陽暦1476年1月1日〜年越し② 村に行かねば
セキサイは、皮の水袋にすこし雪を混ぜて水を入れ、それをリョウの額に当ててみた。
リョウは一瞬顔をしかめるが、その後冷たくて気持ちいいのか、少し表情が穏やかになった。
それでもリョウはときどき苦しそうに頭を動かすので、セキサイは、ずっと手でその水袋が額に当たり続けるよう固定し続ける。
水袋の温度はすぐに温くなってしまうが、熱は一向に下がらない。
何度か水を入れ替える。
スプーンで水を口元にやると、コクっ、と飲むが、一部は吐いてしまう。
「ぇあー……ぅうー……ぁあー……」
リョウはうなされながら何か寝言を言っている。
体がキツそうだ。
赤子が熱を出すのは割とあることだ、とセキサイは昔、子育てをした中で経験しているが、当時はまあまあ妻に任せっきりだったので、自分でちゃんと看病することはほぼ初めてのような気がする。
「この爺が代わってやれたらなぁ」
セキサイは長年の修行により、自分の心をどんな時でも瞬時に落ち着けることが出来るが、リョウのつらそうな様子を見ていると、じわじわと胸が痛くなってくる。
夜が長く感じる。
そろそろ年を越す時間ではないか。
リョウの熱は一向に下がらず、水も飲めないのは、セキサイは心配だ。
そのとき、リョウはうなされながら何か言った。
「……じーじぃ……」
「おお、ワシを呼んどるのか」
「ぅ……ぁ……あ……じーじぃ……」
夢の中でセキサイを呼んでいる、気がする。
初めて自分じーじぃと呼ばれ、こんな状況だが、セキサイはその成長に感動した。
が、同時に心配でたまらなくなった。
「じーじぃはここにおるぞ」
手を握ってやるが、熱い。
このまま手をこまねいていて、手遅れにならないか、そんな疑念がふつふつと湧いてきて、胸が苦しくなる。
リョウを観察する。
まだ体力はありそうだ。
外を見てみると、軽く雪が舞っている。
……村まで連れて行くか。
セキサイは決心した。
セキサイはリョウの体を布団で包み、抱っこの要領でヒモで体の前に斜めに固定して、その上から更に防寒着で覆った。
リョウの外気に触れている部分は、目の周りくらいで、セキサイの体温もあって外に出ても寒くはないはずだ。
太めの松明に火を着け、外に出ようとすると、子ヤギが心配そうにセキサイの足下に近づいてくる。
セキサイは槍を取り、外に出て、入り口に外からかんぬきをかけた。
子ヤギが戸をカリカリする音が聞こえた。
外は静かな真っ暗な雪景色で、セキサイは松明の灯りを頼りに、山道を下って行く。
村まで通いやすいように、セキサイはここ数ヶ月かけてちょっとずつ小屋から街道までの道をならしておいたが、そのおかげで雪の下に転がる石に足を取られるようなこともない。
出来るだけリョウを揺さぶらないように、滑らか、かつ急いで、セキサイは進んでいく。
小走りくらいの速度が出ているが、セキサイの頭の高さは常に一定で、非常に滑らかだ。
気温は氷点下15度を下回っているだろう。
リョウに風が当たらないよう、フードで完全に覆った。
歩くと雪がギュッギュッと鳴る。
セキサイの吐いた息は、顔の周りにまとわりつき、前髪とまつ毛は凍っている。
唇の端も切れて血がにじむので、舌でそれをなめながら歩く。
街道に入る直前、崖沿いを歩いていると、風下に出来ていた雪庇が、風にあおられていきなりドサッとセキサイに向けて落ちてきた。
「ぬおっ!」
数百キロの雪の塊は、セキサイにほぼ垂直に右足で蹴り上げられ、真っ二つになって粉雪を撒き散らした。
左右に2つになった塊は、それぞれ地面にドンと落ちて、周囲に雪を巻き上げた。
「フゥー」
セキサイは、気が焦って雪庇を見落としてしまっていた自分を反省し、息吹を吐いて落ち着いた。
その後、何も起こらず街道に入った。
ベア系のモンスターは冬は山に籠もっており出てこないから、今日みたいな日は助かる。
寒く、誰も、何もいない、雪の降りしきる静かな街道をひたすら歩く。
リョウの体温は高いままだが、特に症状が劇化したような感じはない。
息は荒いままだ。
松明はやがて消えてしまいそうだが、村の近くまで来ることが出来た。
あと少し、セキサイは、焦る気持ちを抑えこみ、一歩一歩着実に進む。
今は、急ぐより確実に、安静に進む方が肝心だ。
テオ村の入口にようやく到着した。
やがて朝になろうとする時間だが、まださすがに門衛はいないようだ。
高さ3メートル程の門は閉ざされ、内からかんぬきがしてあるのか、外からは開かない。
セキサイは、槍をななめに地面に突き刺し、柄の部分を門に当てて、しっかり固定する。
上からコンコンと叩いても、ずれる様子はない。
セキサイはその手前から小走りに加速して、一気に槍の上を駆けのぼる。
勢いよく門の上に辿り着き、そのまま猫のような柔軟性でふわりと越えて村内に入った。
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