第107話 あまり役に立たない新兵器
「神前曹長やクバルカ中佐クラスの法術師のアストラルパターンなら波動が大きすぎるのですぐに分かりますが……」
誠がラーナの携帯端末をのぞき込むと誠の顔と棒グラフが並んでいる画面が移っているのが見えた。
「急ぐことは無いだろ。慎重に進めてくれ。いくら能力値が高くても外れを引いたら意味が無いんだ。我々が追っている犯人は一人。しかも特殊な能力の持主だ。身長にも慎重を期して対応すべきだな」
カウラはそう言うとそのままドアに向かった。
「カウラちゃん?」
その突然の離席に驚いたようにアメリアはそう言った。
「ああ、コーヒーでも買ってこようと思ってな。全員マックスコーヒーで良いな?」
その言葉にアメリアは目を点にした。だが次の瞬間には満面の笑みといつもの流し目が顔に浮かんでいた。
「進歩したのね、カウラちゃん。以前の気の利かないカウラちゃんなら考えられないくらい。何がカウラちゃんをそう変えたのかしら……もしかして誠ちゃんのせい?」
いかにも先輩『ラスト・バタリオン』らしく、まだ稼働9年の時間しか持たないカウラに向けてアメリアはそう言った。
「馬鹿にしてるのか?それと神前は関係ない。社会経験の成果だ」
捨て台詞を置いてカウラが出て行った。かなめとラーナはそれぞれデータの照合作業を続けていた。沈黙。かなめは絶え間なくその中でキーボードを叩き、首筋のジャックに挿したデータ出力端子から情報を送信していた。
「やっぱりノイズが多すぎるな……本当に法術師の発生割合は2パーセントなのか?東和政府はまだ隠してるんじゃねえのか?」
かなめはそう言って苦笑いを浮かべた二度目のフィルターをかけたアストラルパターンデータだが、まだそれぞれはかなりの違う波形をしているばかりだった。
「一般人でも感情の起伏によってアストラルパターンの異常は起こりますから。どうしてもそういうものまで拾っちゃうんですよ」
かなめの泣き言にラーナは苦笑いで付き合った。誠とアメリアはただ次々と流れていくアストラルゲージを眺めているだけだった。
「でか……」
突然のかなめの言葉にラーナの手が止まった。そしてすぐにかなめが検索した四件目の放火事件の現場のパターンに目をやった。考えられる法術師のアストラルパターンを除去したのにもかかわらず巨大な波がそこに残されていたのが見えた。
「何ですか?これは……でも大きすぎますよ……嵯峨大佐でもいたんですかね」
ラーナはその反応の大きさに驚きながらそう言った。
「アタシに聞くなよ」
誠も目にしたパターン。それはアストラルゲージが完全に振り切れるほどの反応を見せていた。
「それは別件でしょ。次に行って頂戴よ」
投げやりにそう言ったアメリアにかなめはにらむような表情で見つめ返した。
「いいのか?」
かなめはあまりに大きな法術反応に冷や汗を流しながらそう言った。
「良いも悪いも私はそのバカでかい力を持った法術適正者には関心が無いもの。それに法術の能力が高い人間を全員逮捕して要ったら日が暮れちゃうわよ」
アメリアの反応はあっさりしたものだった。
「関心が無いって……確かに今回の事件には関係ねえかも知れねえがな……こいつが目覚めたらそれこそうちじゃあ対抗できるのはかえでかランの姐御ぐらいだぞ」
かなめは画面から目を離してアメリアをにらみつけた。
「止めておけ。コーヒーだ」
いつの間にか戻ってきていたカウラがコーヒーの入った缶を配りながらかなめをにらみつけた。マイペースのアメリアはそれを受け取るといかにもおいしいというように目を閉じて黙り込む。二人の間に立ってカウラは苦笑いで隣で作業中のラーナに目をやった。
「クラウゼ中佐の意見の方に理があるっすね。私達の任務はすべての法術適正者を監視下に置くことじゃないっすから。そんなことしてたらいくら捜査官が居ても足りないっすよ」
ラーナはかなめとアメリアの間に入ってとりなすようにそう言った。
「そ……そうだな」
かなめの視線が誠に向かう。誠はただ頭を掻きながら作業を続けるラーナを見つめていた。
「もう少し雑音を抜けば見えてくると思うんすけど……演操術系のパターンは特徴的っすから……」
それだけ言うとそのまま自分の作業を続けるラーナ。かなめも仕方なくアストラルゲージを眺め始めた。
「共通項って……どうやったら分かるの?」
アメリアの基本的疑問にラーナは得意げに説明を始めた。
「β波が特徴的っすね。一般人の約一万倍の強さで出るっすから。パイロキネシストや領域把握系の法術ではほとんど通常の人間との差異は見られませんが空間干渉系の法術発動時にはそれなりに出るっす。ですから今回のように空間干渉系の法術の事件が他にも起こっていればなかなか共通項を見つけ出すのは大変かもしれませんが、そういう話もないっすから」
ラーナはそう言う間にも自分の手元の端末を弄っていた。誠は黙ってかなめの目の前の端末の画面に映るグラフの変化を見つめていた。
「ふうん……それって法術発動時以外にも出るの?」
アメリアは再び疑問を口にした。
「他の法術と違って意識しないでもある程度発してるっすから……出た!」
ラーナの叫びに視線が彼女に集中した。
「港南区の放火未遂事件。ちゃんと出てるっすよ」
そう言うとラーナは画面を事件直後の映像に切り替える。ごみの山が半分ほど焦げた状態の現場と結局は不起訴になった容疑者の顔写真が映し出される。明らかに悪人と言うような表情の頬に傷のある男。思わず誠は苦笑いを浮かべた。
「おい、こいつが犯人じゃねえのか?」
かなめは明らかに顔だけで犯人を特定していた。
「違うっす。意識をトレースした結果この人物が放火をしたという意識の残滓はなかったっす。それに彼にはこの場所で放火をする理由がないっす……」
呆れた様子でラーナはかなめの希望的観測を否定して見せた。
「意識トレースか。実用になっているんだな」
法術の研究の急激過ぎる発展で得ることができた脳反応をトレースしての意識を読む技術。おかげで警察の取調べの手間はかなり少なくなったと誠も聞いていた。
「で……一箇所じゃ決まらないだろ?続けんぞ」
かなめは感心することも無くそのまま自分の端末に目を移して作業を開始した。