94話 貴族としての誇り《Oath Of Noble Pride》
「依頼を終え疲れて身体を休めるものもいるのさぁぁ。休息で語らうのならば結構だが場を乱すようなマネはマナー違反だろぉぉ」
「んげっ!? なんでこんなとこにいるの!?」
「……サーファ。プライム寮にくるなんて珍しいこともあるもんだね」
シセルとカイハは、怒るどころかたじろいで口をつぐむ。
おそらく無意識だろう。2人の立ち姿が整っていく。
そこにいたのは上位者。存在がやけに輪郭を強調している。
「やあやあシセルとカイハじゃぁないかぁ。珍しいとり合わせだから少しだけ驚いてしまったよぉ」
サーファ・クリオンだった。
冒険者と思えぬロイヤルゴージャスな服装には、至る箇所に細工が施されている。
服装もさることながら。周囲にはとり巻きのように多くの女子を引き連れていた。
「あいっかわらずの光景ね。どっからそんなに女を集めてきてるんだか」
「さすがの俺でも大ギルドに女子を誘ったりしないんだけどさぁ……」
2人の反応から見て、どうやら日常らしい。
サーファの華麗な所作は、まさに令息といった気品を兼ね備えている。
だからか周囲に群れる女子たちが彼を見つめも尊敬というか、恋めいていた。
大ギルドの象徴たる六冠の権力は、シセルとカイハの怒りを瞬時におさめさせるほど。
「なにをしたのか知らないけど親父殿がお呼びだったよぉぉ? こんなところで油を売っていていいのかぁぁい?」
「もしかして……それで私たちを呼びにきたってこと?」
「どうりで。ギルド長から使いっ走りされてプライム寮にまで入りこんできたってことか」
どうやらサーファがギルド長からの呼びだしを請け負っているらしい。
途端にシセルとカイハの落ち着きがなくなる。
「と、とりまっ! あとでもう1回話しあるからっ! ナエナエっちはさっきの考えておいてねっ!」
「俺のほうも前向き検討よろ! なんだってあのおっさんはこんな忙しいときに呼びだしなんかするかね!」
2人はそれだけを言い残すと、駆け足で去って行ってしまう。
まるでそそくさと敗退するモブ敵のみたいな拍子抜けだった。
「(なんだったんだ……アイツら? ギルド長に呼びだされるとかまたなんかやったのか?)」
そう、独りとり残されていると、黄色の瞳がこちらを見つめている。
サーファが指で挟んだ薔薇の花弁を手渡してきた。
「さっそくギルドに馴染めているようじゃないかぁ。キミの目覚ましい活躍に親父殿も大絶賛さぁ。たしか名前はぁぁ……」
さすがに1度会っただけで覚えてくれというのは酷か。
俺は、あらためてサーファに自己紹介をする。
「朝倉苗だ。ナエ・アサクラでもいいし、いっそのことナエと呼んでくれてもいい」
「そうだそうだ! たしかそんな名前だったねぇ! 僕の天才的な頭脳によく記憶しておいてあげるよぉぉ!」
サーファはまるでダンスにでも誘うかのように礼をした。
いちいち大仰な所作がうるさいと思うのは俺だけだろうか。だけど周囲の女子たちはきゃあきゃあ色めき立っている。
「ご存じだとは思うけど僕の名はサーファ・クリオンさ。大陸冒険者統一協約機構のナンバー4を任されている」
さすがにメインキャラ同等ともなれば存在感が凄まじい。
それに普段結構忘れてる俺にだって覚えがあった。
「(たしか超人的な並列思考の持ち主だったか。こと戦略戦術の類いにおいては洗練された騎士隊長格さえ上回る)」
サーファ・クリオンは稀代の天才と呼ばれる戦術家である。
家柄も名家と名高く、つまりいいところのお坊ちゃん。さらに常に回転する卓越した並列思考は彼を頂点にまで押し上げた。
彼の指揮する戦場に例外はないとすら言われるほど。常勝無敗の奇跡的な指揮こそがサーファのもちうる最高の特殊能力である。
「これはちょうどいい巡り合わせだぁ! ちょうど僕もキミに尋ねたいことがあったんだよぉ!」
サーファはとり巻く女子を手で制した。
それから猫のような歩きかたで歩み寄ってくる。
「キミぃ、もしかして花の隊と懇意な関係にあるのかなぁ? いったいどんな上級マジックを使えば田舎育ちのお猿さんが高貴な彼女たちと親密な仲になれるんだぁ~い?」
耳打ちのような囁きだった。
しかもほぼ初対面である俺の首に腕をかけてくる。馴れ馴れしい。
「(……女みたいな香りのする男だな)」
香水でも振っているのか。リーファの放つ花の香りが鼻腔を突き抜けた。
態度は限りなく気に入らない。だが、ココで六冠もちを無下にするほど俺も馬鹿ではない。
「その片田舎へ遠征にきた花の隊と色々あったんだ。それから仲良くしてもらってる」
どうせ嫉妬でもしているのだろう。
どこぞ知らぬ馬の骨が、あの花の隊と仲良くやっていることに。
するとサーファはくっくと喉を奏でた。
「そうかいそうかい。やはり運命的な出会いによって偶然にも高貴な騎士たちと結びついてしまったようだねぇ」
「……っ」
俺の肩を掴む手にフランクとは言えぬ力が籠められる。
肉に指が食いこむほど。睨みつけてくる視線にも蛇の如き邪気が感じられた。
「目に余るんだよね、僕にとってキミの行動のすべてが」
本性を見せたか。
優男のような表情は変わらず。
しかし目は剥かれ、白い歯を奥歯で噛み締めている。明らかな敵対心だった。
「でもあれば落ちこぼれを叩き直すための手段でしかない。ギルド長からの依頼を達成する最短のルートをとっただけだ」
さすがにギルド長の名をだせば少しは冷めるか。
そう思ったのだが俺の肩に触れるサーファの力はよりいっそう増していく。
「ごめんごめん。どうやら僕はキミの理解力の浅さを考慮していなかったようだね。だからバカでもわかるように説明するとしようか」
うぜぇ。でも発現のレベルが低いから腹は立たない。
いま感情的になるのは利どころか否しかなかった。相手は六冠だ、なにをされるかわかったものではない。
ここは辛酸を呑んででもダメージコントロール役を買ってやるか。
「……。どうぞよろしくお願いします」
「彼女らは国に仕える騎士であり平民を従える貴族でありつつ王の忠実なるしもべなんだよ。つまりオマエ如き平民が貴族階級の彼女たちを鼻であしらうような行動をとっていいはずがない」
わかるかい? そういってから彼はようやく俺の首から離れた。
嫉妬かと思ったがどうやら少し違うらしい。おそらく階級とかプライドとかそのへんのメンドイヤツ。
解放された俺はシワになった肩の生地を伸ばすように肩を回す。
「つまりアンタは俺になにを求めるんだい? 花の隊の品位を穢したことを謝罪しろとでも?」
別に安い頭下げろっていうならいいけどさ。
あとでアフロディーテにチクるけど。
「いいやその必要はないよぉぉ! だってギルドにとって有益な仕事ぶりをしかと見させていただいたからねぇぇ!」
先ほどまでの威圧的な態度はどこへやら。
彼の表情はすっかり元の品性ある様相に戻っている。
「キミのとった方法は天才の僕でさえ思い浮かばない、まさにシンギュラリティさぁぁ! まさかあの出来損ないをたかが7日で叩き上げるなんてビックリだよねぇぇ!」
なんなんだコイツの情緒は。
陰湿かと思えば別にそんなこともない。とにかく急に上がったり下がったり忙しい。
「きっとあの2人もこれから大いに活躍してくれることだろぉぉ! 僕らだってがんばる後輩くんには諦めてほしくなかったからねぇぇ!」
どいつもこいつも。
裏があるというか2面性があるというか。
でも設定を造ったのは俺なんだよな。
「(っていうかもう用がすんだならさっさとどっかいけよ。人の部屋の前でハーレムを待機させんな)」
いい加減うんざりだった。
悪いやつじゃない気がする。でもそれ以上に湿度が高い。
ある意味で台風みたいなもの。六冠相手だとこっちとしても強くでられない。
すると別の方角から姦しい廊下に靴音が澄んで響く。
「唐突にアフロディーテ様がいらっしゃったときはなにごとかとびっくりしちゃいましたよ!」
「ついお友だちのお顔を拝見したくなってしまいましてっ。もしよろしければこのあとご一緒にお茶など如何でしょう」
日の差すような明るい声を、しっとりと包みこむ。
あちら側からやってくるのは、仲睦まじい姉妹のような2人だった。
「とっても素敵なお誘いありがとうございますっ! アフロディーテ様のお話も聞きたいですし、私もお話ししたいことがいーっぱいあるんですよっ!」
「まあまあ! 是非お聞かせ下さいませ! とくにその後のナエ様とかナエ様とかナエ様とか……」
目が覚める愛らしさと目の眩む美女が隣り合っている。
それはレーシャちゃんとアフロディーテだった。
2人は肩を触れるような距離で廊下を闊歩し、こちらに近づいてきている。
「(まるで切り絵だな。他とは違ってあの画角だけ異常にキラキラしている)」
そうやって俺は微笑ましい光景を遠巻きに観察していた。
だが、急に頬横を風が通り過ぎる。
「では僕はこの辺で失礼するよ」
「……? おう、達者でな?」
あれだけ饒舌だったサーファの様子が変だった。
風を舞うようにマントを翻し、2人とは逆の方向に去って行ってしまう。
「(……まさかアイツ)」
異変に気づいたのは、たぶん俺だけだろう。
とり巻きの女子たちは、黄色い声を上げながら彼にまとわりつくだけ。
俺が最後に見たのは明らかに変化したサーファの横顔だった。
「(もしこれで俺の勘が当たっているとするなら……)」
あのキャラクターの名は、サーファ・クリオン。
能力は、絶大な数の並列思考による戦略の構築である。
貴族の出身であるため高貴。しかし能力は戦術以外ゴミで生活能力が皆無だ。
さらに身体能力並以下のもやし。先ほど俺は肩を掴まれたが女子くらいの力しか感じなかった。
「あっ、なえさまー! いまからアフロディーテ様とお茶しにいくんですけどご一緒に如何ですかぁ!」
「な、ナエ様ですって!? ど、どど、どこにいらっしゃるのですか!?」
駆け寄ってくる美女2人をよそに。
俺は、逆側へ去って行く背に、ほくそ笑む。
「(そうと決まればやることは1つだァ!)」
次なる目標は、明確だった。
それは大陸冒険者統一協約機構の花形である6つ王冠にとりいること。
「(大ギルド編第2部のはじまりだぜぇぇ!!)」
「あ。またナエ様が悪いお顔してる」




