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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第三十一章 人を斬ることを楽しむ男
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第133話 戦争犯罪人の習性

 一人。黒いトレンチコートを着た男がベンチに腰掛けていた。


 冬晴れの空。誰もが着ているコートやマフラーを押さえて北風に耐えていた。そんな中ではトレンチコートを着た男の存在は決して目立つものでは無い。そんな周りの無関心の中、男は長細い筒を持ったままじっと目の前の鳩に菓子パンをちぎっては投げる動作を延々と続けていた。いつからその動作を始めたのか、いつまでそれを続けるのか。誰にもそのことは分からない。その濁った目の中に狂気を見た者は自分を納得させてその場を立ち去るだろう。それほどに男の目は濁りつつも奥に不気味な光を湛えて目の前の鳩をただ眺めていた。


「旦那!桐野の旦那!」 


 派手なラメ入りの赤いスタジアムジャンバーを着た男が彼に声をかけた。だが桐野と呼ばれた男は無視して鳩にえさを投げ続けた。まるで人違いだというように無視を決め込んで菓子パンをちぎった。


「いやあ、冷えますね。これだけ冷えると薄着が信条の俺でも身体に堪えますよ」 


 だがいくら無視されてもスタジャンの男は笑みを絶やすことはしない。それどころか桐野と彼が呼んだトレンチコートの男に話を振ると手にしていた暖かい缶コーヒーを差し出した。


「冬は冷えるものだ。年中気象条件が調整されている甲武が懐かしいと俺が言い出すと思ったのか?北川」 


 桐野はようやく気が済んだというように菓子パンを粉々にして空にばらまいた。鳩達はそれまでの奪い合いから一気に増えた餌めがけて争うようにして飛びかかった。桐野孫四郎はその様を満足そうに見ながら缶コーヒーのプルタブをゆっくりと引き上げた。カチンと響く音に驚いたように鳩が一度桐野の足元から去るが喰い残しのパンを見て再び彼の前にたむろした。


 北川公平はしばらくその様子を確認した後、どんな言葉も桐野の関心を引けないと諦めて自分の分の温かい紅茶の瓶のふたを開けた。


「豊川市……司法局実働部隊のお膝元。嵯峨惟基の地元ですよ。乗り込んだのは良いが……まったく何にもない街ですね」 


 北川も嵯峨に興味のある人間の一人だった。彼が遼州民族主義グループのセクトに属していたときから鬼の憲兵隊長と呼ばれた嵯峨惟基と言う男には興味を持っていた。東和に移った彼を恐れてゲバ棒を片手に東和南港に向かったことも懐かしく思い出される。


 ただ、今の嵯峨惟基は同盟と言う自分の作った檻に飼われる人懐っこい猛獣と化したと北川は思っていた。いや、猛獣ですらない。牙を抜かれ、自分の資産にものを言わせて作った『司法局実働部隊』と言うおもちゃでじゃれるただの大きな愛玩動物と言うところだ。


 北川はそのことを嘆きつつも、自分の隣にいる明らかに未だに猛獣であり続ける男をちらちらと眺めていた。そしてそんな自分も法術と言う牙を持った猛獣でしかも飼い主がいるという皮肉な事実を改めて理解すると自然と笑みがこぼれてくるのが不思議だった。


「……別にあの男がいようがいまいが関係ない。ただ……手ぶらで帰れば『廃帝』陛下が悲しむからな。話は変わるが、仕事がしやすいように知り合いに部屋を借りた」 


 桐野は濁った目の下に薄ら笑いを浮かべて北川を眺めてきた。何度見てもその目は心臓に悪い。そう思いながら北川は何とか軽口で自分の心を安定させることに決めた。


「へえ……旦那に知り合いか?そんなものが居るとは驚きだ。よくそいつで斬られなかったもんだ」 


 満面に皮肉を貼り付けた表情の北川が桐野の手の横に置かれた筒に目をやった。その中身、備前忠正の存在を知っている北川は桐野のリアクションを諦めて彼の前にたむろする鳩に視線を落とした。北川がびしびしと背筋に感じる桐野の放つ殺気は隠しようが無かった。鳩はまるで無関係だというように桐野のまき散らしたパン屑を拾い集めることだけに執心していた。その様がちょうど二人に関心も持たずに通り過ぎる東和の人々に似て見えて北川はいつもの人懐っこい笑みを取り戻した。



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