第134話 『廃帝』が目を付けた法術師
「そう言えば、我々にとっては不愉快極まりない法術演操術者……大人気のようですよ。アングラサイトにその情報を売り渡した遼北の工作員崩れの死体が港北に上がったそうです。水面下では同盟加盟国も地球圏の連中もあの法術師の情報を集めようと躍起になってる。俺達が一番に見つけなきゃ意味が無いですよ」
北川の言葉を聞いているのかいないのか。ただ桐野は黙ってコーヒーを啜っている。北川としても昔のコネクションで手に入れたそれなりに新鮮な情報を無視されて気分がいいわけもなくわざとらしく大きく咳き込んで見せた。
「遊びか……何かのメッセージがあるのか……ともかく会って見るのも悪くないな。その法術師」
ようやくあった桐野の言葉に北川は安心したような笑みを浮かべた。とりあえず桐野が彼と因縁のある嵯峨のいるこの街に居を構えたらしい法術師に関心があると分かって北川も少しだけほっとしてほほえんだ。そしてそのまま鳩に目をやると一羽の鳩が突然もだえ始めた。
鳩は声も立てず、何かに首の辺りを握り締められたよう羽をばたつかせた。北川が驚いて桐野の表情を見るがそこにはもぬけの殻のようにじっとその鳩を見つめている悪鬼のような男の姿があった。
「桐野の旦那……鳩がそんなに珍しいんですか?」
北川が口を開いた瞬間。目の前でもだえていた鳩の首がぽとりと落ちた。
思わず北川は周りを見渡した。駅近くの公園だが寒さと平日の日中と言うことで誰も異変に気づいたものはいなかった。
「旦那!鳩とは言え無益な殺生は止めてくださいよ。俺達の敵は力も無いのに威張り散らしてる地球人共。それ以外の命を奪うなんて愚の骨頂ですよ」
北川は革命家としての自負からそんな言葉を桐野に掛けていた。
「なあに、ちょっとした悪戯さ。貴様もやってみろよ、気分が少しは楽になるぞ」
そう言うと桐野は立ち上がった。北川は言いたいことは山ほどあったが口の中にそれを飲み込んで歩き出した。外惑星『甲武国』の少年兵上がりで嵯峨の従卒だったこともあるらしい。北川が桐野について知っていることはそれくらいだった。それ以上は知る必要もないし、知りたくもなかった。
ただこうして目的を一つにして行動しているだけに言いたいことは山ほどある。
「陛下もご立腹ですよ。旦那が東都に来て何人斬ったと思ってるんですか?しかも若い女ばかり。そして斬った後に必ず犯す。変態行為もいい加減にしてくださいよ」
北川は小声でつぶやいては周りを見回した。そのおびえた表情に余裕のある笑みを桐野は返した。
『廃帝ハド』。北川の今の飼い主であり、法術の公表以前から活動を続けている非公然法術師集団の長。自分が法術師であることを教えたその身元もしれない人物に付き従うようになってから長いが、そんな中でつきあった相棒の中で桐野は一番手に負えない人物なのは間違いなかった。
周りを気にして小声で話す北川をあざけるような表情で一瞥した後、桐野は手にした缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。
「俺は人が斬れるから陛下に飼われてやっているんだ。斬れなくなればおさらばさ。それに女は殺してから犯す方が気持ちいいもんだぞ。お前も試してみると良い」
そう言う桐野に北川は大きくため息をついた。そして周りを見渡すが豊川駅前南公園。ベットタウンの日中。しかも真冬と言うことで長い筒に黒いトレンチコートと後ろに纏めた黒い長い髪と言う明らかに異質な桐野の姿は異様に過ぎた。通りを急ぐ中年女性やランドセルを背負った小学生も関わり合いになるまいと避けている分だけ彼等の異常さには気がついていないようだった。
「それより……最近東都で悪戯をしている馬鹿だが。見つけたとして……斬ってもいいのか?」
赤信号に立ち止まった桐野の言葉に北川は頭を抱えた。
「いいわけないじゃないですか!どうせ自分の力の価値も知らない馬鹿ですよ。先日の政府の愚策の法術適性検査の無料化で受けてみたら適性があって、社会に牙でも向いているつもりなのが見え見えですよ。そんな奴……」
北川はそこまで言って桐野を見上げてみた。自分の言った言葉の半分くらいは北川自身にも当てはまるという自覚はあった。桐野の目が笑っているように見えるのはその自覚のせいだろう。桐野には元々自分のことなど見えていないのだから。
「別にどんな奴でも良いんだ。斬って良いのか?」
桐野の笑み。それを見ると何を言っても無駄だと分かりながらも北川は彼に答えを出すしかなかった。
「駄目です」
北川の言葉に何度かうなずいた後、桐野は信号が変わったのを確認して歩き出した。いつもの気まぐれか、北川は諦めかけながらも小走りに桐野の後をつけた。
「旦那。どこに行くつもりですか?」
「どこ?別にどこでもかまわんぞ」
「はあー……」
淡々と答える桐野の言葉に北川はため息をつくとそのまま桐野のポケットに突っ込んでいる左手を取った。
「とりあえずその宿を提供してくれると言う協力者の所に行きましょう。旦那はただでさえ目立つんだから……」
そのまま腕を引っ張る北川を死んだ表情で見つめながら桐野はそのまま繁華街のアーケードの方へと歩き出した。
「ああ、このまま旦那と同類と合うのは気が引けるからこういう時は昼間っから一杯ひっかけるってのも悪くないですね。良い店を見つけたんですよ、行きませんか?」
北川は相変わらずの人懐っこい笑顔を浮かべて気難しく表情を崩さない桐野に声をかけた。
「昼間から酒か……そう言う趣向も悪くないな」
桐野はそう言って苦笑いを浮かべて歩いていく北川に付いて行った。
「夜は焼鳥を出してるらしいんですが、昼間は定食と鶏関係のつまみを出して軽く飲ませる店なんですよ。さあ、旦那行きましょう」
北川はそう言うと桐野の前に立って豊川中心部のアーケードに向けて歩き出した。