー」


「モニカさんの言う通りですよ、ジャスミンさん」


「はー。もぅ、わかったわよ」


 ジャスミンは何度目になるだろう深い溜息を吐きながら席に着いたアインと仲間達を見渡す。



「それでいいかしら。集まったのは当然今回の緊急依頼の件よ」


 ジャスミンから出た緊急依頼という言葉で、ふざけた雰囲気は直ぐに霧散し真剣そのものになる。


 切り替えの速さも一流の証しだ。性格は兎も角として。



「ギルドから得た情報はまずゴブリンキングの変異種が出現した事よ。ゴブリンキングが現れたにしては被害報告が村一件だけと規模が小さ過ぎる事。そしてその変異種の強さがBランクどころかAランク、もしくはSランクに匹敵するかも知れないと言う事らしいわ。その原因を調べる為にダイールの森の奥にある廃棄されたダンジョンを調査する事が今回の依頼内容よ」


「変異種とか初めて聞いたんだけど? ほんとにそんなに強くなるのー? っていうかそんな化物誰が討伐したの?」


「モニカの疑問も最もだな。だがリュードでそれが出来るのはアイツしかいないだろう?」


「スカイランサーか。確かにAランクを相手に出来るのは彼等くらいだろうな」


 アインもゴブリンキングの脅威度をAランクと決め付けていた。例えSランクに匹敵すると言われても彼等にしてみればたかがゴブリンである。油断はしないが脅威と見なす程でもない。


「それで依頼額はいくらだい?」


「金貨20枚よ。緊急の指名依頼とはいえ調査にしては奮発したわよね」


「なに、僕らはAランク筆頭のパーティーでリュードの顔なんだ。それくらいは出すさ。それにスカイランサーに頼まず僕らを指名したギルドはどちらが上かがよく分かっているようだね」


「だよねだよねー」


 本来なら同じAランク冒険者パーティーであるスカイランサーが報告と同時に受けるであろう案件をギルドはわざわざドラゴンファングに持ってきたのだ。それだけでどれだけ重要な依頼か、信用されているかがアインは分かると言う。


 彼等は勝手に納得しているが実際にはスカイランサーは一切関わってなどおらず勘違いでしかないのだがプライドの高い高ランク冒険者であるドラゴンファング一行はそうだ、そうだと都合良く解釈してしまっていた。



「だがこの街ではこれが最後の依頼になるな。これが終わったら王都に行かなければいけないからな」


「あー、もうそんな時期か」


「王都である剣闘技大会だっけ? アインも出るんだよねー」


「そうさ。この大会で優勝すれば僕は王国最強の称号を手に入れる事が出来るからね。レベルの上がった今の僕ならSランク相手であろうと戦えるさ」


「Sランクと言えば王国唯一のSランクパーティー、スターゲイザーにはアレックス殿下がいましたね」


「それと王国最強のジャック・カーマイン! 貴族様なのに強いってどんだけー」


「貴族は私兵を使って楽にレベルを上げてるからな。一般人よりは強いだろうがステータスだけだ。彼等は特別だな」


「ジャック・カーマインか。彼を倒すのは俺だ。アレックス殿下も俺が倒して完全勝利してみせる!」


「まぁ実際アインならいい所まで行くでしょうけど今は依頼を片付けましょう。私とモニカとマリーが買い出しに行くからあんた達は足を確保して頂戴」


 ドラゴンファングのリーダーはアインだが実際にメンバーを纏めて指揮するのはジャスミンだった。


「了解だ。それじゃあ頼むよ、いこうか」


「ああ」



 アイン達が席を立った後ジャスミン達も立ち上がる。



「それじゃあ先ずは道具屋に行ってポーションと魔法薬を仕入れておきましょうか。それといつもの非常食ね」


「私それきらーい。干し肉とか塩辛いだけだしー」


 盗賊であり斥候担当のモニカの舌は子供舌で好き嫌いが激しいのだ。


「ですが生ものを持ち運ぶ訳にもいきませんからね。モニカさんも我慢しましょう? わたくしも我慢しますから」


 修道女で巫女のマリーは仲間を優しく包む潤滑油である。母性を感じさせる微笑みと豊かに実った肢体は時に、悪戯好きなモニカを度々暴走させる。


 えー。と言いながらモニカはマリーの豊かな胸元を見てニヤニヤする。


「私もマリーみたいに我慢したらそんなおっきなおっぱいになるのかなー? ほらほらっ!こぼれちゃうよー!」


「あっ! だめっ、ですっ! あんっ!」



「あんた何してんのよ!」


 注意するジャスミンだが。


「何って、あー」


 ジャスミンの一部を見て可哀そうな顔をするモニカ。


「大丈夫だよー! ジャスミンもこれから大きくなるよ! 多分?」



 っ!



「大きなお世話よっ!!!」



 需要なんて幾らでもあるんだから!と叫ばずにはいられないジャスミン。



 成長期を感じる間も無く17という年を経て、身長も胸も幼少の頃より何も変わらず、変わらず過ぎて涙が出て、それでも変わらなかったこの体。


 既に諦めの境地である。



 はぁ、需要があるなんて言っても変態だけは勘弁よ。


 自分が好きな人、イコール、ロリコンの方程式である事に今日何度目かの溜息を吐きながらモニカとマリーを連れて準備に取り掛かった。










「道具は一通りは揃いましたね、ジャスミンさん」


「そうね。あとはもういいかしら」


 忘れ物はない?とジャスミンはモニカとマリーに確認する。


「大丈夫だよー。ねぇねぇ、お腹減ったしちょっと食べて行こうよ」


「ほんと自由ねあんた。わかったからマリーを弄らない!」


「それじゃあこないだエミリアが美味しいって言ってたお店に行こうよー」


 エミリア? ああ、確か新しくギルドに入った受付嬢ね。美人だけど話したら可愛い女性だったわね。まぁギルドも冒険者相手の客商売だから受付嬢も美人ばっかりだけどね。


「どこにあるのよ。あんまり遠いのは却下だからね」


「直ぐ近くー?」


「モニカさん?」


 モニカの視線の先には丁度話題に上がったエミリアが歩いていた。エミリアもこっちに気付いたようで近付いて来た。


「こんにちはみなさん。今日はみんなでお出掛けですか?」


 呑気に声をかけたエミリアだが当然ドラゴンファングがギルドの緊急依頼を受けている事は知っている。街の外に出る依頼の為買い出しだろう事も予想しているが顔に出さないだけである。


「ええ、丁度モニカがエミリアから聞いたお店に行きたいって言ってたのよ。どう、是非一緒に如何かしら」


 んー、と可愛らしく頬杖ついて考えるエミリア。その仕草にイラッとしながらも確かに可愛いわね、と納得してしまい怒るに怒れないジャスミン。


「それでは是非ご一緒させて下さい。私も丁度今から行くところだったんです」


「そう、それじゃあ案内して貰っていいかしら。モニカじゃ当てにならなくて困ってたのよ」


「なんでっ! 私分かるよー!?」


「分かってたらマリーを弄らないでしょ」


「もー。心配しなくてもぺったんこでも大丈夫だよー」



「しつこいわっ!!!」





「あの、案内してもよろしいですか?」


「はい、いつもの事なので大丈夫ですよ」


 2人のやり取りを見て困るエミリアと平常運転だと割り切るマリーが「行きますよ」と声をかけて歩き出した。









 エミリアが案内したのは何処にでもあるような酒場の食堂だった。ジャスミンは食事にまで冒険は求めてないので店を見て取り敢えずの評価は上々である。


「あら、いらっしゃい。エミリアさんは今日はお客様ですか?」


 出迎えたのは看板娘のメリッサだ。メイド服にも見えるウエイトレス服を着たポニーテールの美少女だ。だが彼女の明るい笑顔にノックアウトされて手を出そうなど考えてはいけない。スラリと伸びた細く美しい足から繰り出される一撃によって沈んだ冒険者は後を絶たないのだ。


「こんにちは、メリッサさん。はい、お食事もして行きますけど先ずはこれを店主にお願いしますね」


 そう言ってエミリアは腕に下げていた籠をメリッサに渡した。


「いつも有難う御座います。ご主人様にも宜しくお願いしますね。好きな席に座ってお待ち下さい」


「はい、ご主人様にも伝えておきます」



 メリッサが厨房に消えたのでジャスミン達もエミリアと一緒に席に座って料理を待つ事に。


「・・・色々と疑問があるんだけど」


「はい? 何ですかジャスミンさん」


 んっ、と咳払いして単刀直入に言うけど、と。


「先ずだけど、エミリアが言ってるご主人様って誰かしら。あまり詮索するのも悪いから答えられるならで構わないわ」


 それにはモニカとマリーも気になっていた。それも年頃の娘だ。人の色恋は気になる物なのだ。


 それもギルドの受付嬢という冒険者から言い寄られて幾らでもモテる環境にいるエミリアが呼ぶご主人様とは誰?と。それにここの店の看板娘のメリッサもご主人様と呼んでいた。2人の共通の人物などジャスミンに分かる筈もない。


「んー、済みませんが答える事が出来ません。ですがとても素敵な方で私もメリッサさんも心からお慕いしている方なんです」


 申し訳なさそうにしながらも惚気が入るエミリアに、それって二股じゃない、と思いながらご主人様って呼ばせるなら貴族なのかと考えるジャスミン。


「さっきのメリッサって人もそのご主人様が好きなのー?」


「はい、大好きですよ。私も大好きですし」


「まぁ、それは素敵ですね!」


「ちょっとマリー。それって二股掛けてる訳でしょ。あんたシスターなんだから何か思わないの?」


「貴族の方ならばなにも不思議ではありませんよ。それに愛の形は人それぞれです。二人方が幸せなのはその方を語る顔を見れば一目瞭然ですよ」


「マリー心が広い!」


「はぁ、分かったわよ」


 やれやれと肩を竦ませた。


「それでまだ料理を頼んでないんだけどここはお任せなのかしら」


「今日は特別メニューになるんですよ」


「それってさっき渡してた物が関係してるのかしら」


「はい、そうなんです。味は期待していいですよ」


「やったー。楽しみー」


 はしゃぐモニカを横目にジャスミンは。


 そう言えばメリッサがご主人様に宜しくと言っていたわね。エミリアもどこか誇らしそうにしてるしそのご主人様経由な訳ね。


 エミリアの話すご主人様が気になりながら食事が運ばれて来るのを待っていた。









「すっごい美味しそうー!」


「はい、いい薫りがしますね。チーズの少し焦げた感じがいいですよね」


「ええ、でもグラタンの上に乗ってるのは何かしら。お肉?」


 ジャスミンが気になったのはグラタンの上に乗っている円盤状の薄い塊だ。エミリアがそれを説明してくれる。


「そうですよジャスミンさん。これはハンバーグって言うんです。お肉を細かく刻んでから纏めて形を整えてから焼くので手間の掛かる料理なんですよ」


「へぇ、初めて聞いたわね。それじゃあ頂きましょうか」



 初めて食べる料理に興味深々になりジャスミンはエミリアの言うハンバーグに手を伸ばした。サイズもちょこっと乗ってるだけなので自分にも丁度いい大きさだと見た目の評価も上々だ。



「っ!」


 美味しい!


 見た目だけでなく味も一流だった。


 簡単にスプーンが入るくらい柔らかく、濃厚な肉の旨味、口の中に広がる肉汁の脂もしつこくなくてお肉をあまり食べないジャスミンも虜になってしまった。


「おーいしー! ねぇねぇマリー、すっごく美味しくない!?」


「ええ、モニカさん。こんなに美味しい料理は初めてです。エミリアさんも紹介して頂き有難う御座います」


「いえいえ、とんでもないです。お口に合ってよかったです」


「もーマリーったら。私が行こうって言ったんだよー」


「はいはいモニカのおかげね」


「ぶーぅ」


 適当にモニカをあしらい昼過ぎだと言うのに繁盛しているようだとテーブルが埋まった店内を見た。


「良いお店ね」


「有難う御座います!」


 振り返れば看板娘のメリッサがお冷を持って立っていた。


「お冷のお代わりお入れしますね」


 美人の看板娘でサービスも良く料理も一流。これは人気になる筈だとジャスミンも感心する。他の店なら水だってお金を取るものだ。


「ありがとー。料理もとってもおいしいよー」


「有難う御座います。皆さんはエミリアのお友達ですか?」


「友達っていうか冒険者よ。ドラゴンファングって聞いたことないかしら。結構有名だと思うんだけど」


「えー!? ドラゴンファングってあのリュード一番の冒険者パーティーですよね! あー! ジャスミンさんが噂の獄炎の幼女ですか!」


「だれが幼女よ! 私は17の立派なレディーなんだからね!」


「「・・・」」


 身長130センチに届くかどうかのジャスミンが無い胸を張って叫ぶ。


 その姿はどう見ても立派な幼女だった。



 リュードに住む者でドラゴンファングの名を知らない者はいない程彼等は有名だった。何しろ数少ないAランク冒険者でありSランクも噂されるリュード筆頭の冒険者だからだ。



「まぁまぁ落ち着いて下さいよ。メリッサも驚いただけですから。それに実力を知れば見た目でとやかく言う者なんていません」


「はぁー。分かってるわよ」


 ジャスミンがため息を吐くのは日常みたいなものだ。


「あのー、気になったのですけど冒険者の方ってどうやってパーティーを組まれるのですか」


「そんなの皆んな色々よ。基本は同じくらいの実力である事が前提だし、パーティーのバランスだったりリーダーの方針だったりね。そういうのを加味して仲間を募るのよ。合う合わないで解散する事もよくあるしね」


「命を預ける相手だもんねー。それはもう簡単に信用出来ないよー、ねー」


 意味ありげに見てくるモニカをジャスミンははいはい、と受け流す。


「それではジャスミンさん達はどうやって集まったんですか」


「あー私達ねー。まあ成り行きよね」


「成り行きってゆーか、強制?」


「してない。同意したでしょ」


「選択肢なかったからねー」


「それは、どういう状況だったんですか」


 不安気になるマリーに努めて明るく話す。


「別になんて事ないわよ。まあ過去の話だけどモニカはいいの?」


「だってもう昔の事だしねー」


 そう、わかったわ。そう言ってジャスミンはドラゴンファングが出来るまでを思い出しながら話し始めた。




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