第129話 米帝の目
「おじさん」
突然背中から声をかけられる。そこには見慣れた少年の姿とはじめてみる女性の姿があった。
「君……」
自分の言葉が震えているのが分かった。二人とも地球のアジア系に見えるが遼州人であることはその雰囲気で分かった。女性の黒い長い髪とそれに似合う黒いオーバーコート。暖房の効いた室内だと言うのに汗一つかかず黙ったまま自分を見つめていた。
「紹介するよ。僕の姉役のキャシーだよ」
少年は彼より5歳ほど年上の少女を水島に紹介した。
「初めまして……」
女性が思ったよりも若いことが声を聞いて分かった。仕方なく水島も軽く頭を下げた。
「キャシーも僕等と同類だから。当然、オジサン程度がどうこうできる相手じゃない。そのくらいの自覚は有るよね?」
気軽にそういう少年だが、その顔を見た瞬間に頭の中に違和感を感じて水島はよろめいた。
「……彼女は……」
水島が感じたのは少年とは違う法術の『匂い』だった。その『匂い』はあえて言うと自分のそれにあまりに似ていた。
「おじさんと同類だよ……僕の能力すら勝手に使うことができる力がある。上には上が居るんだよ。世間は広いんだよ……まあこんなことを子供から言われるまでも無いかもしれないけどね」
少年の笑みが残酷に広がる。水島はきつめの視線が特徴のキャシーと呼ばれた少女に目をやった。
「キャシーさんのことはいいとして。君の名前を僕は知らないんだけどな」
水島のおどおどした調子のつぶやきに少年は大げさに驚いてみせる。
「そうだっけ?」
少年はとぼけた口調でそう言った。
「そうだよ、一度も聞いたことがない」
しばらく考えた後、少年は思い出したように手を叩いた。
「そうだそうだ。確かに教えてなかったね。僕の名前はジョージ。ジョージ・クリタ」
「ジョージか……」
名前からしてアメリカ信託領ジャパンの出身者だと水島はあたりを付けた。
「何か文句があるの?」
わずかな思考の隙にも少年は平気で土足で上がり込んでくる。その態度が水島には気に入らなかった。
「いや……」
水島には少年の名前に違和感を感じていた。以前、ニュースで少年と同じ顔をした人物を見たような気がしていたのがその原因だった。だがその見たという時期があまりに古く。それに比べて少年はどう見ても幼すぎた。
そんな少年を見つめている自分を少女は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべつつ見つめていた。
「悪戯をされると困りますから。私が忠告をしに来ました」
たまりかねたような一言だった。
『忠告』。確かにそんなものがいつか来るのは予想がついていた気がした。そしてその言葉が意味する巨大な権力の陰。思わず水島は手にしていたバッグを取り落とした。
ゴトリと落ちる布の音が響いた後、開けたバッグの中から転がり出た筆入れなどが床を転がりけたたましい軽い音が廊下に響いた。キャシーはまるで氷のように一瞬だけ笑みを浮かべると水島が取り落としたバッグからこぼれたノートと筆入れを取り上げた。