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青の年代記〜山奥で仲間とひたすら修行した少年が、いつか英雄になる話〜  作者: 不知火亭先多
第二章〜王都騎士団編

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陽暦1490年8月〜アパンへの旅⑦

「ワシもだ」

 セキサイがポツリと返す。


 その言葉にセイは顔を上げた。

 まっすぐセキサイを見つめている。


 水が溜まって、竹製の仕掛けから音が響いた。

 

 トンビが鳴く声が、風に乗って遠くから聞こえてくる。


 セイは背を向け、振り返り、声をかけた。

「……中へどうぞ」


 

 セイが案内したのは広い客間だった。

 何十人も一度にくつろげる広さがある。


 換気のため襖が半分開いている。


 すでに人数分の座布団が引いてある。


 セイとセキサイはその座布団の上に正座した。


 リョウたちも真似をする、が慣れていないのでいきなりもじもじし始める。

 

 静かな雰囲気を壊さないよう、極力動かないよう我慢する。


 セキサイが口を開いた。

「……マキエに、似てきたな」


「まだ母上を覚えておいででしたか」

 凛とした雰囲気のセイ。

 言葉の端に少し険がある。


「忘れるものかよ」

 再び沈黙が辺りを包む。

 


 セイとセキサイは互いに見つめ合っている。

 セキサイはなかなか次の言葉が出てこない。


「……どうして、私を、鷺森に引き取らせたのです?」


 セイは少し言葉に詰まりながら、セキサイを見据えた。

 積年の思いを口にする。


「……マキエは病床で、ワシに"世界一の武人になって”と言った。ワシはそこから誰より苛烈に武に生きた……」

 言葉を区切りながら、セキサイはぽつりぽつりと語る。


「それから、ずいぶんと立ち合いで人を死なせた……マキエが息を引き取る頃にはワシは鬼槍と呼ばれて人から恨まれ、恐れられておった……鷺森の家は、そんなワシからお主を引き離したがった」


 その場の一堂は、黙ってセキサイの話を聞いている。


 セイの目はまっすぐセキサイを見ている。


「……気づけばワシは強くなったが、その頃常に虚無感に苛まれており、自身の道を誤ったと気づいた。そんなワシが、お主の道までも誤らせるわけにいかなかった……」


 しばらく静寂に包まれた。


「……」


 セイは黙って立ち上がり、半分開いていた襖を全て開いた。


 明け放した襖の間から、涼しい風が広い客間に入り込んでくる。


 外からは、門弟たちの掛け声や、虫の音が聞こえてくる。


 セイはまぶたを閉じて、少し顔を上げた。

 そして呟く。


「……長かった」

 

 セイの閉じたままの目の端から一筋、涙が溢れる。

 


「……すまなんだ」

 微かに、だが、ハッキリとしたセキサイの声。


 セイの体が少しビクッとなり、固まる。

 そして問う。


「……私たちが会うのは何年振りか、知っていますか?」


「……ちょうど40年だ」


「……幼かった私は、寂しかったのです」


「……そうであろうな」


「父上は、白髪になり、すっかり老けました」


「父親らしいことは何もできなかった」


「槍の手ほどきを受けたこと、あの大きかった手をまだ覚えています」


「……親としては下手の部類よ」


「信じられない程多額の養育費を送られていたこと、感謝しています」


「そうか」


「いきなり赤ちゃんを育ててるって手紙を貰ったときは心底驚きました」


「そうであろうな」


「苦労されたみたいですね」


「楽しい日々であったよ」



 少しずつ和らいでくる2人の表情。

 セイはいつの間にか泣き笑いになっている。


「あなたがリョウちゃんね。手紙の通りだからすぐ分かったわ」


 セイが初めてセキサイ以外に話しかける。

 ヤーマス語だ。


 急に声をかけられてビクっとなるリョウ。


 ”何か言わないと”とは思った。


 しかし、そのときリョウの足の痺れは限界が来ていた。


 それまで途中から周りに気づかれないよう、ごく静かに爪先を浮かせたり体重を分散させたりしていたが、小細工でどうこうできるレベルを超えていた。


 脂汗が額ににじむ。


 リョウの表情の変化に気づいたセイが声をかけた。


「ごめんなさい、足を崩してね」


「あ!いや……」

 リョウは普段通りに足を抜こうとしたが、痺れてかなわず、盛大に横倒しになってしまった。


 リョウは恥ずかしいやら情けないやら、無言で口角が上がったまま顔が真っ赤になる。


「まあ!ふふふ」

 セイは思わず自然に笑みがこぼれた。


 その横ではジンとヤナが同じように足が痺れて動けなくなっていた。

 やはり恥ずかしそうにしている。


「……お主ら、修行が足らんぞ」

 そう言いつつ、セキサイの顔は笑っていた。



「母上ー!」

 庭から、若い女性の明るい声が聞こえてきた。


 縁側に駆け寄ってきた。

 年の頃はリョウたちと同じくらいか。

 動きやすそうな紺色の袴姿だ。

 セイに似た印象、黒髪の美少女だ。

 

「おジイサマ来てるってー!?」


「アヤメ!はしたないわよ」

 セイが咎める。


「おっと!こんにちはみなさん。娘のアヤメでーす!……ってぶはっ、なんでひっくり返ってんの、うわっ、美女!イケメン!」


「もう!」

 

「おジイサマはじめまして!孫、です!」


 元気な声と溌剌とした雰囲気。

 しかし視線は油断なく皆を見回している。


「お主がアヤメさんだな、手紙に書いてあったぞ」


「はい!アヤメです。みなさんに会えるのを親子共々、それはそれは楽しみにしておりました!」

 アヤメは大きな目が爛々としている。


「そうであったか」

 セキサイはちゃんと歓迎されていると知り、笑顔がこぼれる。


「……そうですよ。家族ですもの」

 セイの顔にはもはやわだかまりはない。


「そうだな……」



 セキサイたちは、敷地にある墓に参った。

 アパンの国教であるフォル教のやり方で、マキエの墓前に手を合わせる。


 セキサイは墓前で長く黙っていた。


「マキエ」

 風が草を揺らした。


「……遅くなったが、帰ってきたぞ」

 セイが隣で静かに目を伏せる。 


「叱られるであろうな」


 セイは小さく笑った。

「ええ。母上なら、きっと」



「ジイちゃん、マキエさんはオレのバアちゃんだと思うことにした」

 リョウはセキサイに声をかけた。


「……そうか」


「どんな人だったの?」


「……ワシよりも強かった」


「!?」



 







 


 

 



 


 



 

 

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