第185話 笑う人斬り
「まあ楽しもうじゃないか、今日は。物事はシンプルに考えるのが一番だぞ。最悪の事態なんぞ相手を斬り殺してから考えれば良いことだ。『廃帝』の御嬢さんも法術師なんだろ?だったら戦力としてあてにすればいい。少なくとも貴様よりは役に立ちそうだ」
そう言いながら再び刀を見つめて悦に入る桐野に北川はただため息をつくしかなかった。
「じゃあ水島とか言う哀れな中年法術師を捕えるとして……その護衛役に飛ばされてきた奴。どうやって片づけますか?こちらも干渉空間を使える俺と人斬りの旦那がいること位は第三勢力の連中も理解してそれなりの手練れを送り込んできたと思いますが……」
銃に五発の弾薬が入っていることを確認しながら北川は長身の桐野を見上げた。相変わらず満面の笑みを浮かべて満足そうに北川の言葉にうなずいていた。
「いいじゃないか!逆にそうでなくては困るな。弱いものいじめは性に合わない。どこの誰かは知らんが強ければ強いほど面白くなる」
北川の言など闘争心をかき立てる調味料でしかない。そんな様子の桐野の笑顔がそこにあった。北川は再び大きくため息をつくと拳銃のシリンダーを銃に収めた。
「まあ旦那は好きに暴れてください。俺は俺でやりますから……下の司法局の連中を牽制します」
そう言うとそのまま階段を下ろうと北川だったが桐野の殺気に振り返った。
「そちらは避けるべきだな……」
桐野は珍しく弱気な言葉を吐いた。それが北川には意外だった。
「どうしてですか?旦那らしくもない」
突然らしくもない助言をする桐野に驚いた北川は顔を向けた。
「司法局実働部隊は……あの茶坊主の部隊だ。手を出して虎を怒らせる必要もあるまい」
桐野は嵯峨を恐れている。北川はそれまで茶坊主と嵯峨を馬鹿にしていたのは桐野なりの見えだったことをそこで見抜いた。
「旦那が弱気なことを言うとは……これは驚きだわ」
北川は桐野の言葉にうなずくとそのまま桐野に続いて階段を昇ることにした。
「先ほどまでの強気……司法局実働部隊相手だとどうしてそう慎重になるんですかね?」
嫌みのつもりで愚痴る北川を桐野が睨み付けた。恫喝。脅迫。ともかく北川はその敵意に満ちた桐野の顔を見て桐野と司法局実働部隊とその部隊長である嵯峨惟基にそれなりの因縁があることは察しがついたが、今はそれを詮索する場面では無いことだけは分かっていた。
北川達には彼等の飼い主が欲する力を手に入れると言う目的があった。北川は余計な事を考えようとする頭を切り換えようと銃を握りなおして大股で階段を駆け上がる桐野の後を追った。