第160話 進みゆく捜査
「どうっすかね……アタシとしちゃたぶんそれは無いと思うっす。虎の子の法術部隊は相手が他人の法術を勝手に発動すると言う事件の特性からあまり動かしたくは無いっすし、どこまでその能力を水島とか言う被疑者が見につけているかも分からない状況っすから。それに現在の水島の居住地は千要県。千要県警の面子を潰すようなことは東都警察にもできないっすよ。警察の垣根はそれほど高いっすから」
ラーナは申し訳なさそうにつぶやいた。
「手柄は自分で確保して厄介事はアタシ等に押しつけるわけだ……世渡りが上手いねえ、あの小太り署長。さすがキャリア組は違うわ」
かなめの愚痴にラーナは力なくほほえむ。彼女は真ん中分けのおかっぱ頭の髪を手櫛ですきながらモニターに目を戻した。誠はかなめと同じ気持ちでなんとなく釈然としないまま、モニターの中の再びこれまでの犯行の手口を載せているファイルのデータを読み直していた。
「まるでうちは便利屋ですね。危ないところは全部僕達がこなして手柄は偉い人が持っていく。そんな役目ですよ」
思わずつぶやいた誠にアメリアが笑いかけた。
「今頃気づいたの?遅かったわね。うちが損なのは今に始まったことじゃないわよ。だから日頃は暇して遊んでいても他の組織も何も言わないんだから」
アメリアは皮肉めいた笑みを浮かべてかなめの顔を覗き込んだ。
「なんだ?アメリアは警察の肩を持つのか?」
むっとしたようにかなめは立ち上がりかける。それをアメリアがにらみ返す。
「くだらないことは止めておけ。たとえすべての準備を整えたとしても東都警察にも県警には手に余るのは間違いないんだ」
それだけ言うとカウラは再び端末へと視線を向ける。時間が経つ事にイライラが増していくのが感じられる。誰もが結論を、結果を待ち望んでいた。
「カルビナさん。どこくらいまで捜査が進んでいるとかわかりませんか?」
耐えきれなかった誠の言葉にラーナはため息をついた。
「神前さん。そんなこと県警が漏らす訳が無いじゃないですか。一応警察にもプライドがあるんすよ。自分の管轄した場所で起きた事件。その容疑者を特定するならできれば自分の手で捕まえたくなるものっす……確かに最終的には手に余ってうちに回ってくるっすけど」
ラーナは面倒ごとだけは押し付けてくる割に手柄は持っていく警察の体質に憤りを感じながらそう言った。
「縦割りの弊害だな……まあ、連中はアタシ等のことは『同盟司法局なんて無駄な組織を作りやがって』って思われているかも知れねえがな」
思い切りかなめらしい言葉に誠はうなずくと目の前の画面に目を向けた。東都警察と同盟司法局。結局は別組織による同床異夢の捜査活動に過ぎないことは嫌でも分かっていた。
ただその事実を確認するためだけに時間が流れているのではないか。誠はいつの間にかそう考えていた。
「慎重なのが信条の東都警察のご丁寧な捜査が続いているんだ。このまま一週間ぐらい待たされても不思議は無いぞ。楽にしてろよ」
かなめの言葉はある意味当然だとは分かっていても慣れない誠には待ち続けること自体が苦痛だった。
「でも……こんなところでくすぶっているのに意味はあるのかしら?どうせ今日も定時になったらこの部屋から追い出されるんでしょ?しかも連絡が携帯端末に届けばいつでも出動できる状態にしていろって言われてるんだから……無意味よね」
アメリアはそう言って立ち上がった。誠も左手の携帯端末に目をやった。小さな端末だが、その中の情報は常に東都警察と県警の最新情報が流れ込んできていた。
「私達はアウェーなんだ。我慢しかできないだろ」
カウラはまじめにモニターをのぞいている。げんなりしながら誠は再び画面へと目を向けた。
「うわー!イライラする!」
珍しく取り乱したようにアメリアは叫ぶとそのままどっかりと椅子に腰掛けた。
そしてまた沈黙が倉庫だった部屋の中を支配した。