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神殺しの勇者  作者: volt
一章
3/9

「迷森の悪魔」2

 おきると、なんだかやさしい何かに包まれているようだった。そうとてもふわふわで暖かい存在だ。

 そこまで分かると急にサラが俺に膝枕している所が急に思い浮かんだ。彼女の膝は健康的、なのだろうか?最近、訓練し始めたとかいっていた・・・し?


「はっ!」


 なんだか悪夢にしか見えなかった。


「俺がサラの夢を見始めるなんてなんと不吉な」


 どうやら俺は、森の中にいるのではなく、個室、しかも宿のような部屋だ。しかもベットに寝かされているよ

うだ。さして大きくはないベットで二人で寝るのがやっとだった。・・・二人?


「にゃむ・・・。」


なぜか冷や汗が出てきた。サラさんが、お隣で、お休みに、なられている。しかも、何時もの冥土服(決して誤字ではない)らしき存在ではなくTシャッツ一枚だ。

 サラは特別可愛いとか美人とかそんなんではない。しかし、それでも可愛い部類には入るだろう。そんな女が、俺の隣で・・・。


「まさか、食べたのか・・・?」


いや、記憶に無いぞ?何かがあって忘却された記憶されてしまったように感じる。


『何をほざいてんだよ、性少年。私が存在する限り、サラはあげない!』


 いつの間にか小さな巫女さんが俺の肩に乗っていた。


「黙れ。今混乱してんだ。」

『そりゃ、私だって。いつの間にか知らない男が勝手に小屋に連れてかれてたんだから』

「何だって?小屋?男?セルティアが連れてきてくれたんじゃないのか?」


 そんな風に彼女に問いかけていると、部屋のドアが開いて誰かが入ってくる。


「起きたか、青少年!」


中年で大柄、しかもいかつい。一見、賊にしか見えない格好に肩に大きなクモの刺青。


「あんたは・・・?」


小さな巫女さんは姿を消していた。他の人には見られたくないのか、はたまた警戒しているのか。


「俺か?この森の門番みたいなことをしている者だ。たまたま巡回してたらあんた等を見かけてな、拾ってきた。」


ねこでも拾ってきたように言われて、なんだか微妙な気分になる。


「取りあえず、ありがとう。お陰で助かった。」

「いやいや、いいってことよ!これでもこれが仕事みたいなもんさ。」


そういって豪快に笑う胡散臭さのあるおっさんを見る限り悪い人にはみえない。

 それにこの人の目には強い『何か』を感じる。まるで大きな荷物を背負っているような、強い『何か』を。そして、何処からか悲しそうな、目線を感じたような気がした。


「う・・・ん?」


隣で眠っていたお姫様がお目覚めになられた。


「あ~、きーくんですぅ。」


抱きついてくる少女を見て、何だか開いてはいけない箱を開けてしまった女の話を思い出した。


「はっ。・・・萌えましたか?いえ、燃打え死にますか?」


 顔を赤くしながら、開口一番意味が分からなかった。



 お礼と互いに自己紹介をすると、目の前の大男はムガルと名乗った。彼は世話好きのようで、朝食の用意もご馳走になった。一時は鉄の仮面を付け忘れていたメイドも、数分経つと元通りとなった。


「おめえら、これからどうすんだ?」


食事が終わり、礼を述べようとしていると彼からそんな声がかかった。


「これから・・・ですか。」


隣に座っている幼馴染なメイドは少し思考しながら答えているようだ。


「どうもしねえ。適当に仕事して稼ごうと思ってる。」

「てことは、職なしか?」

「強いて言えば旅人だ。今は国内で戦争もおきてねえし、やるなら今だと思ってる。」


そういうと、大男はなぜか祈るように眼を瞑った。


「そうか、なら少しの間、ここにいないか?」


 犯罪でもしそうな緊張感が目の前の世話焼きから感じられた。だから、その言葉を身を入れて聞いたときの落差に驚いた。


「なぜです?私たちがここに滞在する理由がありません。」


何か大きな理由があるのかもしれない。横の鉄火面がいち早くそれをたずねた。


「ここから最短の街はノヴゴルドだ。最低三日はかかる。さらに言えばこの迷路ユグノーを抜け出すのはお前らじゃ難しい。」


そこまで言って、一回話しをきった。


「それに、俺は地図を持ってないし、素人には何もなしでこの森を抜け出すのは・・・」

「不可能ですか?」

「ああ。だから、数日ここにいないか?近いうちに俺も街にでなくちゃいけねえし、そん時にでもつれてってやるよ。」


 話を聞いてみて、サラと一瞬アイコンタクトをする。彼女は、いつもより眉間に皺を(ほんの少し)よせて頷いてみせた。


「話はわかりました。しかし、貴方はなぜ私たちにそこまでしてくれるのですか?」

「勿論、タダで世話を焼いたつもりはないぜ。」


ニヤリと、中年のおっさんは少年のような笑みを浮かべた。


「こっちとしては仕事だからな。」

「金か?残念ながら多くは払えねえぞ?」

「いいや、ここら辺に来るものの多くは旅人や商人や行き倒れ。金なんか期待してねえ。」

「労働で返せって話か。」

「いや、金で返してくれてもこっちとしては一向にこまらねえ。一万メルでどうだ?」


 そんなに!!一万メルもあったらしっかりとしたホテルで一週間宿泊できるぞ!


「いや、そんな払えねえ。」

「じゃあ、きまりだ。今日から数日間、きっちり働いてもらう。」


 その言葉に俺と隣の彼女は頷く。どうやら初労働は無賃労働らしい。 

 外に出ると、やはり周りは森に囲まれていた。木々はそれぞれ違う種類で、普通の森でないことを再認識させられる。やはりここはユグノー内部だと、いやでもわかった。


「じゃあ、まずは今日の食事だな。嬢ちゃん、家事は?」

「一通りは。」


そう幼馴染が答えると、大男はその体に似合うハンマーを装備した。


「じゃあ、嬢ちゃんは俺の洗濯と掃除を頼む。用具は、・・・洗面所にある。てめえは、俺と狩りだ。」

「分かりました。」


幼馴染は頷くと、早速取り掛かり始めた。本職ともいえる作業だからだろうか、少し張り切っているように見える(ような気がする)。


「まて、俺今まで狩りしたことねえぞ?」

「何だと?お前旅人の癖に、狩りもしたことねえのか?」

「ああ。保存食と雑草で生きてきたからな。」


そういうと、呆れたような顔をされた。


「身体つきがいいから当たりだと思ったが、まさかハズレを引いたとは・・・。」


しかも、その後に大きなため息までつかれた。


「おい、なんだそのため息は!わかんねえだろ?俺が本気を出したら、狩りなんぞ楽勝だ!」

「おいおい、そういうのって基本できない奴がいう無能の台詞だ。出来てからいえ。」

「んだと!」

「まあいい。小屋の近くは、ユグノーとはいえ『魔』が弱い。奥に行けば話は違うが、小屋から数キロは大した魔物も出てこないだろう。俺らが狙うのは野獣だ。俺は『魔』に耐性が強いが、それでも『魔』を食べるのは体に毒だ。」

「ようは魔物じゃなければいいって事だよな。」


なぜか、男から馬鹿にしたような笑いが漏れた。


「ああ、その通りだ。」


進んでいい範囲を教えてもらい、俺は急いで森に突撃した。



 数時間後、自分の愚かさを知った。正直、狩りを舐めていたといってもいい。この地域に大きな魔物が居ないから捕まえやすいだろう、とか考えてた自分が恥ずかしい。獲物を見つけても逃げられる。物音を立てても逃げられる。石を投げても逃げられる。


「逃げられてしかいねえ。」


 奴らだって、生きるのに必死なのだ。そりゃあ、少しでも近づけて来た奴が怖ければ逃げるだろう。追いかけて深追いして迷ってもいけないし、と何かと制限が多い。

 そんな日が数日続いた。つまり、俺は全力で狩りに取り組み、へとへとになりながら日暮れには戻るが、獲物はゼロ。

 帰れば我がツレに慰められ、おっさんに馬鹿にされる。サラのご飯を食べることに遠慮しなくてはならない苦痛。労働の厳しさを知ったような気がする。



 森に入って早数時間。お昼を済ませ、身を潜める。俺だって数日間ただ馬鹿みたいに狩りを進めていたわけではない習得とまでは行かないが、ほぼ完全に気配を消せるようになった。その成果として、一番最初は数メートルすら近づけられなかった獲物に一メートル近くにまで近寄れるようになった。

 それでも獲物が捕まえられないのは、なぜだろうか?


「今日こそ・・・今日こそ一匹でもいいから捕まえなくては・・・!」


 そんな危機感の中で土を削る轟音と、大きな笑い声が森の中でこだまする。どうやらあっちは大量のようで、本日三回目の笑い声だ。

 こちらとて、負けてばかりではいられない!その一身で近くにいたウサギに飛び掛る。しかし、相手のほうが数歩上。俺が地面に手をついているときには獲物は見えない場所まで移動している。


「くそっ!」

『なっさけない。向こうは三匹目。ちょっとは男をみせなさい。』


いつの間にか肩に座った小さな巫女さんまでお小言をもらされる始末。


「仕方が無いだろ?こっちは素手であっちはしっかりとした装備品と経験値があるんだから。」


彼女は、この数日暇になったら俺の様子を見に来ていた。多分、サラが心配してよこしたのだろう。


『数時間走り回って疲れ切ってるあんたと、重たいハンマーを振り回しながら歩いてるあいつじゃ差がありすぎる。これじゃあ、またサラに慰められたい?』

「っち、分かってるよ。こっちだって、必死でやってこの結果なんだ。あんま文句言うな。」

『結果が全て。必死でやるだけなら、小さな子供でも出来る。』

「言い訳だってのも分かってるっての。」

『わかって・・・って、ごめんなさい、言い過ぎた。そんな顔しない。・・・しょうがないから手伝ってあげる。』


俺はどんな顔していたのだろうか。


「いらん。一人でどうにかしてみせる。」

『出来るようになってから見栄を張りなさい。これはれっきとした仕事。』


このままでは、昨日と同じ結果になるのは目に見えている。疲れて帰るだけで獲物も何もなし。そして、いつもそんな行動を取らない幼馴染にただただ慰められるなどと、悲しすぎる。


「・・・っち、しゃあねえ。頼むぞ。」

『任せなさい。』


 小さな巫女さんに正論で叩き潰された俺の小さなプライドは、小さくなっていくように感じた。


「で、具体的にはどうすんだ?」

『闇雲に探しても駄目。私が居るのだから、『力』を使って、少し混乱させてから叩いて。』

「お前、サラが居なくても『力』が使えるのか?」


てっきり、妖精は召喚士の『力』を使って魔法を使っていたように思っていたが。


『サラが近くに居ないから十分の一程度だけど。正直、戦いには参加できない。出来て簡単なサポート。』

「十分過ぎる。ちった、ましな狩りが出来そうだな。」


 俺は全く無かった余裕を少しばかり取り戻す。今までの無意味な運動と疲れがおおすぎて悲しくなってくる。


『取りあえず、其処に私が入るぐらいの円を書いて。』


 指示通り、歪な楕円を書き込む。


『下手すぎ。まあ、無いよりはましか。』


 愚痴りながら円に入り目をつぶる。まるで前にサラがやったように、祈るように何かを唱えると、彼女の周りに風が集まる。そよ風といっていいそれは、なんとなく心地いい。


『やっぱサラがいないと自分が随分軟弱になったような気になる。』


『力』が使えない俺には十分すぎる『力』のように感じるが、彼女が使える『力』が限られているみたいだ。前よりも光が弱く見える。


「どうすんだ?」

『とりあえず、周りに獲物がいないか探査。』


風が集まり、それらが生き物のようにそれぞれが動きだす。いけ、とセルティアがいうとそれぞれが散り散りに移動を始める。

 数分起ってからいたか、と聞くとあいまいな返事が返ってきた。


『あー、確かに獲物みたいなのはいるけど・・・大きな犬?みたい』

「大きな犬?」


ところどころ俺を不安にさせるような口調。ちょっといやな予感がする。


『多分、そんなの。此処から北に一キロぐらい。』

「ふうん、で、どうすんだ?」


俺の相棒は俺の肩に乗って、数秒考える。


『そう・・・今から私が先に行って獲物を混乱させる。』

「そんなことが出来るのか?」

『うん。ちょっと風を使って頭の中を数回転させる。』

「?」


俺が理解していないことが分かったのか、彼女は小バカにしたような笑みを浮かべる。


『まあ、私の力を見てなさい。ゆっくり十数えてから私が向かった方向に来て』


そういって、相棒はありえない速度で去っていく。

 とりあえず、言われたとおりに十数えてから道を確かめながら、進む。此処の道はしっかりと確認していきながら出ないと、小屋に戻れなくなってしまう。

 進んでいくうちに開けた道に出ると、草木で隠れていた獲物が見えてきた。


「完全にミスったわね。」


 しかし、その獲物はとても『大きめの犬』といえるサイズではなかった。


「・・・キルハっ、そこで止まりなさい!」


その声の元で足を止める。

 俺よりも一回り大きい。大柄の悪漢を更に凶暴にさせたような、怖い顔。体もたくましく、爪も鋭く見える。黒っぽい毛皮に包まれたそれは人間よりも明らかに質の違う力を持ったもので、堂々とそこに君臨していた。


「っ・・・お前誰だ?」


 目の前でセルティアに似た格好の少女とそいつが対峙していた。両方とも一歩も動かず、睨みあいを続けていた。


「キルハ、今は怖くても逃げては駄目。今の私では、貴方を助けられない。」


俺の質問を無視した少女の声は、セルティアとそっくりだったが何かが違っていた。


「説明している暇はない。私が攻撃を仕掛けたらすぐに逃げなさい。いい?」


 彼女には、何時ものセルティアの雰囲気は何処にも無く、余裕のかけらも感じられない。そっくりな別人、そう言われても頷けた。だから、俺は素直にわかった、といえたのかもしれない。

 後を向いていたから彼女の表情は分からない。でも、笑った気がした。


「はあああ!!」


体に木の葉を纏わせながら敵に向かって突撃。それは前見たときよりも弱弱しく感じた。


「仲間呼んでくるからな、セルティア!」


気づいたらそう叫んでいた。



 俺は気づいたとき、自分の愚かさを呪った。どれだけ走ったか分からないほど走ったせいで硬直した足をゆっくりと解すように歩きながら、現状を考える。

 ここ、ユグノーの森は通称、迷いの森と呼ばれている。迷ったら最後、召喚士か神の加護を受けた人間しか抜け出せない。


「やばい、やっちまった。」


 セルティアが何十倍に大きくなっていたり、凶悪な野獣にあったりと、かなり混乱していて、咄嗟の判断が出来なくなっていたのは認めよう。だが、このままじゃあ・・・


「このままじゃあ、セルティアがまずい。」


せめて、おっさんかサラを呼ばないと。そんなことを考えているうちに、最悪の言葉が頭の中にリピートされる。


「・・・サラが近くに居ないと『力』はいつもの十分の一、って言ってたよな。」


本当に最悪のタイミングで思い出したものだ。誰も居ないのに、顔が強張っていくのが分かる。呼吸が速くなり、心臓の音がいつもより早く聞こえる。今更、手が震え始める。

 何も考えられない。頭の中が真っ白になっていく。考えようとしても、先ほどの台詞がちらついて集中できない。


「っち、くそったれ!」


自分の不甲斐なさにただただ苛立ち、それを近くの木にぶつける。気づくと手が数箇所切れていた。


「?」


 痛みを感じ少し落ち着くと、周りが見えてくる。目の前の木は不自然な切り込みが出来ていた。それはまるで刃物で斬られたような、不自然なものだった。周りを見渡せば、その不自然な傷が此処一体に出来ているのがわかる。


「ここは、この前の!」

「その通り。また遊びにきたのかえ?」


 この前、同じ場所で同じ声を聞いたような気がする。本人の顔どころか、周りを見回してもそれらしき姿は全く見えない。背中からいやな汗が出た。


「いや、出来れば今は戦いたくは無いんだが・・・。」


声が出て、少し安心した。


「では、どうしてここへ?貴様は、ここで油を売っている余裕がないのではないか?」

「どうしてそう思うんだ?」

「ふふ、表情をみれば分かる。」

「実は、―――道に迷ったんだ。」


素直にそう告げると、くすくすと笑う声が聞こえた。


「莫迦じゃのお。」


 目の前に奴が現れた。俺よりも頭一つ分低い背。相変わらず大き目のマントに体全体を覆い、フードのせいで口元しか見えない。


「うるせえな。焦ってたんだ。」

「それで、何で焦っておった?」


 優しい声だ。数日前のような妖しさも、禍々しい雰囲気もない。だから、この前に敵だった相手に対してそのまましゃべってしまった。


「仲間が、魔物と遭遇した。」


実際にそうだとははっきりいえない。俺には、『魔』の物を見たことが無いからだ。しかし、目の前に居た強暴な生き物はまさにそれだった。


「そうか。なるほど・・・ふふ、あの古臭い風の妖が。それは、大変じゃな。」

「そうなんだ、大変なんだ。だから、分かるならあいつがいる場所までの道を教えてくれ。」

「ぶっ、ふふふ。」


そういうと、何故か腹を抱えられた。


「な、なんだよ!」

「それは、敵か味方か判らぬ者に・・・ふ、ふふ・・頼むことでは・・・ぶっ、ふふ・・ないな。」


 我慢されながら笑われて、顔が赤くなっていくのが分かる。


「っち、だめもとで聞いてみただけだ。」


(くそっ、一方的だったとは言え殺しあった相手とする会話じゃねえ。)


「まあでも、久方ぶりに笑わせてもらった礼に、少しぐらいチップをやってやるのも悪くない。」

「本当か!」


奴の周りにセルティアとは違う種類の風が集まる。皮膚が傷つきそうな、強力な風。

 俺の近くまで近づいて、すう、と奴は姿を消した。


「ふふ、面白い奴じゃの。もし、その魔物から生き残れたら褒美をくれてやるぞ?」


 急に視界が大きくぶれ、今まで感じたことの無い浮遊感を感じた。


「我を楽しませてくれ、莫迦な青年よ。」



 セルティアは、必死に足を動かしていた。あの時使える全て力を使って『本物の体』をわざわざ召喚し、それから逃げた。久々に使った体はセルティアにとって、とても戦いに向かない貧弱なものだがその分『力』を使える分は増える。それに、あのままでは後ろにいたキルハが標的にされてしまう。

 それだけは避けなくてはいけなかった。とてもじゃないが、キルハが素手であの凶悪な熊に勝てるとは思えない。


「ふう・・・ふう。」


 セルティアは、身を巧く森の中に潜ませながら彼女の敵の状態を確認する。相手は涎を地面に落としながセルティアの居ない方向を探している。

 数分走っただけで動悸が激しく落ち着いてくれない。やはり、とてもじゃないが使え物にならならない体だ。そう改めて感じ、自分の愚行を後悔した。彼女のパートナーがいなくても『力』が使えるからって召喚したが、それは誤りだったかもしれない。

 使える風の量はセラと一緒のときより限られているから抑えながらやってきたが、『力』を使わなくてはとてもじゃないが敵を避けれない。久しぶりの一人での戦いで、まだ勘が戻ってきていないし、ここ最近はセラというパートナーを見つけたせいで、一人で訓練することなんてなかった。セルティアは唇をかみながら、呼吸を整える。


(後悔はずっと後、どうにかしてあの熊から逃げないと・・・!)


 風を使って木の葉でうまく目暗ましをしたが、次は効かない。相手は野獣であっても理性的な行動を取ることが出来る。数回仕掛けてみて分かったことだ。

 古臭い風の妖は、脳をフル回転して逃げ延びる策を考える。倒すにしても、セラがいない現在の状態ではやはりパワーが足りず相手に決定打を与える事ができない。また、逃げきるにしても足止めはできても現在のひ弱な体では逃げ切ることが出来ない。

 味方を呼ぶにしても、あの胡散臭いおっさんとは逃げる途中で見失ってしまっていた。サラが居る場所はなんとなく分かるが、ユグノーに充満している『魔』の妨害で正確にはわからない。それに、たくさん動いてしまうとキルハみたいに結界にはまるかもしれない。『力』の無駄遣いは死を招く。あまり彼女に残された時間は多くない。


(私、今絶望的じゃない?)


 そこまで考えて、頭を切り替える。彼女はまだ死ぬわけには行かないのだ。やるべきことを思い出し、気持ちを高める。


「まだまだ、私は死ねない。」


 『力』の残量を確認しつつ、両手に風を集める。精精、使える『力』は初級魔術<ボール>が三発。『魔』の溢れたこの森なら、『力』を溜めるのは普通より大分早い。この体でも、それなりに集めることが出来れば上級魔術が使えるかも知れない。

 そこまで考えて、ゆっくりと息を吐く。セルティアにも勝機が見えたことに少しばかり余裕が見え、視野が広がった。


(石は・・・あんまり私の『力』と相性が合わないから使えない―――けど、木の枝なら。)


 彼女の意識を魔力を集めることだけにおく。十秒ほどだったが、それだけで体に風を纏うだけ『力』に成功した。短剣くらいの木の枝を拾い、細い先端に風を使い尖らせる。

 セルティアは、敵の様子を確認しつつ、思考を続ける。


(上級魔術を使えるほどの『力』は・・・十分ほどは必要か。)


 セルティアにとって十分という時間は、普段ならいつもの四分の三ぐらいの時間であったが、現状ではとてつもなく長い時間だ。

 しかも、戦いつつだとその倍は掛かる。『力』をセーブしながら戦っていても、要所要所で術を使わなくてはならないからだ。それに、そのお陰でまたその分のマイナスからため始める。その上、相手の攻撃は、セルティアにとって一撃必殺。術を使わなくても、体に纏わせる風の分は必ず『力』を使用する。結果的に彼女が使える『力』は徐々に減っていく。完全に負のスパイラルだ。

 巧く休めるようにしてもそれは、ほんの二三分程度。それでは、上級魔術を使う分には到底及ばない。


(まあ、風を纏う分の『力』と息を整える時間は手に入る。)


この体では、風を使って体を大分軽くしてもすぐに息が切れてしまう。やはり、五分に一度は休憩したい。

 そこまで考えて、セルティアは敵を見失っていることに気が付いた。


(し、しまった。)


 咄嗟に前、左右を確認したところで目の前に大きな影が出来たことに気がつけた。


「がぁぁああああああああああ!」

「・・・くそっ!」


 今の体でその声に咄嗟に反応できたセルティアは自分をほめつつ、次を考えつつに地面に転がる。後ろから大きい木を抉った一撃は何とか避けることに成功したが、追撃までそんなに時間は待ってくれない。

 転がって距離は稼げたが、相手はその巨体に似合わず俊敏だ。


『我の右手に風集まり、敵を攻撃せよ、―――<ボール>!』


 一発目。直径十センチほどの風の塊が、こちらに向かってきた相手の片足に攻撃があたり木にぶつかりながら派手に転ぶ。そのうちに、セルティアは立ち上がる。怪我は増えたが、それも小さな痣。まだ、致命傷なものはない。幸い、木の枝は折れておらず未だに使える。

 敵は、怒ったように立ち上がり、自分の強さを誇示するように吼える。そのまま、素早い動きで距離を縮める。勿論、そうやすやすと休ませる隙を与えないのだろう。落ち着きつつ体に纏った風を使って攻撃を避け、次の手を考える。

 手に持っている木の枝には、上級魔術ぐらいの効果を発揮してもらおう。


(よし、覚悟を決める!)


 二発目。相手が攻撃するために挙げた手に、<ボール>を当てる。そのおかげで、体のバランスを崩し、<ボール>の当たった方の片足が浮く。

 攻撃を避け続けたことと攻撃をさせ続けたことが、功を奏したのだろう。今までの攻撃で疲れた敵の若干遅い攻撃が、セルティアに反撃のチャンスを与えた。


(今がラストチャンス!)


 三発目、右手を地面に向けて放つ。その反動で、今まであった間を詰めると同時に、巨体の顔面と対面する。


「これで、終わり!」


 大きな力は必要ない。体にある風を枝に集め、可愛げのない鋭い右目に枝を突き刺した。


「ぎゃうあああああ!!」


 聞いた事の無い悲鳴と、深くまで刺さった木の枝。それより、細く噴出す血。風を失くした妖精は、顔蹴り地面に戻る。敵は、膝を付き、血を地面に多量に流す。彼女の使える最大限の力を注ぎ込んだ『力』は、思った以上より深く刺り、脳を傷つけた。


「はあ・・・はあ、良かった。『力』が使え切る前に、倒せた。」


 そのまま、セルティアは背を向け歩き出す。経験と食らわせたときの感触で、相手にどのくらいのダメージを負わせることが出来たのか、大体わかったから敵がもうすぐどうなるかも想像できた。

 だから、その後まさか自分が予想外の反撃を受けるなんて思わなかったのだろう。

 渾身の一撃を食らわせたのが良くなかった。そのせいで、油断が生まれ、彼女の頭の中は、大きな熊ではなく心配しているパートナーの顔と、自分を探している男の顔で一杯になってしまったのだ。

 だから、背後で多くの『魔』が死に掛けの猛獣に集まっている事も、この森が普通の森ではなく『力』を集めやすいことも全てを忘れてしまっていた。




『グ・・・っガアア、逃シテタマルモノカ。』



そんな有り得ない呟きが、獰猛な熊から聞こえた。


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