第184話 何処までも追って来る追跡者
「旦那……」
北川は膝を突いてじっと業物『備前忠正』を満足そうに眺めている桐野孫四郎に声をかけた。まさにその表情は満足していた。北川にはそう見えた。趣味的な斬殺事件を起こした後の不服そうな無表情ではなく、斬るに足る獲物を見つけて喜びに充ち満ちていた。桐野の顔に浮かんだ笑みがそんな狂気に満ちたものなのでは無いかと思うと北川は自然と額に脂汗が浮かんでくるのを感じた。
「ああ、上の階の標的が増えたことか?結構な話じゃないか。逃げ回る不完全な法術師を追い回す良心の呵責に責められずに済む理由が一つできた。これで思い切り刀を振える」
桐野にとっては斬る相手が一人増えたということ位なのだろうと北川は考えていた。
「あんたって人は……」
諦めたような言葉が自然に北川の口から出てきた。それを無視して桐野は立ち上がった。闇の中に爛々と輝く瞳があった。口元の笑みは桐野のサポート役と言う名目があるおかげで斬られずに済んでいる北川でさえ見ていて恐ろしく感じられるほど不気味なものだった。
「さあ、行こうじゃないか。相手の手並みで今回の法術師を囲おうとしている面倒な連中が俺達をどの程度に評価しているか分かるんだ。楽しくなるだろ?」
桐野の言葉があまりにも予想通りだったので北川はため息をついた。
「そう簡単な話ですか?今回の件でこれまでの旦那の趣味が警察連中にはバレたと思いますし……」
北川には今回の仕事でコンビ解消とは言え、これからの桐野の任務に彼の趣味がいつか災いすることを前々から進言していた。
「それで貴様が困るのか?どうせフランスで子作りに励む予定なんだろ?それなら関係のない話じゃないか」
相変わらずうれしくてたまらないという表情で桐野が振り返った。実際その手にしている日本刀が無く、そして桐野の法術の限界を北川が知っていたならばその場で拳銃で撃ち殺しているところだった。
「困りますよ!旦那の活動に制約ができれば俺一人で動かなきゃならないことも増えてきます!それにこれからは俺じゃなくて『廃帝』の御嬢さんが旦那とコンビを組むんですよ!『廃帝』のご機嫌を損ねるような事が有れば俺だってフランスで子作りに集中できなくなる!ただでさえうちは人手不足なんですから……これ以上の面倒はごめんです!俺の面子も考えてください!」
言葉を重ねるだけ北川はむなしくなってきていた。自分があの司法局実働部隊の神前とか言う甘ちゃんの法術師を舐めていたおかげで自分の顔が割れていることが痛い。そしてそんな自分の失態ばかりではなく、こんどは相棒の桐野の顔が連続斬殺犯としてあちこちの警察署の掲示板などに貼りだされることになれば、後々動くのが面倒になるのは間違いない。同盟や遼州に司法機関や軍の機関は様々あるが、一番の武闘派と言える司法局実働部隊を相手にできる実力者となると桐野の他には『廃帝』本人を除けば片手で足りる数の幹部の顔しか同志の中では北川には思いあたる使い手はいなかった。