第143話 外事課の犬
「でも……本当にいいんですか?」
思わず心配になり誠はランに尋ねた。
「何がだよ」
相変わらずランは手にした日本酒を飲んでいる。誰も小学校低学年にしか見えない彼女を注意しないのが不思議に見える光景に誠は少し違和感を感じていた。
「だって警邏隊の巡回は深夜もあるんじゃないですか?その深夜に反応が出たら……」
誠の言葉に小さなランはそのまま誠の腹の手前まで歩いてくると大きくため息をついた後まるで子供のように見上げた。
「普通に犯人の反応が出てもアタシ等はなんにもできねーのは説明したろ?それとだ。警邏隊はアストラルゲージについちゃー説明なんて受けてねーんだ。異常があれば確認の連絡ぐらい入るだろ」
いかにも投げやりなランの言葉に誠はむっとして見下ろした。振り返るランはそんな誠を見て大きなため息をついた。
「だから焦るなって。それにだ。技術部の情報士官共に確認させたがあの杉田とか言うここの署長の腰巾着だが……かなりの食わせもんだぜ」
ランの顔には嵯峨によく見る悪い笑みが浮かんでいた。
「食わせもの?」
カウラは得意げに署の玄関を出て行くランの後ろ姿を見ながら首をかしげていた。
「お前等に頼まれて情報を探している時しきりに司法局実働部隊のサーバーにアクセスしている馬鹿がいてな」
まるでそうなるのが当然という口調でランはそう言った。
「それがあのおっさんか?……まさか」
かなめは話にならないと切って捨てるように吐き捨てた。豊川署の中庭を通り抜けそのまま裏手の駐車場に向かう。すでに六時を回れば冬の太陽は跡形もなく空から消え去って、闇だけがあたりを覆う。
「なに、本人がアクセスした訳じゃねーよ。隊長に確認したが杉田とか言う警部。外事課崩れって話だ。東都警察外事局あたりが動いていたとしても不思議じゃねーな。遼州同盟加盟国の軍人や警察官が集まってる司法局には外事課も興味が有るんだ。そこら辺の理由から探りを入れてるんだろーな」
東都警察外事課。東都警察でも外交官特権をかさに着て悪事を働く外交官の裏を暴く花形のように見えて、実はその外交官に便宜を図っている『汚れた英雄達』の巣窟として知られていた。
「これは……また面倒な連中が出てきたな……東都警察は犯人逮捕より同盟司法局の内偵がお好きなようだ」
かなめの皮肉にランは苦笑いを浮かべる。駐車場の手前の道には島田のワゴン車がライトを付けて止まっていた。
「つっていつまでも仕事の話は野暮だな。行くぞ!」
誠達に手を振るとランはそのまま小走りにワゴン車の方へと走り去った。ワゴン車の後ろには白いセダン。おそらく茜の愛車だろう。
「でも本当に良いのかねえ……外野の連中が動き出しているんだろ?」
家路を急ぐ署員の車をやり過ごしながらかなめが面倒くさそうにつぶやいた。
「西園寺さん。外野って……東都警察の外事課ですか?」
ぼんやりとつぶやく誠をかなめのタレ目が見上げてきた。
「誠ちゃん。法術絡み。しかも新しい能力となれば地球諸国の研究機関も目の色変えるもの。外事課が動くも当然すぎるわね。それに同盟厚生局の時を忘れたの?地球やテロ組織。同盟非加盟国……いいえ同盟機構の内部組織の連中も今回の犯人を狙っているのよ。司法局の内偵のついでにそこら辺で司法局が警察に隠してる情報を手に入れたいんでしょ。所詮お役所なんてそんなものよ」
アメリアは相変わらずいつものアルカイックスマイルを浮かべていたが、その口調には緊張感が感じられた。
「それは分かるんですが……」
銀色のカウラの『スカイラインGTR』が駐車場を照らす明かりに浮かんで見ても誠もかなめもしっくり行かない感覚が続いていた。
「逆に考えるとこれだけ注目を集めればそれぞれの組織は動きづらいだろうな。法術関連の特殊部隊の派遣は一般部隊に比べれば相当なコストとリスクが要求される。情報収集も然りだ。手駒である少ない法術師をやりくりしての調査。しかも獲物を横取りされる確率が高いとなれば手を出せる勢力は相当限られてくる。それに今回の法術師は直接的な破壊力がある訳じゃない」
カウラはそう言うとそのまま自分の車のドアを開いた。いつものように助手席の扉を開いてシートを倒すといつものようにかなめは真っ先に後部座席に乗り込んだ。