第146話 つい寄ってしまう場所
「あそこ、月島屋ですよね」
誠が見た先には何かの事件でもあったような人だかりができていた。よく見ると立ち去る人々の顔にはそれぞれ笑顔が浮かんでいる。それを察したランは当然のようにカウラが車を停めたのを好機として扉を開く。
「中佐!突然降りないでください!」
ランの奇行に驚いたようにカウラはそう言った。
「良いじゃねーか。事故ってねーんだから……神前も見たいんだろ?」
振り返るランの姿はまるで8歳の子供そのものだった。
「見たいって……」
呆然としている誠を車から引っ張り出してランはそのまま歩き始める。驚いたように車を飛び出したかなめがその後に続く。
「なんだよ……オメエは知ってんのか?」
かなめがそう言うのを聞きながら誠が月島屋の店先を見るといつものように猫耳をつけてジャケットを着たサラと中学校の制服姿で同じく猫耳を付けた月島屋の看板娘の小夏が子供達と握手をしていた。
「何やってんだ?オメエ等?馬鹿じゃねえの?」
そう言うとそのまま小夏をかなめはにらみつけた。いつものようにそのガン付けに小夏はにらみ返した。
「知らないの?二人で漫才してるのよねー!」
得意げにサラはそう言い放った。
「漫才ねえ……いまいち受けてないみたいじゃねーか?それにさっき落ちを聞いてたけどあれじゃあ落ちてねーぞ。お笑いは落ちが大事なんだ。その点をよく勉強しておけ」
ランが言うので誠も苦笑いを浮かべた。かなめもまた珍しそうにサラ達の隣で困った表情を浮かべているアメリア、ラーナ、茜の三人に目をやった。
「嵯峨警部……良いんですか?」
誠は往来の通行の邪魔になるほど集まったギャラリーを見ながらそう言った。
「あら?お着きになりましたの?」
優しく微笑む茜を見て誠は照れ笑いを浮かべた。
「着いたかじゃなくて……」
ランも少しばかり戸惑ったような表情で満面の笑みのサラ達を眺めていた。
「まあ……仕事が終われば別に良いんじゃねーの。それほど任務に支障はなさそうだしな。ただ……」
ランは落ちしか聞いていないはずなのにすっかり困ったような表情を浮かべていた。
「ネタが分かりませんわ……どこで笑ったら良いのか……」
ランと茜は首をひねりながら小夏達の後ろの引き戸を開いて店の中に消えていった。
「先にやってるわよ!」
真ん中のテーブルにはパーラの水色の髪が揺れていた。すぐに隣にはうつむいてじっと豚串をにらんでいる島田がいた。
「なんだ……上は?」
天井を跳ね回るような振動がするので気になったランが島田に尋ねた。
「情報士官の旦那衆が宴会だって……すごい盛り上がってるわよ」
そのまま自分の脇をすり抜けて厨房に向かう小夏の言葉にうなずきながらかなめは先頭で店に入った。
「あら、神前君達も来たの……上は使っているからこちらでいいかしら」
小夏の母で女将の家村春子が厨房から顔を出して声をかける。いつものことながら紫色の小袖と軽くまとめた黒髪があまりにも似合うので誠は瞬時立ち止まってしまった。
「かまいませんよ……」
先頭を切ってカウラは平然とした顔で誠の隣に座った。
「豚串四本のうち一本がイベリコ豚なのよ……当たるかしら」
パーラはにんまりと笑った。ようやく島田が何かをかけて豚の種類の区別をつける遊びをしていることがわかって誠は納得した。
「つまらねえことやってるな。豚なんてみんな一緒だろ?そんなのに一生懸命になりやがって……暇なのか?」
ランはあきれ果てたというようにその様子を眺めていた。
「当たればガソリン一回満タンですよ……今月は部品代とサラへのプレゼントで結構財布の中身が気になるんで……」
苦笑いを浮かべると島田は一番右の豚串を口に放り込んだ。
「これは……」
島田に豚の肉質など分かる知識があるはずが無い。誠は無駄なことをするものだと思いながらおしぼりで手を拭いていた。
「島田君がんばってね!」
厨房からビールを運んできた小豆色の渋めの留袖姿の女将、家村春子の言葉に島田は首をひねった。
「わかるもんかよ……女将さん。とりあえずアタシはいつもの奴で他の連中はビール。ああ、クバルカの姐御は日本酒を冷で」
そう言うとかなめは奥のテーブルに着席する。そしてそのまま隣の椅子を叩いた。察した誠はアメリア達に照れながらかなめの指示通りその隣の椅子に腰掛けた。
「女将さん、私とカウラは烏龍茶で」
パーラは今日も運転手らしくそう言って春子に注文した。
「はいはい」
そう言うと春子はビールを島田の隣に置いて厨房へと消えていった。
「分かるのか?」
かなめの正面の椅子に座りながらカウラは視線を島田に向ける。アメリアは椅子にも座らずに島田を興味深そうに眺めていた。
「うーん……」
腕組みして考え込む島田。その顔は分かっているのか分からないのかすら良く分からないという島田らしい微妙な表情だった。
「正人……」
唸る島田。サラはいつものように島田の名前を呼ぶ。
「降参?降参?」
迫るパーラ。ただ島田は黙って豚串を噛み始めた。