第147話 山積の難題
「馬鹿な遊びをしてるじゃねーか。普通の豚とイベリコ豚。どっちだっていーじゃねーか」
入り口すぐのテーブルをランは占拠した。その正面には珍しそうに島田の悩む姿を眺めている茜とラーナの姿があった。
「お待たせしました!」
セーラー服にエプロン姿の小夏がビールを持ってランに迫った。その後ろには猫耳をつけたままのサラがコップと付き出しを持って並んでいた。
「サラ……なんだそのの格好は」
カウラが呆れたようにサラの猫耳を指さした。
「良いじゃない……似合うんだから」
そう言う島田はそう言われて照れ笑いを浮かべた。
かなめはそれを見て一度誠の顔をまじまじと眺めた後少し斜に構えるようにして笑みを浮かべた。
「西園寺さん。何が言いたいんですか?」
島田は彼女のサラに眼をやるかなめが気になったようで豚串から目を逸らしてそう言った。
「いや、なんでも……」
かなめは島田と絡むと面倒なことになると葉巻に火をつけた。
「かなめちゃんはボトルよね。……ラム?ジン?」
いつものように春子がかなめに聞いてくる。
「ラムで。『レモンハート』。それと!食うもん頼もうぜ。アタシはボンジリ!」
かなめの注文を聞いてそのまま厨房に春子は消えた。手伝いの小夏はエプロンからメモ帳を取り出して周りを見渡す。
「私は……串焼き盛り合わせにしようかしら……カウラちゃんは?」
カウラに誠の隣の席を占拠されたアメリアは仕方なくその隣の席に座っていた。
「そうだな……とりあえずシシトウかな。最近は緑が足りていない」
カウラはそう言いながら視線を背後のラン達に向けた。
「アタシも盛り合わせで……ラーナもか。茜、どうするよ」
酒中心であまり食べることをしない茜に一応かなめも尋ねてみた。
「わたくしは……あまりたっぷり食べる気にはなりませんの。つまみ程度で数品見繕ってくださいな」
茜は完全に飲みモードだった。
「じゃあアンコウ肝のいいのが入ったって源さんが言ってたからそれをメインで行きます?」
春子の笑顔に茜も上品な笑みを返した。
「お願いするわ。このところ例の辻斬りの資料調査で徹夜が続いてて頭が回らなくて」
ラン達幹部連の注文を受けるとメモを持って奥に小夏は消えた。
「まだ決まらないのか?」
メニューとにらめっこしている誠にカウラがそう尋ねた。
「ちょっとここんところストレスがたまる仕事ばかりだったので量を食べたい気分なんで」
機嫌がよさそうなカウラに急かされながら誠はしばらくお品書きに目を向けて黙っていた。
足早に厨房から現れた春子は手にしたラム酒の瓶をかなめに差し出した。
「飲みすぎないでよ」
春子はそう言ってラムの瓶とグラスをかなめに手渡した。
「気をつけまーす」
春子の言葉の意味など解さぬようにかなめはたっぷりとグラスにラム酒を注いだ。呆れたようにカウラはかなめの手元のグラスに目をやった。
「飲みたいのか?」
それを見ていた誠に真顔でかなめが尋ねてくる。
「まさか」
自分の酒の弱さを知っている誠はそう言ってその場をごまかした。
「はい!お待たせです!」
失笑するカウラを見ていた誠の耳元で手に盆を持った小夏が現れて注文の品をテーブルに並べていった。
ついその動作に見とれて誠は手元のメニューを取り落とす。
「神前の兄貴。しっかりしてくださいよ。それより注文は?」
中々注文の決まらない誠に業を煮やして小夏がそう問い詰めた。
「焼鳥盛り合わせダブルで」
ようやく諦めがついたとでもいうように誠はそう言った。
「誠ちゃん!それアタシの真似じゃないの!小夏ちゃん、私も」
島田の隣のカウンターでビールを手酌でやりながらサラが叫ぶ。小夏は笑顔を浮かべながら厨房に消えていく。
「上、さっきはあんなにはしゃいでたのに、今は妙に静かじゃねーか。島田の。上は法事でもやってんのか?」
ビールを飲んで顔を赤くしながらランが豚串の品種当てに失敗してうつむいている島田に声をかけた。二階を占拠して飲み続けているという技術部の情報士官達の沈黙。その事態に隣のサラもパーラもランの質問に首をひねった。
「女将さん。アイツ等……さっきまであんなにはしゃいでたのに急に静かになるとは……死んだのか?」
かなめも上の急変が気になってそう尋ねた。
「始めたのが昼間からだったから……潰れてるんじゃないかしら。うち、昼飲みも始めたのよ。お休みの日とかよろしくね」
阿鼻叫喚の地獄絵図にならずに済んでよかったというような表情で春子は笑った。彼女を見ながら誠もビールを飲み続けた。
「しかしアイツ等も今回色々動いてくれたからな……大変なんだろ。少しは気を回してやれ」
相変わらずカウンターを背にテーブル席の誠達を眺めていた島田はそう言うと烏龍茶を飲み干した。
「まあうちも大変だけど」
『何か言った?』
かなめの言葉にランと茜が同時にステレオで叫んでいた。思わずその様子に誠は苦笑いを浮かべた。
「それにしても大変そうだな」
結局イベリコ豚を当てられずに島田は懐からガソリンスタンドのカードを取り出してパーラに手渡しながらつぶやいた。
「何?正人君も入りたかったの?」
アメリアは冷やかすような調子で頭を掻く島田にそう言った。
「そんなことは無いですけど……法術を乗っ取る犯人でしょ?俺みたいに死なないだけが取り得の法術師の方が適しているんじゃないかなあとか思っただけですよ。力を乗っ取られても別に何も起きないですから」
そう言いながら最後の豚串を口に運んだ。
「オメーはバックアップだよ。同盟厚生局の事件じゃあオメーにぜひ参加してもらえって隊長に言われてたからな。まああれだ、今はじっくり構えておけってことだ……『武悪』のエンジン交換のシミュレーション。終わってねーんだろ?」
ランはすでに手酌で日本酒を飲み始めていた。
「そうだぞ、島田。あれの整備の手順とかは初めてだからな」
カウラも厳しい口調で島田に向けてそう言った。
「わかりました。とりあえず目の前の仕事に……」
島田は聞いているのか居ないのか良く分からない態度でそう返した。
「そうだ精進してくれ」
ランはそう言ってカラカラと笑った。