第138話 遼州人の真実
「一億年前。まだ地球人が哺乳形態と呼ばれる哺乳類以前の存在だった時代から遼州人は今の姿のまま焼き畑農業を続けていた。そして地球人類が生まれてもまだ遼州人は焼き畑農業、地球人が宇宙に出るようになって初めてここ東和共和国……当時は『ワの国』と呼ばれていたそうですがようやく地球人類から文明を吸収して進歩を始めた」
そう語る北川の表情にはある種の哀しみがにじみ出ていた。
「遼州人がこの星に根付いてから一億年。この東和共和国にも多くの不死人が生まれた……その数は正確なところは俺も分からんがこの国の人口の半分くらいは不死人なんですよ、旦那。ビールお代わり!」
北川はそう言うとパートの店員にビールを頼んだ。
「ほう……その割にはよく法術の存在が今まで地球人にバレなかったな?死なない人間がそれだけ居れば鈍い地球人でも嫌でも気づく。それに俺が斬った女に不死人はいなかった。斬った女はあっさりと死んだ。どこに居るんだ?その人口の半分を占めるという不死人達は」
皮肉めいた笑みを浮かべる桐野に北川は話を続けた。
「人口の半分の不死人の存在を無きものにする。その為のこの国の戸籍の電子化の拒否ですよ。手で書いた戸籍はいくらでも訂正が出来る。訂正しなくても一々ページをめくらないといけないから誰も調べようとしない……その結果数千万人の不死人がこの四百年間平穏無事に何事も無かったかのようにこの国で暮らしてきた……まるで存在自体が消された様にして……」
北川の表情からはいつもの仮面のような笑みは消え、深刻な表情が浮かんでいた。
「存在自体が消された様にして?どういう意味だ?」
北川の言葉に桐野は激しく反応した。
「不死人達はこの国の隅っこでひっそりと存在を消された様にして暮らしているんですよ。この国の農業と建築業と製造業の単純作業を支えているのはそうした不死人達だ。元々学の無い文明化以前に産まれた不死人に会社勤めが勤まると思います?連中に都会の文明社会に溶け込んで生きるような器用さを求められます?連中に出来ることはこれまで通り農業を続けることと日雇い労働者として建設現場で働くこと。この二つしかなかった。田舎に行けばいくらでもある孤立村落。大体はそこに住んでいるのは不死人ばかり。その不死人達がコンバインに乗って土地改良も進んでいない田圃を耕してるのを田舎に行けば嫌と言うほど見れますよ。まあ、器用な奴は期間工として製造業に従事したり、文明化以降に海に放たれた地球の魚を獲って暮らす道もあったがそんなのは一握りだ。ほとんどは食うや食わずの収入以外をすべて力ない資本家に搾取されて最低の暮らしを送っている。想像するだけで反吐が出るわ」
北川は店員からビールを受け取りながらそう言った。
「俺はね、桐野さん。公安から追われて逃げてる間、各地の飯場を転々としてきた。そこで汗水たらして働いているのはどこに行っても居るのは俺より年下にしか見えない若者達ばかりだ。それだというのにその顔にはまるで希望の色は見えない……そりゃあそうだ。いつまでも続く単純労働。ほとんどの銭は現場監督の死ぬ人間達に吸い取られる。わずかな日銭で簡易宿泊所に泊り、金が溜まれば同じ不死人の立ちんぼを買い、それが余れば焼酎を飲む。それが連中のすべてなんですよ。永遠の命を持ちながら、待っていたのは永遠の搾取……ひでえ話じゃないですか……」
そう言って北川は唐揚げを頬張った。
「俺も似たようなものだ。永遠にあの茶坊主を追い続ける。それだけが俺の人生……」
桐野はそう言ってようやくつまみに鶏の刺身に箸を伸ばした。




