55話 どっきりハロー《Mischievous Accidents》
いやまて。ここは冷静に対処すれば難しい話ではない。
焦らず、急がず、落ち着いて、思考を巡らせる。
「(彼女、ティラの設定を把握しているのは俺だけ。ということはここでやり過ごせばなにも問題はない。そもそもこれは出会っているわけじゃないし、ただ通りかかって偶然にも鉢合わせただけにすぎない)」
超クールな脳内情報戦略は、完璧だった。
やり過ごせばいい。ここで出会いイベントに発展させなければいいだけのこと。
彼女だってたまたまこっちに話しかけてきただけ。なればさらりといなしてしまえば赤の他人のまま。お互いが一般人Aと一般人Bで済む。
「(それにしても……)」
ついうっかり男の本能が視線を下に向けてしまう。
そこにあったのは、現実にはあり得ないほどぴったりと張りつく修道服。
まるで布そのものが肌に溶けているかのようで、神聖を象徴するはずの衣が逆に禁忌を煽っている。
ゆるやかに盛り上がる双丘と、丸い腰へとすんなり繋がる流線が美しい。そのまま女性的な魅力が衣越しに浮き彫りになっていた。
「キャラがたってるなぁ」
「はぁい? どうかいたしました?」
思わず彼女への感想が口にでてしまっていた。
勇者ちゃん以来のメインキャラ。メインなのだからそこらのモブとは訳が違う。キャラがたっていて当然だ。
彼女の存在は周囲と比べて浮いているといってもいい。色有りと色無しくらいキャラクター間でギャップがある。
というよりむしろこんなメータースリットドスケベシスターがいるというのに目も振らない周囲に違和感を覚える始末だった。
「もし生きるのに困ったのであれば是非とも教会へお越し下さいませっ」
ただ格好以外は非常に清楚なシスターだった。
目元に慈愛を浮かべ泣きぼくろが母性を象徴している。声色も甘く、まるで家族に語りかけるように優しい。
「神は常に我々を見てくださっております。膝元に伏し罪の告白していただければ必ずや赦しを得られるでしょう」
「(決まり切ったなんのひねりもない誘い文句だな)」
だが、俺は知っている。
この僧侶ちゃんに踊らされて教会に連れこまれた者の末路を。
「身も心もスッキリしますから是非・是非・是非にもお待ちしております。神の奇跡はアナタのご期待を決して裏切りません」
ちろりと舌先が覗く唇を添う。
笑みはそのままに、瞳の奥では獰猛なケダモノを飼っていた。
僧侶ちゃんは吸血鬼でありながら人に化けることで共生している。そして夜な夜な教会へと誘いこんだ男から精という血を搾りとる。
やがて彼女の悪行はじょじょに町全体を恐怖に叩き落とすことになるだろう。そこへ勇者ちゃんがやってきて彼女を退治し、仲間にするという流れだった。
「(しゃあないな。あまりイベントが早く訪れると退治されかねない。少しだけ釘を刺しておくとしよう)」
いまのところ彼女の悪行が知れ渡っている様子はない。
先ほど斡旋所で依頼を確認したが、吸血鬼退治という項目もなかった。
つまり、まだ僧侶ちゃんの存在は浮き彫りになっていないということ。いまなら退治イベントに発展する前に留められるかもしれない。
「あの――」
「ナエ様いけません。信仰は大切ですが道行くモノをたぶらかすような輩にマトモな者は皆無です」
すかさず御者の男が割って入る。
おそらく田舎者を狙うキャッチのようなものだと思っているのだろう。
この状況だと1mmも間違っていない。が、すべてを知る俺にとっては些細なことこの上ない。
「大丈夫ですよこのシスターはそれほど悪い人じゃないんで」
「ですがままなりません。ワタクシ目はアナタを守護する立場にあるのです」
「さっき俺の目を慧眼とか言ってくれたじゃないですか。俺って人を見る目だけはそこそこ長けてるんですよ」
し、しかし。御者の男はなにか言いたそうだった。
だがすぐに俺の意見を尊重し、口を閉ざして引き下がる。
僧侶ちゃんはじっさいかなり悪いやつだ。なにせ人々を騙して血を啜っているのだから。
しかし彼女は絶対に人を殺さない。なぜならこの子はそういう設定のキャラクターなのだ。
俺は、御者の男をかわして前にでる。
「ちょっとそこのシスターさんいいですか」
「はぁ~い♪ 如何なさいましたかぁ~♪」
手招きすると小躍りするみたいに近づいてきた。
良質な獲物が釣れたとでも思っているのか。警戒する素振りすら見せない。
俺は滑りこむように彼女の頬に頬を寄せる。
「あんまり調子に乗って血を吸いすぎるなよ」
ボソッと。
「い”っ!?」
ギクッと。
「見逃してやるから。ほどほどにな」
コソッと。
「ななな、なな、なんの話をしてるんですかぁ~? あた、あた、あた、アタシってば全然なにをいってるのかわかんなぁ~い?」
驚きのあまり本性がでちゃってるじゃねぇか。
僧侶ちゃんは滝のような汗を顔中に浮かべている。瞳も忙しなくきょどきょど、と。どこを見ているのやら。
「そ、そそそ、そそ――それではぁ!! 町の情景をお楽しみくださいぃ!!」
しかもあろうことかそのままダッシュで逃げてしまった。
あれでは自分が有罪だとばらしているようなもの。よくいままでバレずにやってこられたと逆に感心してしまう。
少々力技だった。が、これで事件に発展するほど無茶はしないはず。
「いったいどのような交渉をなさったのです? かなり慌てていたように見えましたが……」
「ゴブリンみたいに悪いことをすると怖い冒険者がやってくるよ、っていう教えを説いただけですよ」
「ふむ……?」
御者の男は低い喉を唸らせるだけ。それ以上問うてはこなかった。
急なエンカウントだったが結果的によかった、としよう。そもそも3番目の町ブリオッサにたまたま立ち寄れたこと自体が奇跡に近い。
これ以上勇者ちゃんが起こすべきイベントを潰したらとり返しがつかないことになってしまう。俺のもつアドバンテージは結末を知っているということくらいなのだから。
ノーム討伐と冒険者救出のおかげで多少なりとも懐も暖まった。あとはこのまま1晩過ごして明日に出発すればいいだけ。
「(路銀も稼げたことだし今日は勇者ちゃんに豪華ディナーでもごちそうしようかなぁ。それで好感度が限界まで稼げたらもしかすれば恋愛イベントに発展しちゃったりなんかして)」
夢は大きく、野望は高く掲げる。
これはゲスではない、純愛だ。
こんな熾烈な世界に転生してしまったが、可愛い勇者ちゃんといい感じになれたら。マイナスどころかプラスまである。
そうして俺はリズムに乗るような意気揚々とした足どりで宿前にたどり着く。
……が。
「じゃ、またよろしくぅ! さっきあったことはお互いのために黙ってようねぇ!」
「は、はい……わかりました」
目的地の前に男女がいた。
しかもそれは宿の前で別れを告げるカイハと勇者ちゃんだった。
「カイハ、きちんとお役目を果たしているのだろうな。怠けているなら大ギルドの信用を底に落とすことになりかねん」
「モチのロンっしょ! 俺は常に仕事ではガチなんだからぁ!」
カイハの手がぽんっ、と勇者ちゃんの肩に気安く置かれる。
「……はい、カイハさんにはとてもよくしていただきました」
「んねーっ! クライアントの信頼を得るのも仕事のうちなんだからこれくらい朝飯前ってこと!」
俺の気のせいか、妙に2人の距離が近く感じた。
しかも俯きがちの勇者ちゃんの頬に朱を帯びている。なぜだかほんのり汗ばんでぽわぽわしていた。
どう見ても異常だった。明らかに2人の間でなにかあったとしか思えない。
「(!!!!!!?!?!)」
俺はどうやら認識を間違っていたらしい。
若い同年代の男女をふたりきりにする。
「(あの短時間で――勇者ちゃんがNTRされたああああああ!?)」
短時間だけなら平気。
その考えが甘すぎたのかもしれない。
…… …… …… …… ……
最後までご覧いただきありがとうございました!!!