第116話 介入の考えられる勢力
「俺だって連中が介入しない確証は欲しいんだけど……それほどはっきりと動きを見せてくれるほど甘い連中じゃないしな。そして俺は地球勢力については何も言ってないぜ」
嵯峨はそう言いながらゆっくりと二杯目のココアを口に含むランを見つめていた。
「隊長、飲みたいんですか?」
ランの問いに嵯峨は大きくうなずいた。
「飲ませて」
嵯峨の月3万円生活のもたらす甘いものの魅力にあっさりと嵯峨は負けた。
「じゃあさっきまでみたいなひどい顔はすんじゃねーよ」
ランはそう言うと渋々嵯峨が差し出すカップを受け取った。
「地球勢力の動きは……あるんだか……ないんだか……まあ十中八九動いてはいるだろうが俺の情報網に引っかからないんだ……うまく動いてやがるのか、連中がついているのかどっちかは知らないけどね」
カップに注がれるお湯を見ながらつぶやく嵯峨の表情。それはただ先ほどのココアの何かが欠けた味を反芻しているように歪んでいた。
「国内の主義主張のある連中の公然組織に動きがないのは確かだけどよー……裏では相当動いているんじゃねーの?」
ランはそう言いながらココアを不味そうに飲む嵯峨を見守っていた。
「当然だろ?連中も慈善事業じゃ無いんだから。今回の奇妙な法術師は使いようによっては最強の『駒』になる。そのくらいのことは誰にでも分かることだよ」
嵯峨はランからカップを受け取ると静かにお湯をすする。そして再び顔を顰めた。
「地元の利のある神前等だって今回の犯人の目星がついちゃいないんだ。もし今回の犯人がいたずらをしようとする現場に出くわしでもしない限り神前達の方が先に犯人に巡り会うことになるさ。そんな事が起きたらそれこそ俺としては今回の事件はお手上げだね……まあ、そうも言ってられないのが司法執行機関の隊長の悲しいところなんだけどさ」
そう言いながら嵯峨はさすがにしばらく休むというようにカップを遠くに置いた。目を何度もパチパチと動かし、ただ黙ってランを見つめていた。ランはと言えばようやく口に慣れてきたココアをゆっくりと啜っていた。
「ああ、それにだ」
嵯峨は気がついたように自分の金属粉で覆われた机の上に汚れるのもかまわず身を乗り出してきた。
「なにかあるんですか?」
ランは嵯峨の言葉に少し不思議に思いながらそう尋ねた。
「接触ができたところで法術師を山ほど抱えている『廃帝』と法術研究に一日の長のあるアメリカさん以外はそう簡単には手は出せないさ。貴重な法術師が能力が乗っ取られて暴走しましたなんて言ったら目も当てられない。法術師はどこでも今のところはVIP待遇だ。そんなVIPを危険にさらす訳がない」
確信があるという嵯峨の目。ランは首をかしげつつ、それまでになく目を輝かせている自分の情感を見つめた。
「何か理由でもあるんですか?」
ランの問いに嵯峨は確証を込めた言葉で答えようとした。
「法術師の力を操る化け物が相手だ。相当の手練れが動くならそいつは自分の能力を組織で高く評価させるためにすぐには実力行使には出ない。もしその時返り討ちに遭えば自分の評価ががた落ちになるからな」
満足そうな嵯峨の顔を見てランは大きくため息をついた。
「じゃあそんなことを考えない馬鹿が動いたときは?」
ココアを飲むランの問いは続いた。
「なんでそんな馬鹿の心配を俺がしなきゃならねえんだよ。そんな奴は返り討ちに遭うか、驚いた犯人が大暴れして嫌でも俺達の出番になるさ」
嵯峨の口元にはいつもの騒動を待ち望むときの悪い笑みが浮かんでいた。
「相変わらずやり方が汚ねーな」
ランのあきらめたような言葉に嵯峨はうっすら笑みを浮かべた。
「誉め言葉と受け取っとくよ。それが俺の売りでね」
そんな嵯峨の言葉にランは大きくため息をついた。