第176話 第三勢力の存在
『水島徹の法術発動かな……でもそれなら……』
考え事をしていた誠は階段の端にあった窓ガラスの破片を踏んで音を立ててしまった。
「誰だ!」
高めの男の声が響いたので誠達はそのまま声がしたあたりから見えないようにそのまま身を暗闇に沈ませた。
「まったく……桐野の旦那も困ったもんだぜ……」
悪態を付きながら声の主は遠ざかっていった。
「桐野の旦那?」
ささやくような声で誠がかなめに目を向けた。
「桐野……桐野孫四郎……やっぱり例の連続辻斬り事件の最重要容疑者か……まああんな手練れがそう数いるわけがねえんだがな」
かなめは曖昧に首を振った。アメリアも難しい表情で黙り込んでいた。
「先ほどの声の声紋は取れたか?」
カウラの一言にかなめは驚いたように顔を上げた、あとで突然黙り込んだ。彼女の脳から直接東都警察の鑑識課のデータにアクセスしている。
「間違いねえ。あれは北川公平だ。あの野郎と桐野はつるんでたのか……面倒な話だぜ」
かなめの電子の脳はすぐに声の身元を割り出した。
「すると……動いているのは『廃帝』?勘弁してよ……」
アメリアはそう言うと首を振ってお手上げと言うように手を広げた。誠も彼女の放った『廃帝』と言う言葉に少しばかり恐怖を感じ始めていた。
遼帝国末期に設立された皇帝の手足となって働く法術師集団があった。何度とない政変で今は王朝の支配を離れ、『廃帝ハド』と呼ばれる長髪の大男に率いられていると言うテロ組織である。近年は遼南のイスラム原理組織や外惑星のゲルパルトのネオナチ系の非合法組織と連携しての動きを水面下で見せていた。そのことはランからも聞いていたので事の大きさを誠も自覚した。
そしてその『廃帝』直轄で動いている法術師の北川公平が動いている。その事実は自分達の独断専行と取られかねない出動が拙速だったことを知らしめるには十分な出来事だった。
「相手は『廃帝』。しかもこれまで十八人斬ってる人斬りとこれも能力の判定ができない法術師のおまけ付き。仕切りなおす?」
弱気の虫に駆られた後衛のアメリアがカウラに尋ねた。
「馬鹿言うんじゃねえよ……ここで逃げたらちっちゃい姐御に笑われんぞ」
二方面作戦に萌えるものを感じているかなめがそう言って両方に攻撃を仕掛けようとする。
「ランちゃんはこういうときは笑わないと思うわよ」
アメリアはと言えばこの場は引くべきだと考えているようだった。
「いちいちうるせえアマだなあ」
アメリアとかなめがごちゃごちゃとまた喧嘩を始めた。黙って二人を見つめていたカウラだが覚悟を決めたと言うように顔を上げた。
かなめは静かに階段を登っていった。誠とカウラはその様子を見ながら静かに彼女が登りきるのを待っていた。
そのままかなめは壁の向こうをのぞき込んだ。そしてそのままついて来いというハンドサインを出した。誠、カウラはそのまま銃を手にゆっくりと階段を登った。
「アイツ等も水島とかいう奴を見失ってるみたいだな」
そう言うとかなめは静かに銃を小脇に抱えると腰の拳銃に手を伸ばした。
「やるのか?」
愛銃、スプリングフィールドXDM40を構えるかなめの顔は笑っていた。
「丸腰とは思えねえからな。とりあえず確認しただけだ。ちゃんと入っているな……弾」
ショットガンを構える誠達にかなめは確認を入れた。
「かなめちゃんらしくも無いわね。緊張してる?」
後から追いついたアメリアの言葉にかなめは力なく笑みを浮かべた。状況としてはいつもの強気がかなめに無いのは誠にも理解できた。
「恐らく『廃帝ハド』配下の連中以外にも水島をここに飛ばした法術師を擁する勢力の介入が予想されるわけだ。北川も慎重に動くだろうな」
カウラは前方をうかがうかなめの後ろから声をかけた。
「確かにそう簡単に尻尾を掴ませない奴の事だ。相手によっては無理はしねえだろうな……もし相手がネオナチ連中だとしたら法術師抜きで兵隊の数で対抗するだろうな。そうなると北川の野郎も怪我じゃすまねえ事くらいの分別はついてるだろ」
かなめの表情が再び曇った。そして誠と目があったかなめは自分の弱気を悟られまいとそのまま北川が消えていった方向に眼を凝らした。
「カウラちゃん。ショットガンの実弾は持ってる?」
後衛を担当しているアメリアが中央に並んで立つ誠とカウラに向けてそう言った。
「スラグ、散弾ともに無しだ。場合によってはこちらでやるしかないな」
今度はカウラが腰の拳銃を叩いた。誠もさっと腰に手をやった。
「誠ちゃんは期待していないから良いわよ」
アメリアは誠を戦力に数えてはいなかった。
「すみません……戦力にならなくて」
謝る誠にアメリアは笑顔で返した。それを見て舌打ちしたかなめはそのまま立ち上がって北川の歩いていった方に歩き始めた。
「無駄口はいい、進むぞ」
カウラの声に誠の顔から笑顔が消えた。次第に闇夜に沈む廃病院。かなめの目に内蔵された暗視機能と誠の法術師としてのサーチ能力に頼る前進が続いた。
北川の足音が次第に遠くなる。誠はかなめについていきながらただどこからか飛び出てくるだろう第三勢力を想像しながらショットガンを構えながら進んでいった。