第145話 帰りがけの道すがら
繁華街の警察署を出ればすぐに下町のごみごみした建物の中の道へと入ることになる。久しぶりの定時の退社。街は人であふれていた。
「ぶつけないでくれよ。物損事故で豊川署のお世話になるのはこりごりだ」
かなめは冷やかすようにそう言った。
「誰にものを言っているんだ?私の腕は確かだ」
かなめの言葉にカウラは苦笑いをうかべた。そしてすぐさま目の前に飛び出してきた小学生に急ブレーキを踏んだ。
「言ったばかりだろ?見えて無かったのか?」
呆れたようにかなめはそう言った。
「予測はしていた。この程度の危険余地が出来ない私だと思ったのか?」
いつものようなやり取りに誠は沈黙とグラフばかりに集中していた時間を終えたことを実感した。そして再び走り出した車は見慣れた月島屋に続く商店街のアーケードの道にたどり着いた。
「アメリアの馬鹿に茜とラーナ。島田は姐御の帰りの運転手か……あとは誰が来るんだろうな……」
茜は飲みに行くときはうまい事おだてて島田を運転手に仕立て上げて自分の車を運転させるのはいつもの事だった。
「西園寺はすっかり乗り気だねー」
ランはすでにカップ酒を四合飲んでいるのでご機嫌にそう尋ねた。
「当たりめえだよ。おごりで飲めるんだ。たっぷり元をとらないとな」
にんまりと笑う隣の席のかなめに思わず誠は苦笑いを浮かべた。いつもどおり駅へ向かう道は渋滞していた。そしていつも通り近くの商業高校の学生達の自転車が車を縫うようにして道を進んでいた。
「まったく自転車通学か……寒いのにご苦労さんだね。まるで叔父貴だ」
かなめは嵯峨を蔑むようにそう言った。
「かなめちゃん。私達も近々寒くてご苦労さんなことをするかもしれないんだけど」
助手席から身を乗り出してアメリアは突っ込みを入れる。カウラは苦笑いを浮かべて信号が変わって動き出した車の流れにあわせてアクセルを踏んだ。
「久々にサラが来るんじゃねえかな。それと……パーラはサラとセットだからな。連中は暇そうだし」
かなめは無責任にパーラとサラをセット扱いした。
「でもなんだかサラは白菜がどうとか言ってたぞ。畑の収穫に人手が足りないとか。もしかしたら技術部の連中のお手伝いとかしてるかも知れねーな。未来の旦那である島田が命令したら整備班の人は死にかけてても手伝わされるからな。それが美しい秩序と言うもんだ」
植物大好きなサラは部隊創設二年をかけて敷地の半分を占める荒地を開墾していた。それどころか今では隣の菱川重工豊川工場の職員に野菜を販売するまでになっていた。誠もその労力を想像する度になんで司法局実働部隊が同盟のお荷物と呼ばれるかがよく分かると納得していた。
「カウラを見に菰田の野郎共が来るかもよ。『ヒンヌー教団』の執念は半端じゃねえからな」
かなめは冷やかし半分にそう言った。
「それだけは勘弁してくれ。菰田は生理的に受け付けないんだ。出来れば西園寺、貴様の腕力であの連中を解散させてくれないか。いい加減私も迷惑してるんだ」
カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖菰田のことを思い出すとカウラは渋い顔をしてハンドルを大きく切った。
「いきなり曲がる……?どうした?」
ランはカウラの急ハンドルに驚いたようにそう言った。
「どうしました、西園寺さん」
急にコインパーキングに向かって乗り入れた車の中で頭をぶつけてうめいたかなめの視線に何かが映っているようで誠は彼女の視線の先を見た。