陽暦1476年1月1日〜年越し③ 渡る世間は善人ばかり
連投してすいません。
今回、村の中で、セキサイとリョウは薬師と出会います。
村に入ると、灯りが点いている家がいくつか見える。
新年は大体どこもかしこも休みになり、皆で寝ずに酒を飲んだり、遊んだりして年を越す人もいるので、この時間に人が起きているのは珍しくはない。
セキサイはまず村長の家を目指した。
村長の家兼村の駐在騎士の事務所は、灯りが点いていた。
「セキサイだ。すまぬ。誰ぞおるか」
中に入ると、村長はおらず、駐在騎士スミスが一人、普段着で椅子に座ってうつらうつらしているところだったが、「おっ」と言って立ち上がった。
どうやら当直中に居眠りしていたようだ。
暖かい屋内に入り、セキサイの顔面は血が通い始めて、少しむず痒くなる。
「こんな時間に、どうしましたか」
スミスは、まだ少し眠そうで、ちょっとだけ迷惑そうに聞いてきた。
「リョウが熱を出してな。新年早々のおかしな時分と知りつつも、薬屋があったと思い、取り急ぎ来たのだ」
「えっ、それは大変でしたね。ありますよ薬屋、サイラーさんの店。村の外れにあります。案内しますよ」
「助かる」
セキサイの胸元で顔を赤くしているリョウを見ると、スミスはすぐに親身になって、セキサイを村外れまで案内してくれた。
この村には善人が多くてとてもありがたい、とセキサイは思う。
テオの村は人口80人。
医者はいないが、病気などは薬師のサイラーが診ている。
サイラーは薬学に通じ、医学も多少かじったことのある人物で、以前は王都で宮仕えしていたらしい、とスミスはセキサイに説明した。
セキサイとしては、リョウが元気になってくれれば、誰が診てくれようが全く問題ない。
サイラーの薬屋は、普通の木造の家に見えたが、看板に薬草の絵が書いてあった。
今、屋内は灯りが消えており、サイラーは寝ているようだ。
「サイラーさん、居ますかー!駐在のスミスです」
スミスは、まだ日の出前の暗い時間であるにも構わず、ドアをノックして呼びかけた。
「……………………………」
家の中でゴソゴソと人の気配がする。
「………………………………なぁにぃ〜?」
少しして、気だるげな、低めの掠れた女性の声がした。
ドアが少しだけ開き、金色の瞳がこっちを見ている。
「サイラーさん、朝早くすいません、赤ちゃんの急患を診てくれませんか?」
「いいよー……」
サイラーと呼ばれた女性は、もこもこした寝巻きの上に、ダボダボの地味な灰色のガウンを羽織っていた。
サイラーは、青く長い、緩くウェーブした美しい髪で、表情はあまり豊かではないが、すらっとした美人だ。
20代半ばくらいに見えるが、実際は35歳らしい。
サイラーはセキサイたちを屋内に招き入れた。
屋内は暖房で暖かい。
「うう寒っ」
サイラーは外から入ってきた風に身震いする。
そして、濡れたセキサイの外見と、切れて血が出ている唇に気づいた。
「寒くて大変だったでしょ。温まってね」
「誠にすまぬ、こんな時間に来てしまって」
「心配いらないわ。子供の急患はたまにある事よ。その唇の切れてるところ、気になるから、薬塗っていい?」
「ワシか、ワシはいらん……と言いたいところだが、なかなか血が止まらんのでな、頼む」
セキサイのその返事に、サイラーは頷く。
戸棚から小さな器を、取り出して中身の塗り薬を右手人差し指に付けて「じっとしてね」と言い、セキサイの唇に塗布した。
「しばらくこの布を当てておいてね」
サイラーは、塗り薬を戸棚に戻すと、セキサイに薄い白い布を渡した。
そして、リョウの診察を開始した。
一旦布団の上に寝かされたリョウの脈を手で測ったり、目を覗き込んだり、口を開けたりしていたが「うん」と言って頷くと
「重病ではないわね。……多分ただの風邪だと思う。熱冷ましあげる」
と言った。
「そうか、それはありがたい」
セキサイのホッとした返事の後に、サイラーは続ける。
「でも、気になるわ、とっても」
そう言うと、サイラーはなぜか目を閉じた。
しばらく傍目にものすごく集中すると、カッと眼を見開いてリョウを凝視する。
サイラーの珍しい金色の瞳が、うっすら光っているように見えるが、気のせいか。
「まぁ病気は良いとして、この子、とっても不思議なシマーの色してるわ。こんなのこれまで生きてて初めて見た」
「シマーとは耳慣れないが、何だ?」
初めて聞く言葉にセキサイは問い返す。
「シマーは、人や、生き物などが持つ、生命力の輝きみたいなものよ。集中したら私にはそれが見えるの」
「お主、魔力持ちであったか」
このヘリオス世界では、魔力を持つものはほとんどおらず、10万人に1人くらいの割合とされている。
そのため、ほとんどの人が、魔力の存在は噂などで知りつつも、魔法と無縁の人生を送り、一度もその奇跡を見ずに一生を終えることになる。
セキサイは以前王都に住んでいた事があり、その時に宮廷魔術師を何人か見た事があるので、魔法の奇跡は少し見知っている。
一般的には、何らかの形で魔力が有るのを見出された者は、すぐに国から目を付けられて王都に呼ばれ、その才能に応じて、魔法を研究をしたり、軍事利用等されたりしながら、多少の栄誉と引き換えに、一生国に囲われて過ごすことになる。
なので、王都以外で魔力を持つ人間に会うのは、極めて稀なことだ。
サイラーは続けてセキサイに説明する。
「この子のシマーは、青。とっても珍しい高貴な色で、青い炎みたい。また、中心に深い闇のような黒をたたえているわ。でも全体的に眩しいくらい輝いているのよ」
近く、また続きを上げますね。




