第119話 曖昧な協力者
「容疑者は計十五名……ですか」
豊川署の連絡係である杉田と言う老刑事はどうにか言葉を絞り出したと言う体でつぶやいた。
それまでなんとかこの十五人の共通点を提示して見せたカウラの言葉を杉田は黙って聞いていた。そんな彼女の苦労に誠はただ黙って賛辞を送るだけだった。だが明らかに杉田の表情は気に入らないことばかりという風にしか見えなかった。
狭い元倉庫の豊川警察署の誠達の詰め所。空気はどんよりと重い。情報将校の自治体のサーバへのハッキングの事実がこのデータを裏付けているは言うわけにも行かず『同盟厚生局の資料』と言う言い訳で何とか説明しようとしたが、明らかに杉田は胡散臭い目つきでモニターを動かすカウラを眺めていた。
「同盟厚生局がどんな資料を持っているか知りませんが……そんなよく分からない資料で絞り込んだ十五人を名指しで指定して捜査を進めろと?問題にならないですね。馬鹿馬鹿しい」
そんな杉田の一言にかなめが飛び掛りそうな勢いで立ち上がろうとするのをアメリアが何とか制した。しかし誠にもかなめの気持ちはよく分かった。
「もうすでにこの事件では犠牲者が出てしまったんですよ。県警はそれを防げなかった。この事実は消しようが有りませんよね?それとも県警はこれからも犠牲者が増え続けるのを黙って見ていろと言うのですか?それでは我々は何のためにこの部屋に居るのでしょうか?お聞かせ願いたい」
感情的になることの少ないカウラが怒りを抑えるようにしてそうつぶやいた。
「それは分かっているんですが……万が一、この資料が正しいとしましょう。それではこの十五人を呼んで任意で聴取を取るとして、根拠は何ですか?うかがった限りではその呼び出しをかける資料が同盟機構の持ち出し禁止の資料らしいじゃないですか?そんなものに頼って呼び出したところで弁護士を立てられたら即、証拠不十分で釈放ですよ。ただでさえ裁判所は最近の法術師の予防検束的な態度に苛立っている。その状況下でこんな証拠で……話になりませんな」
杉田はまるで話にならないという口調でそう言った。
「そんなことは最初から分かってんだよ!」
かなめはついに切れて机を叩き折ってしまった。その轟音と迫力でさすがの杉田も飛び上がってあとずさった。杉田を殺気を込めた瞳で睨み付けるかなめの前にさっと出たアメリアがかなめの壊した机をそのまま脇にどけた。そして何事も無かったかのように元の椅子に戻った。
「確かに。私達も起訴が難しいことは十分予想していますよ。でもね、杉田さん……もしこの事件の犯人に興味を持つ人物が悪意を持ってこの十五人の中にいるだろう犯人と接触を図ったとしたらどうします?」
アメリアはその通称『伝説の流し目』と呼ばれる色気のある視線を杉田に向けた。こういう時はアメリアは悪いことを考えているものだった。
「クラウゼ中佐……いや、警部。言っている意味が分かりませんが……」
杉田の表情が明らかに曇っている。誠は直感した。杉田はアメリアの言うことが分からないんじゃない分かりたくないんだと。事実、杉田の手元の湯飲みに伸びる手は震えていた。アメリアは当然のようにたたみ掛けた。
「杉田さん。私はあなたはそれほど愚かだとは思っていませんよ。分かりませんじゃなくて分かりたくないって意味なんじゃありませんか?あなたの経歴……私も拝見しました……たしか以前は東都警察の外事課に居られたとか……そうなると、この十五人に他国勢力の接触が予想されることぐらいの事は当然頭に入ってらっしゃるんですよね?犯罪者とは言え東和の国民が他国勢力に利用され東和の不安定化の道具にされる状況を黙って見ていろとおっしゃりたいわけでは無いですよね?」
アメリアの流し目が凡庸な顔立ちの杉田を捕らえた。しばらく目をそらし、頭を掻きながら杉田は考えた振りをしていた。その様子がさらにかなめをいらだたせて立ち上がる口実を与えた。そして当然のように驚いた杉田が椅子を後ろに下げた。
「実際前の『同盟厚生局事件』を見れば分かるように同盟加盟国にも法術の違法利用を推進する勢力が居るのは事実ですし、ゲルパルトの非合法テロ組織やベルルカンや東モスレムのイスラム至上主義勢力による法術師の覚醒実験や取り込みの動きがあるのはご存知ですよね?彼等にとってはレアな法術師は戦力として喉から手が出るほど欲しい。そうなると当然……杉田さんがそれほど愚かな方とは私は思えませんが……」
アメリアの落ち着いた言葉遣いに何とかかなめにおびえる心を奮い立たせるように杉田は椅子を元に戻した。そして口を開こうとするところでアメリアはそれを制するように言葉を続けた。