「迷森の悪魔」1
「ぐ、死ぬ・・・。」
一週間歩いても街どころか村は見えない。それどころか、獣道を歩いているわけでも変に近道しようとしたわけでもないのに、全くつかなかった。大変なんてもんじゃない。もう保存食もそんなにないし、水も確保しなくてはならなかった。
盗賊に会うかもしれない。魔獣にあうかもしれない。そんな恐怖が俺を襲い、なかなか寝付けない日々を送った。
廃墟には辿り着いても人はいない。むしろ、虫の住処と化していてとてもとまれなかった。
そんな四日間を過ごし、お腹は減るは、眠い、疲れたは、一通り経験した。いかに自分がフィスの名に甘えていたか、少しばかり理解した。
森に入り、見晴らしのよい草原に辿り着いたと思った。しかし、それが更なる地獄の始まりだった。三日間歩いても変わらない平原。なにもない緑と青の光景だけの世界に狂いそうになる。敵も何も現れない。一人だけのように感じる。
歩くのにも疲れ始めれ、サラが用意してくれた重い荷物を捨てたくなったそのときだった。
「きゃー。」
聞き覚えのある棒読みの悲鳴だった。黒いメイド服を着た少女が突然現れた木から落ちそうになっている。
「・・・。」
「きゃー。」
「・・・。」
「・・・?キルハ様の耳はお飾りですか?・・・きゃー。」
「本音が漏れてるぞ鉄仮面。」
見知った、というよりも毎日見た顔だった。
「女性に対して失礼な言い方ですね、減点15点です。」
「放置していいか?」
「すいません、受け取ってもらってもいいですか?」
俺は舌打ちをしてから、無表情な幼馴染を木から落ちてくるのを受け取る。
「お、重くないかな?」
「そういう台詞を棒読みでいうんじゃねえ。」
そういうと、少し顔を歪めた(ように見えた)。小柄で、ポーカーフェイス。長く漆黒の髪。鋭い目付きに、なんとなく見入ってしまった。
「こんな所で何してんだよ?」
彼女についた葉っぱを取ってからそうたずねた。
「私はキルハ様専属なので、貴方がいなくなると仕事がなくなってしまいます。」
「んなことねえだろ?親父は、できる限り人を雇わないようにしているんだから。」
小さな土地の領主であるが、それでもフィスの屋敷はそれなりに大きい。しかし、親父は人件費を抑えるために、数えられるほどしか人を雇っていない。
その中で、しっかりしているサラは様々なところで重宝された。少なくても家事を全てこなせる彼女は俺の専属以外にもいくつもの仕事を兼業していた。
「いえいえ、本職は御付のメイドです。」
「んなこと言ったって今の俺はフィスじゃねえ。ただのキルハだ。お前なんぞ雇う金も必要性もない。」
「じゃあ、敬称でいいですね?偉くない訳ですし。」
このアマ、無表情で名に言ってんだ?
「ちょっと待て、どこからそんな話出てきた?」
「はーくん、きーくん、きるちゃん、キルハ、好きなのをどうぞ。」
「なんでいきなりそこまで砕けてんだよ!?」
「え・・・だって、私と、き、きーくんとの仲じゃないですか。」
「顔を赤くすんじゃねえよ!そんなリアクションがなんか怖えよっ」
しかも、きーくんで落ち着くんじゃねえよっ。
「しかし、きーくんでは街にも着かないのではないですか。」
無表情に戻すのはやっ。
「どういうことだ?」
「ここは、迷いの森ならぬ迷いの平原です。三日間ぐらいなんもない平原を歩いていたんじゃないんですか?」
「・・・。」
なんか鋭い人って嫌いだ。
「だいたい、『魔』が発生しているこの地域では、『召喚士』か、神の加護を受けた人間ぐらいしか抜け出せません。」
「そ、そんなことぐらい知ってるよ!」
「ふ、今更言われてもただ格好悪いだけだと認識して、素直に自分の過ちに悔い、私を連れて行くことを認めてください。」
サラは、そういいながらも懇願しているような(そんな雰囲気をした)顔をした。
「っち。お前はそれでいいのかよ?重勲章なんて中々取れるようなもんじゃないし、当分屋敷に戻れないぞ?」
「むしろ、連れて行ってくれないと困ります。辞表出してしまいましたし。」
喜々(多分これであっている)としてそういった。
「・・・・・・・・・・は?」
「私、旅してみたかったんです。」
そういって、少し恥ずかしそうに(かすかに)微笑む彼女を見て、何もいえなくなる。
「お前、旅終わったらどうすんだよ?」
「そのときは、・・・きーくんがまた雇ってくれればいいじゃないですか。雇ってくれるのでしょう?戻る時は、勲章をとったときなのですから。」
彼女は俺に小さな背中を見せた。
「っち、好きにしろ。」
「流石幼馴染ベッタリ君です。私がいないとないちゃいますか。」
「犯すぞクソアマ!」
「きゃー。」
その台詞を棒読みで言うな
※
「で、どうやってこの平原を抜け出すんだ。」
久々の追いかけっこを堪能して疲れた俺は原っぱに腰を下ろした。
「妖精を召喚します。」
俺と同い年の幼馴染は、息すら乱れていなかった。
「お前、『召喚士』だったのか?」
「習得したのは最近ですがね。」
そういって、セラは六星陣を地面にガリガリと書き始めた。
「この『力』の溢れた土地なら、セルティアもお腹を減らすことにはならないでしょう。きーくんは動かないでくださいね。」
一メートルぐらいの六星陣の真ん中に祈るように立った。
『風の王様お願いします。我がパートナーであるセルティア=グラットスを召喚する許可をくれませんか?』
親に願いするようにそう唱えると、何時もと違う雰囲気を放っていたサラの周りに不可思議な光が集まり、六星陣が輝いた。不思議な光は少しすると形を作り、サラの目の前に移動する。六星陣の輝きが終わるころには、それは形作っていた。
『来て、セルティア!』
その光が消えると、サラの肩には十五センチくらいの女の子が座っていた。その女の子は、緑色の髪に巫女服に包まれていた。
「すげえ。」
『妖精』という種族を見るのは初めてだった。俺には、学校の一環で行った適正テストではないに等しいあるが結果だったからだ。もしかしたら、パートナーを見つけられるかもしれない。そんな淡い希望を持たせるものだった。
しかしいろんな手段を使っても何年経っても現れない、だからそんな希望は捨てていた。
『はろはろ、サラ。どうした?困りごと?』
俺の妖精への幻想を壊し、あまりに自然な、むしろ不自然に感じられるほどフレンドリーだった。
「はい、そうなんですけど・・・。その前に、私の婚約者を紹介します。」
「さらっと嘘つくな!」
「あ、今サラとさらっとをかけましたね?全然うまくないですよ?むしろそんな親父ギャグをいうきーくんがキモくてドン引きです。減点20点。」
『こんなのがサラの婚約者?冴えない屑、減点100点。』
このアマども、いつか潰す。
「きーくん、邪悪なこと考えました、減点50点。」
どんどん俺の幻想が崩れていく。
『で、こいつ誰?』
不思議な力で小さな巫女は俺の頭の上に乗り、王様のようにたずねる。
「キルハという。もう好きに呼べ。」
『ふん、貴様など名前で呼ぶ価値もない!』
「こいつ潰していいか!?」
少しふんぞり返り気味に俺とサラの間を浮遊する。何様だこいつ!
「まあまあ、落ち着いてください。こう見えてもセルティアは私のパートナーなのですから、私と同じように接してください。」
「死ね、セルティア。」
「きーくんが珍しくぼけました!」
はっ、ここ三日間歩き回った疲れと二人を数分相手にしているストレスが相乗効果をもたらしてしまった。
『・・・サラ、あんまり遊んでいると今日も木の上になる。』
まるで姉が妹を諭しているように見えた。てか、今まで遊んでいたのかっ。
「そうでした、すいませんセルティア。この平原を抜け出したいんですけどできますか?」
そう聞くと、セルティアは周りを見回る。
『上級、それも自然に見えて人為的な結界という所。壊すのは不可能。でも、部分的なら可能。』
「どうしたらいいですか?」
『私の『送る』呪文を唱えてくれればいい。』
「わかりました。」
俺が何も言わず数歩下がると、セルティアは俺の肩に乗っかった。
『いい判断、婚約者。』
「俺で遊ぶな。」
『ふふ、それはできない相談。サラ!準備はいい?』
先ほどセルティアを召喚に使った六星陣の上にのり、先ほどのような体勢をとる。
「大丈夫です。」
そういうと、サラとセルティアは同じエメラルドグリーンの光を放った。
『風使う全ての妖精よ、我の力に貴方の力御貸しください。』
呪文を唱えるごとに、サラの周りには風が集まり始めていた。その力は、近くにあった木の落ち葉を集め、その地面の草をむしりとるほどだった。
『此の窮地より我御救いください。』
サラに力が集まると、俺の肩に乗っている小さな巫女の光が強くなっていった。
「私を拘束するこの力から私をお救いください!」
俺には叫びに近い悲鳴に聞こえた。それは、まるで悲痛を訴える少女に見えた。
そうこうしていると、何もない空中にひびが入った。
『成功。』
パリン、という音ともに俺らの見ていた景色が変わった。
どうやら森の中のようだ。あたりは既に暗い。
「どこだ?ここ。」
「フィス領から北西に進んだラスク領南方部、ユグノー。通称迷いの森です。」
「迷いの森?」
「きーくんはこの有名の森を知らずに通ろうとしていたのですか?」
頷くと、肩にとまっている小動物が爆笑し始めた。
『ぶっ・・・ふふ!ここ、知らずに通ったとか、ただのバカ―――』
思いっきりぶん殴ると、ごふっという声と共に地面に叩きつけられた。
「きーくん、地理学は学ばなかったので仕方ないのかもしれませんが、ユグノーの森は『魔』を発生させる不思議な森なんです。『魔』とは、その魔力が何の術式もなしに魔法を発生させる、とても危険な場所なんです。たまたま簡単な結界ごときでよかったです。」
「そうか、そこら辺は無学だから、助かる。」
旅しているのだからそれくら覚えろとでもいっているよう(に見える顔)に見えた。
「そうですか、なら尚更私が来て良かったです。」
安心したような声に、ここ最近感じている感情がうずいた気がした。
「今日はもう休みましょう。ここの場所も地図を見てもわかりませんし、適当な場所を見つけてそこで野宿ですね。」
「そういえばお前荷物は?」
「それはきーくんが持ってるじゃないですか。」
「てめえふざけんな!」
「きゃー。」
もうこの流れヤダ。
※
『サラ、起きてなかったら特訓。』
「起きてますよ。」
サラ=フォーミアスとその相棒であるセルティアは、ふるえと共に眼を覚ました。それは震えでもあり揮えでもあった。妖精であるセルティアは当然だが、召喚士になったサラにも『力』を感じられるようになったことに喜びを感じた。
『ここまでの『力』を感じるなんて・・・。』
「そうですね。正直、私たちだけでは対抗するのがやったとでしょう。」
セラの主人は、彼女らのいる木の下で未だに熟睡していた。当たり前だ。慣れない旅に、初めて安全ではない土地で一人にさせられたのだ。ここ数日で大きく疲れたに違いない。
『こいつがいると大きく暴れられない。奴を誘導、いい?』
「はい。」
そういった後、身体強化の呪文を唱え、体に風を纏わせる。そうすることで、少しだけ余裕が出てきた。
もともとサラは運動が得意だった。小さいころから護身術をやっていたし、ここ最近はフィス領の警備団長に頼んで体術を教えてもらった。
『十時の方向、600メートルって所。いける?』
「600ですか?行けるかわかりませんが、やってみます。」
『大丈夫、私がついてる。・・・じゃあ、いくよ。』
そういうと、セルティアの体が薄れ、サラの体が一瞬だけ森と同じ色に光った。勿論、そのせいで相手にも感づかれた。しかし、こちらの準備は済んでいる。
「はあああ!」
自分に集中し、相棒とシンクロさせる。そうすると、体が軽くなり、彼女自身が風になったように錯覚させられた。
「ふふ、何事かの。」
今のサラの渾身の一撃のはずだった。しかし、相手を捉えることすら出来ず、すっとまるで塵をよけるようによけられた。気づかれたのだが、今のは不意打ちに近かった。しかも、今出来る二人の全力だった。その事実に大きな焦りを感じる。
相手の顔は暗くてわからなかった。しかし、なんとか姿は確認できた。サラと同じ位の背か、それ以下といったところか。顔どころか全体を茶色のマントで覆っている。
どうも相手からは物理的な力強さを感じない。無論、威圧的かつ高圧的な『力』を浴びさせられているが。
「影の透化とは、また古臭い術だな。意識と体を一緒にしても操らないのなら何の効果もないだろう?」
「!!」
『!!』
声からして女性のようだった。艶かしいその声は、まるで娼婦が男を求めているような一種の怪しさが含まれていた。
『コイツ、ただもんじゃない。一瞬で私の術式に気づくなんて・・・!』
「こいつ、とはひどい言われようだ。」
それ(・・)は、一瞬だった。妖精であるセルティアにも反応できないスピードだった。
ふと気づくと、女性の姿が見えなかった。そう思って『地面』から体を持ち上げた。
(おかしい、体を動かすと体中がひめいを挙げるなんて)
何がなんだか、サラにもわからなかった。気づけば地面に寝転がってて、体中が傷ついている。
『サラ、非常にまずい。奴も風使い、それも私なんかおこがましいってくらいレベルが違う相手。』
「なるほど、これは『カマイタチ』の切り傷ですか。」
見れば、サラの服は全くというほど斬れていない。しかし、服で隠れていないところには複数の切り傷のようなものがあった。
『・・・相当人間離れしてる。詠唱も術式も準備した様子もなかったのに。それに、どんな『力』を使っても服を切らずに皮膚だけを斬るなんて、不可能に近い。悪夢もいいところ。』
「まだ、敵は近くにいますか?」
サラには、もう集中できるほどの気力は残っていなかった。一瞬とはいえ全力でアタックし、感じたことの無い強力な『力』に数秒晒されたのだ。初めての実戦に、ここまで強力な敵。それに加え、立ち上がるのがやっとの傷。戦ってすらいないのに、既にふらふらになっていた。
『いる。しかも眼の前に。』
サラには見えなかった。しかし、彼女には既に敵の『力』を感じられるだけの余力は残っていない。敵の『力』に隠れて見えなくなっても当然だった。
「くっ。セルティア、サポートを。」
『もうやってる。』
サラは、自分の意識をしっかりとつかみ、風を自分のものとする。今使える風を右手に集中させる。自分でも感じられるほど微力だった。
「ほお、まだ立てるか。忍耐力があるの。」
サラは目の前の人らしき自分が何かしゃべっているように聞こえたが、内容までは把握できなかった。ただの擦れた声でしか聞き取ることが出来ないところまでダメージを追っていたからだ。
近づいてくる。それだけはわかった。ここまでの相手の『力』だ。本当に近くにいれば、イヤでも感じさせる。
思わず涙が出てくる。体を支えている最低限の風以外全てを集めているのに関わらず、右手に集まっている風も未だに微弱だった。初めての旅で浮かれていたのだろうか。敵の技量を軽く見すぎてきた。
「その涙は、君のどのような感情から来ているものなのだ?」
その問いかけに答えるものはいなかった。セラもセルティアも満身創痍といっていい。セラの心にいるセルティアは、セラが気絶しないようにサポートするのがやっとで、セラは地面に倒れないようにするので精一杯だった。
「さあ。」
その時だった。サラの目の前に来るはずのない人が現れた。
※
「ほお」
サラが光の無い眼をしていたのを一瞬見て、俺は覚悟を決めて間に入った。
目の前の敵は女で賊のようだが、どうもそこら辺の賊とは格が違うようだった。雰囲気を見てもその強さは明らかで、親父の持っているそれに似ていた。
「俺のツレに何してんだ?」
思わずぞっとする。セラのように普段から『力』を感じ取ることは出来ない俺ですら、大きな『力』を感じる。とても旅人初心者の俺に敵う相手には思えなかった。
「売られた喧嘩を買ったまでのこと。まあ、喧嘩にすらならなかったがの。」
気づいたときには体が動いていた。一気に近づいて鳩尾を狙ったパンチを放った。相手はわざわざ俺の拳を片手で受け止めた。大きな音が鳴る。俺の手より一回り小さい手でまるで女性のような手だ。
「ふ、やりおる。生身の人間にしては強い精神だの。」
相手には武道の心得すら知らないように見える。心の中で暴れる動揺を抑えて、何も無かったように目の前に対峙する。
「っち。やっぱあんまり効いてねえか。手応えは感じたんだがな。どうもお前とはレベルが違うみたいだな。」
「くく、私の『力』を見て口を利けるとは、面白い糞餓鬼だ。」
そういうと、相手はニヤリと笑ったように見えた。
「悪いな、俺にはその『力』とか効かない体質でね。」
大嘘だった。足が少し震えているし、ウォーミングアップも済ませていない体で殴った手もまだしびれていた。
「やはり面白い糞ガキだ。腕もある。だが、その程度の力しか扱えないのならまだまだ。」
「どこをどうやっても倒せる気がしねえ。まさか、こんな辺鄙な森にこんなラスボスがいるとは思わなかったぞ。」
不敵にたつ目の前の女には、女として怪しさと共にそれを放棄したような雰囲気を感じさせた。とても自分が相手を出来るとは思ってもいなかった。が、後ろに倒れてしまっている幼馴染を見捨てて逃げれるほど彼は身勝手になれなかった。
「それは目の前の敵に言ってはいけないことではないかの。」
敵の雰囲気に尖ったような雰囲気すら感じさせない。俺と対峙してから相手の余裕の表情を一回も崩れていない。
「お前、何者だ?」
「さあ?私にもわからん。」
「―――。」
「ふふ、そう怖い顔で睨んでくれるな。だが、それが事実なのだから仕方が無い。」
まるで、ただ友人と談笑をしているような会話に思わずため息をついてしまった。俺の幼馴染はとんでもない敵に喧嘩を売ってしまったようだ。
「見逃してくれ。」
その言葉を言いながら頭を下げた。貴族間でする正式なもの。片足を膝を地面に付けて頭を下げる。
「面白いのお。堂々としすぎなのが気に入らんが、その度胸は買ってやる。・・・それに、いつ殺されるかわからぬ状況でよくそんなことできるの。」
「殺すならもう殺してる。それも俺がサラの間に入る前に。」
「久々の客人にあったから。ただの気まぐれ、だ。ふふ、我に一撃でも食らわせることが出来たら、殺さないでやるぞ?」
そういうと相手の雰囲気ががらりと変わる。隠されていたものが一気に暴発される。
今まで自分の経験からはっきりとわかる。敵との差は圧倒的だ。
「だからって、簡単にあきらめられるか・・・!」
仕方なしに、やけくそ気味に突撃する。中央、出来るだけフェイントを入れて撹乱する。勿論、効くなんて思っていない。目の前の女には全てどんな攻撃も視えるようで、最小限の動きで俺の攻撃をよける。
「やはり、まだまだ。そんな弱弱しい攻撃が通じるとでも思ってるのかの?見当違いの塵だったか。」
その言葉に急に今までなかった感情が目覚める。恐怖はまだある。しかし、それより遥かに大きい感情が爆発する。
「てめえ、余裕だな!」
そう吼え、自分を奮い立たせる。初発は喉に本気でつく。少しこうちゃくするが遊んでいる相手は後ろによける。
二発目は、勢いを使って立て続けに膝で喉を狙う。今度はバックステップを使って大きくよける。
「乙女の喉を狙うとは狡いのお。」
「うるせえ!」
三発目、そのまま接近して間合いに入り、体勢が整っていない相手に両手を硬く結び上から下に叩きつけるように食らわせる。
「ぬう。」
相手の右肩に当たったのは本当に偶然だった。敵は後ろに下がる際に偶々苔の生えた所に当たり、バランスを崩した。
「しまっ。」
咄嗟に敵は手を地面についた。体勢を整える前に、俺はうつ伏せ気味の相手の左右の肩に両手を乗っけてさらに両足で肩にセットする。
「はあああ!!」
そして、相手の体を裂く勢いで、蹴りこんだ。
「がっ!」
一回バウンドして地面に着地する。手応えは十分過ぎるほどあった。躊躇なくきめたから相手が相手だったら死んでいたかもしれない。
一瞬、そんなことを考えていたのに。敵は人間離れしすぎているらしい。
「っち。本気の本気、こっちの男の力を出してもやっぱ勝てないか・・・!」
なんとなくだが、まだ相手の力を感じる。音も起てず敵は俺の目の前に立った。暗くて顔がよく見えない。
「流石に堪えたぞ。まさか、こんな餓鬼に食らうとはな。貴様のことを見くびりすぎたようだ。こちらも、少しばかりきちんとしなくてはな。」
「堪えているようには見えないぞ。それに約束はどうしたんだ。」
そういうと、またもや音を起てずに姿を消す。
「ふふ、殺さないでやる。」
今までよりも大きくなった危険な気配が移動する。
「そんなこと言われても安心できねえぞ。」
咄嗟に右に飛ぶ。そのせいで前にあった大木に大きな傷をつける。まるで鎌で木を斬ったような後がついているようだった。
「ふふ、やるな。しかし、これならどうだっ!」
そういうと、敵の全体に木の葉が集まる。
「全方位かよ!」
そう気づくと、俺はサラの目の前に立った。
『キルハ!しゃがめええ!!』
その声の言うとおりしゃがむと、急に豪風が俺とサラ以外の周りに起こった。敵を中心にして大きな竜巻が出来ているようだった。
『ぐう!負けてたまるかあ!』
目の前を見れば、小さな巫女さんが俺らを緑色の光が包むように守られていた。
「ふむ、これを受けきるとはな。」
すう、と今までの攻撃がうそのように姿を消す。
『はあ、はあ。』
セルティアは先ほどから薄くなりつつある。いわゆる『帰還』が起こりつつあるのだろう。
「おい、大丈夫か?」
『まだ、・・・まだ大丈夫。』
息を切らして、ふらふらしている巫女さんの言葉は信じられそうになかった。
「ふふ、こんなものか。」
偶然なのか、作為的なのか。月光に照らされて、一瞬だけ相手の姿が見えたが。それでも、大きなコートとフードで顔も体も隠されていて、特に何も判らなかった。強いて言えば、青の雫の形をしたイヤリングを右耳に付けているということ。
気づけば彼女が目の前にいた。攻撃がくると思った。だが、金縛りにあったように体が動けなくなった。
「なかなか楽しかったぞ。また一緒に遊ぼうか。」
俺の耳元でそう呟いてからそいつは目の前から消えた。
「願い下げだ。」
全てが終わったことを認識できて、俺は深い意識の奥に入ることとなった。




