第16話 祝福の期限
「ただいま」
私は、青斗のところへ帰った。
部屋には、誰もいなかった。
青斗は仕事だ。
夜になって、玄関の扉が開く。
「あ……戻ったのか。ただいま」
「お帰りなさい」
青斗が、ほっとしたように息をついた。
「無事に帰ってきて良かったよ」
「ありがとう」
靴を脱ぎながら、青斗がこちらを見る。
「悪魔界、どうだった?」
「何も問題なかったか?」
「まあ……」
私は、小さく頷いた。
「破滅ポイント……もうすぐ終わりそうなのか?」
「……多分ね」
でも。
頭の奥に、ずっと違和感が残っていた。
「なんか私……記憶があいまいで」
「ちょっと、よくわからなくて」
「え?」
青斗の表情が変わる。
「大丈夫か?」
「うん」
「多分……」
そう答えながらも、胸の奥がざわついていた。
「青斗のことが……わからなくなってきて」
「え?」
青斗が目を瞬かせた。
「多分……気のせいだと思うけど」
「……」
そのときだった。
青斗のスマホが鳴る。
赤石からだった。
『明日、週末だろ? 遊びに来ないか?』
「いや、明日は忙しいから、土曜の昼でいいか?」
『いいぞ』
『っていうか、何してるんだ?』
「セラが帰ってきたところ」
『そうか。ラエルが心配してたぞ?』
『無事に戻ってこれたのか。良かったな』
「セラ、破滅ポイント終わりそうか?」
「……わからん」
『そっか』
少し間があいてから、赤石が続けた。
『今からラエルがそっち行くって』
「俺も行っていい?」
「まあいいけど」
「明日も会社だから、手短にな」
『わかった』
通話が終わる。
それから少しして。
赤石とラエルさんがやって来た。
やはり、話題は破滅ポイントのことだった。
「セラ」
ラエルさんが、真剣な顔でこちらを見る。
「あなた、記憶は大丈夫よね?」
「私のこととか、青斗のことはわかる?」
「それが……」
私は、青斗を見た。
「青斗のことが、あまりわからない」
ラエルさんの表情が曇る。
「……やっぱり」
「でも、早めに何とかしたほうがいいわ」
「終わらせなさい」
ラエルさんは、静かに言った。
「記憶は……戻らないかもしれないけど」
「え……?」
「でも、そこから先の記憶は、ちゃんと残るから」
ラエルさんは、まっすぐ私を見る。
「早めに終わらせて、もう一度始めなさい」
「……もう一度?」
「大丈夫よ」
ラエルさんは、少しだけ表情をやわらげた。
「ちゃんと見ててあげるから」
そして、さらに続ける。
「ちゃんと終わらせれば……破滅だけじゃなくて、神々の祝福も動くはずよ」
「陰と陽の関係だから」
「だから……早くしなさい」
「その祝福を受けるにも、時間がないの」
「時間……?」
「祝福と破滅ポイントの期間は、少しずれてるの」
「ただ、祝福は誰でも受けられるわけじゃないわ」
ラエルさんが、まっすぐ私を見る。
「あなたの場合、条件に当てはまってる」
「だから……受けられるはずよ」
「そうすると、だいぶ違うと思うの」
「記憶の件も……他のことも」
私は、小さく息をのんだ。
「ただ……早くしないと、受けられない」
「だから、頑張って」
「もし受けられなかったら……契約内容だけになるから」
「あなたには、残らないはずよ」
「むしろ……危険」
ラエルさんが、少し目を逸らした。
「あなたと私は、ずっと仲良かったでしょ」
「喧嘩もしたけど」
「だから……何とかなってほしいの」
「だから、早く終わらせて」
「天使の私が言うのも、おかしいんだけど」
少しだけ苦笑する。
「それ以上は、アドバイスできないわ」
「ごめんね。何もできなくて」
「破滅ポイントは危険よ」
ラエルさんの声は、今までよりも重かった。
「あなたは……失うしかないの」
「え……?」
「そして、本当に危険なの」
ラエルさんは、小さく息を吐いた。
「最悪の場合――存在できるかすら、わからない」
部屋が静まり返る。
青斗も、赤石も何も言わなかった。
「だから、絶対に祝福を受けないといけないの」
ラエルさんは、真っ直ぐ私を見つめる。
「そうじゃないと……大変なことになるから」
今回は少しだけ、破滅ポイントの危険性について触れる回でした。
記憶が曖昧になっていくセラと、それを見守るしかない青斗達。
ラエルもかなり焦っていますが、全部は説明できない状態です。
祝福とは何なのか。
契約とは何なのか。
少しずつ見えてくると思います。
ここからまた物語が動き始めますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。




