第193話 騒動の後の現実
「かえでちゃん!首尾は……ってランちゃんがここに居るってことは上手く行かなかったのよね。少し残念」
シートで覆われた医務室にアメリア、カウラがなだれ込んできた。その後ろからは好奇心満々と言う表情のひよこが目を輝かせてついてきた。
「ああ、クバルカ中佐。結局最後まで行けなかったよ。しかし、困ったな。こんなに蜜があふれてきているとズボンが染みになってしまう……まあ、誠君との思い出の品と言うことでとっておこう」
そう言いながらかえでは平然と制服を着ていた。
「まあ、私としてはかえでちゃんが誠ちゃんとの間に早く子供を作ってもらってその間においしくいただくという協定を結んでいるんだからどうでも良いんだけどね」
アメリアはネクタイを締めるかえでを横目にニヤニヤ笑いながらそう言った。
「神前……不潔だな」
そんなアメリアの言葉を聞いてカウラは吐き捨てるようにそう言った。
「カウラさん。誤解です!僕は何もしていません!」
誠は怒りの表情を浮かべるカウラに必死になって言い訳した。
「股間をそんなにさせて言うセリフか?それは」
誠の言い訳は潔癖症のカウラには全く通用しなかった。
「それは………その……男なら誰でもなってしまう現象と言いますか……それより、北川達はどうしたんですか?あのサイボーグは僕が倒しましたけど、連中は無傷だったでしょ?」
誠は話題を自分の事から逸らそうとしらじらしい笑みを浮かべながら自分が気を失っていた間の出来事を確認しようと誠はかえでに脱がされたシャツを着こみながらそう言った。
「逃げられちゃったわよ。まああちらとしたら無理をしてうちとやり合うつもりは端から無かったんでしょうけどね。機会さえあれば確保したかったというくらいのところだったんじゃないの?今回は」
アメリアが心配そうに毛布に包まれた誠を眺めていた。
「やはり本気じゃ無かったんですね……僕がそんなに活躍できるわけ無いですからね……そう言えば西園寺さんは?」
誠は服の乱れを直したかえでに声をかけた。
「ああ、お姉さまはそのまま義体の交換だそうだよ。右腕は完全破損だそうだ。腹部の人工消化器系も復旧不可能。ラボでの完全交換になるそうだ……うるさいお姉さまも居ないことだし、やはりここは二人で愛を確かめ合うべきかな……」
そう言って再び服を脱ぎだすかえでをアメリアが再び押しとどめる。
「かえでちゃん、あなたが色情狂なのは分かったからこんなところでするのは止めなさいよ!それよりかなめちゃんだったわね。工場で修理。まるでおもちゃみたいね……まあ私達も工場生まれ。お似合いの捜査チームだったってわけね。かえでちゃん。貴女は普通に生まれて普通に育って変態になった……私達とは誠ちゃんとの相性が血が合うわけよ」
欲情したかえでの声とアメリアのいつもの自嘲に誠は少しばかり安心して周りを眺めた。深夜の闇に廃病院の影が不気味に照らし出されて浮き上がって見えた。先ほどまであの中で命のやりとりをしていた。そんな事実がまるで夢だったようにその黒い塊は静かに照明の中で佇んでいた。
「これで終りですね」
誠はそう言って晩冬の冷たい空を眺めた。
「そうなのか?」
浮かない顔のカウラに誠は少し首をひねっていた。
「法術の可能性が示されたんだ。今回の件で少なくとも東和では確実に今までは任意だった法術適性検査が強制になるだろうな。他の同盟諸国で任意制をとっているハンミン国、西モスレムも同調するだろう。場合によっては他の植民星系国家や地球にも影響を与えることにもなりかねない……私達にとってはこれで終わりだが、多くの人にとってはこれからが始まりなんだ。ちょうどお前が半年前の『近藤事件』のときと同じ状況だ」
カウラは唇を噛みしめつつつぶやいた。そんなカウラに近くを通った警備部員から受け取ったコーヒーをアメリアは差し出した。その目もいつものふざけた調子は消えていた。
「全く……誠ちゃんも因果な星の下に生まれたものね。そうして人類は未知の能力者の存在に怯えて憎しみの中でのたうち回ることになる。別に力を欲しくてそう生まれたわけでも無いと言うのに力があるだけで憎まれ、力があるために憎む。今回の水島も連行する最中に散々誠ちゃんの悪口を喋り続けていたわよ。俺が犯罪者になったのは神前誠と言う化け物が勝手に力を使ったからだって……まあ拳銃強盗が銃の発明者を恨むような話だから気にすること無いわよ」
アメリアが力なく笑うのが見えた。誠はそれを見ながら上体を起こした。そして自分の枕元に剣が一振り置かれているのに気がついた。誠の意志に答えた『バカブの剣』がそこにあった。




