第115話 悪党は静観していた
「隊長は悪人だな……」
早朝、まだ部隊には人影は少ない。そんな中『ゴミ屋敷』の異名のある司法局実働部隊隊長室で通信端末の電源を切る嵯峨惟基の姿があった。それを横目で見ながら機動部隊隊長であるクバルカ・ラン中佐のにやけた顔がある。自宅の六畳一間のボロアパートに帰るのが面倒くさいという理由で嵯峨は大概隊長室の寝袋で過ごすのが日常だった。
「まあな。あいつ等も少しは成長してもらわにゃならねえよ。特に神前には期待してるんだけどね。アイツは意外と伸びるよ……まあ使い物になるのは五年先か……十年先か……今はただの『駒』だが、アイツも考えることを覚えれば相当なものになる。俺はそう踏んでるよ」
嵯峨は朝からカップ酒を飲みながらスルメをつまみに一杯やっていた。
「ずいぶんと気長だな。そしてその割には意外に神前の奴を買ってるじゃねーか。これは意外だった」
そう言いながらランは手元で器用に作っていたココアの中にお湯を注いだ。ミルク無しでは飲みたくないと言うように嵯峨はランが入れてあげたカップから目をそむけて立ち上がった。
「気長にもなるもんだぜ。俺の本音じゃまだまだアイツ等の成長は遅すぎるよ。これじゃあ百年経ってもおむつのまんまだ。俺の部下に『駒』は必要ないんだよね。自分で考え自分で行動できる『戦力』が必要なの」
嵯峨が伸びをするのを見ながらランはぬる目のお湯でココアを溶いたものを口に含んだ。
「美味くないだろ?」
嵯峨は朝から飲酒する上司に対する嫌味のつもりでココアを飲むランに向けてそう言った。
「ええ、まあ」
咳き込みながらつぶやくランをにんまりと笑いながら嵯峨は眺めていた。
「ですが本当にゲルパルトのネオナチや『廃帝』は動かないのか?連中も今回の奇妙な法術師の情報を知らねー訳がねー。ネオナチはまさに『駒』にするのに最適な存在に見えるだろうし、『廃帝』は法術師集団だから勝手に自分の力を使われるのは面白くねーはずだ」
ランの問いにしばらく考えた後嵯峨は椅子に腰掛けて目をつぶって腕組みをした。
「ナチの連中については現在数名の法術師を抱えてその調整にてんてこ舞いだと言う情報があってね。それを考えれば元々遼州人を信用しない連中のことだ。手を出す可能性は少ないな。それに対して『廃帝ハド』の配下は法術師集団だ。人に自分の力を使われるのは面白い話じゃないだろ?動くとしても自分の力を完全制御可能なクラスだ。そうは数を揃えられないさ」
そう言うと口寂しいのかそれまで無視していたランの入れたカップに手を伸ばした。すぐに顔を顰める嵯峨。その表情が面白くなってついランは吹き出していた。
「っふ!っと……冗談はこれくらいにしてと。それにしてもずいぶん楽観的な話だな。ネオナチの連中の場合は隊長の好き嫌いの問題だろ?アイツ等だって情勢分析ぐらいしてるんじゃねーのか?それこそ隊長のゲルパルト観がにじみ出てんよ。いつも情緒で政治を語るのは最悪の馬鹿野郎と言っている口から希望的な観測が聞けるとは……こりゃあ傑作だ」
そんなランの皮肉に嵯峨は苦笑いで答えた。