第156話 破滅した男の過去
「まあ……この光景がいつまでも続くわけじゃないだろうからな。造成が終わればそれなりの街になるって言うのに」
カウラはあくまで現実主義者だった。
「そうも行かなかったんだろ。突然リストラされて……何かを変えたかったんだろうな」
カウラは静かにそう言うと水島徹の経歴書を携帯端末に表示させた。
「一応名門の私大の社会学部を優秀な成績で卒業。その後会社では営業マンとして務めているが……評判は芳しくないな」
かなめはあまりにありふれたサラリーマンの履歴書を見て呆れたようにそう言った。
「よくある話過ぎて笑いたくなるね。ありふれた事件を起こすありふれた男。普通過ぎて馬鹿馬鹿しくなるくらい」
そう言いながらかなめは新品の白い壁紙を撫でていた。ひとたび沈黙が部屋を支配した。
「解雇後は独学で司法試験受験で知られる豊川の明法大学の法科大学院試験に合格……」
カウラはかなめの続きを読み始めた。
「会社員失格の後は資格を取って独立ねえ……まじめそうな奴だね。不器用を絵に描いたような経歴だな。弁護士になったって食えるとは限らねえぞ。叔父貴を見てみろ。アイツも弁護士だが結局食い詰めて『特殊な部隊』の隊長に収まってる」
かなめはそう言うとそのまま部屋の中央のアストラルゲージの計測器に歩み寄った。
「これで……結果が出るだろうな」
カウラは中央の小さな機械を手に取った。そしてそのまま画面を操作した。何も無い空間にいつものようにアストラルパターンデータが表示された。
「これをカルビナに転送して……」
カウラはそう言うと機械のスイッチを押しデータを収拾した。
「お仕事終了ね」
そう言うとアメリアは大きく伸びをした。かなめは飽きたというようにそのまま玄関に向かった。
そんな二人を見ながら誠はなんとなく外の杭打ち機を眺めていた。
「何か見えるのか?」
カウラに声をかけられて誠は我に返った。そして外の建築用機材の群れを見ながらしばらく眺めていた。
「こんな街……」
誠は延々と視界の果てまで続く工事現場を眺めていた。
「街とは言えねえだろ。ただの工事現場だ」
外を眺める誠にそう言いながらかなめは一緒に外を見た。二人とも明らかにこの部屋が異常な場所であると言うことを確認していた。
「夜はこの下のコンビニの店員と工事現場を警備する警備員だけ……さびしいところね」
アメリアはそう言いながらコートの襟を直した。その動作にカウラも苦笑いを浮かべながらアストラルゲージの終了を始めていた。
「この部屋で暮らすのを選んだ……先を見るにしてもほどがあるよな。確かに空気が読めなくて会社を解雇になるには十分な神経の持ち主だな」
そう言うとそのままかなめは玄関に向かった。
「何年か経てば人気スポットになりそうだけど……どうなるか分からない時代だから」
呆然と目の前の道路を通過していくトレーラを眺めている誠の肩に手を乗せるアメリア。カウラはそれを見ても気にしないというように終了したアストラルゲージをコートのポケットに収めた。
「水島とかいう人物は人間が嫌いなのかな」
誠はポツリとそう言った。
「好きだったらこんなところで暮らせるわけ無いわよね。でも……そんな人物が他人の能力を乗っ取って犯罪に走る。なんだか不思議な話よね」
アメリアもまた誠と同じように水島と言う男が理解できないでいた。
「不思議?むしろ当然じゃねえのか?誰でも彼でも人であると言うことだけで憎むことができる人間はいるものだぜ。まあめったにお目にかかれねえが今回の水島何がしとかいう奴もそう言う人種だったと言うことだよ」
カウラ達の雑談に一区切りつけるとそのままかなめは外へと出て行った。外の冬の冷たい外気がこもった部屋の中に舞い込んできて誠達を包む。妙に生暖かい空気から開放されて誠は一息つくと玄関に向かった。
「西園寺の言う通りなんだろうな。たまにはアイツもいいことを言うものだ」
そう言いながらカウラはブーツを履く。誠は靴を履く二人から再び視線を窓の外へと移した。
「どんな人物なんでしょうね」
誠にはこの意外な能力を持って生まれてしまった水島に同情する権利があるような気がしていた。
「すぐに会えるわよ。まあこんな孤独死か友達が居ないような人とは私は会いたくないけど」
アメリアはそう言いながらパンプスを履くと大きく伸びをして廊下へと消えていった。